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橘響夜 7月10日 午前11時48分 渡良瀬市 私立律明学園

遅めの、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 物資の調達を終え、学園に帰還した俺は早速、この学園を要塞化するべく行動を開始した。隊員と生徒の手を借りれば、三日もあれば終ることだろう。

 それよりも問題は子供の世話だった。高校生、中学生だけなら良かったが、小学生も少なからずいるわけだし、それと対比して大人の人数が圧倒的に少ない。

 一応、高校生中学生はそこそこ労働力になるのでいいが、小学生は正直なところ完全にお荷物状態だった。

 見張りも無理だろうし、力仕事も家事手伝いも不可能。雑用程度しかこなせないためほとんど労働力にはならない。


 俺は学園のグラウンドに集められた資材を確認していた。

 殆どはホームセンターなどから取って来たもので、一部はこの学園内の物置などにあった資材だ。俺は鉄板を拾い上げて呟いた。


「これは裏口を塞ぐのに使えるな。後は扉やバリケードの補強か」


 学園内は安全だが、未だこの周辺には奴らが溢れている。生存者を追っていって、居なくなってくれるなどの善意はないようだった。

 バリケードを設置する場所は三箇所。まずは大きなこの学校の校門。二つ目はこの学校では目立たない場所にある裏口。そして最後の一つはいざという時に避難場所にする体育館の入り口。体育館は何時避難しても受け入れられるように空けておくことにした。普段は資材や物資を置くのに使う。食堂は武道館。調理場はもちろん家庭科室。そして寝るための部屋は各教室を使用することにした。基本的にどの部屋で寝てもOKになっている。悪く言えば女と寝てもなんら問題はないという事だ。

 もちろん俺はそんなことをする気はないが……。


 俺は安全な寝場所を確保するため、まずは校門の補強を行う事にした。手伝いを募ったら、十人ほどの中高生が集まってくれた。協力的なのはいいことだ。

 俺はそいつらに資材を持たせて、自分は大きな工具を持ち運んだ。少年たちは重い鉄板や材木を持つと直ぐにへばったが準一や村上のサポートで持ち直すことが出来た。


「ほら、頑張れ。もう少しだぞ」


 俺も後ろにいた寛人を応援した。


「そんなこと言ったって……重いものは重いんですよ」


「なら交換してみるか?」


 俺は背負っていた大型の工具を寛人に持たせて、自分は寛人の持っていた材木を背負った。普段からキツイ訓練を受けていた俺にとっては軽いもんだった。寛人は案の定、持った途端に尻餅をつく。


「うおっ!! 何だこれ……僕の背負っていた奴より遥かに重いじゃ……ないか……」


「そりゃそうだ。俺の部隊ではこれを背負って走らされるんだ。お前もやってみるか?」


「――――遠慮しときます」


 寛人は素直に自分の意見を述べ、材木と工具を交換した。


 校門の外には少なからず、奴らがいた。どうやら全員が寝てくれているわけではないようだ。

 俺はそんな奴らに唾を吐きかけて、校門に鉄板を打ち付ける作業を開始した。こうして強度を高める。後は学園の塀に材木で見張り台を作って、夜の見張りを楽にする。流石に一晩、細い塀の上はキツイだろう。

 作業は夕方までには終る見込みが立っていた。何事も起きなければだが……。


 しかし午後一時を回った時、事件は起きた。


 事の発端は、俺が三つある見張り台の内の完成した一つに上って、偵察を行った時に起きた。

 俺は何時もとは違い、バレットM90を装備していた。


 バレットM90は対物狙撃銃。

 バレット社が開発したアンチ・マテリアル・ライフルだ。これと同系列のバレットM82がセミオートなのに対し、こちらはボルトアクション式へと変更されている。多くの特殊部隊が使用する幅広い対物狙撃銃で、狙撃が得意な山縣のお気に入りの武器となっている。


 俺はそれを担いで、見張り台に上ったわけだが、偵察を兼ねて望遠鏡を覗いた。

 そこで発見したのが、数百メートルほど先の民家の庭で奴らに追い詰められている女の子だった。腕に武器らしき物はなく、一方的に追い詰められている状態だった。

 助け舟を出さなくては確実に死ぬ。それだけは明確だった。

 俺は下で残りの見張り台を組み立てている準一と山縣に素早く指示を出した。


「準一、山縣!生存者だ!俺が救助しに行く、お前らで援護しろ!後、寛人!着いてこい!」


 俺は短く叫んで、山縣にバレットM90を投げ渡した。山縣はにやりと笑みを浮かべて、見張り台に上った。準一と寛人は俺と一緒に門から外に飛び出す。

 昨日からの経験で分かったのだが、寛人という中学生はかなり有能だった。銃もそこそこ扱え、リーダーシップも持ち合わせている。

 俺は校門の前の道路を見渡した。奴らは十数匹居る。俺は手持ちの拳銃で手近に居た一匹の頭を撃ち抜いた。準一も89式小銃で三匹を倒した。寛人は昨日、俺が渡した拳銃は使わずに、金属バットで奴らと戦っている。見たところ、近接戦闘でも使えそうだ。


「響夜、俺が殿を務める。お前とそこの少年であのを助けてくれ。退路は任せろ!」


 そう言い、準一は発砲を始めた。

 俺は頷き、寛人を連れて女の子がいる民家へと走る。途中の奴らは俺達の敵ではなかった。俺は拳銃で前の敵を始末しつつ、寛人が俺の撃ち漏らしを金属バットで始末する。

 見事な連係プレーで俺達二人は民家の庭へと向かった。中にいた数匹の奴らが山縣の狙撃で壁際まで吹っ飛んだ。


「よし、俺が援護する。寛人はそいつを連れて行け」


 俺は民家へ侵入しようとする奴らを撃ちつつ、寛人に告げた。

 黒いロングヘアーの少女は寛人に抱きかかえられて、安心したようだった。


「君は?」


 寛人が質問した。その少女は怯えた顔で、


「私、道祖本さいもと絢音あやね。パパとママは何処?はぐれちゃったの……」


 少女、絢音はどうやら家族とはぐれてしまったようだ。

 家族が生きているというのは考えにくいが、危険な目に遭っている少女を助けないわけには行かない。俺は子供には弱いのだった。


「寛人、早いところ行くぞ。どうやらあいつらは引き下がってくれる気がないみたいだ」


 確かに奴らの数は増えていた。

 俺達が入ってきた民家の入り口からの脱出は既に不可能に近い。ならば裏口か、塀を利用するかの二択となる。


「ねえ、お兄ちゃん。あれ、あれ」


「ん?」


 少女が指差した先にはかなり大型の梯子があった。それを見た俺はある名案を思いついた。


「そうだ。寛人、その子を下ろして梯子を持て。梯子を隣の家の屋根まで掛けるんだ」


「え?どうしてそんな事を……」


「考えてみろ。入り口からは出られない。裏口も安全だという確証はない。そして塀を使うのは危険すぎる。ならば梯子で隣の家の屋根に登って、伝っていくしかないだろう」


「なるほど。でもそれも危険じゃないんですか?」


「確かにな。でも、今一番確実なのはそれだ。幾ら準一でもこの数を一人で片付けて、退路を作るのは不可能だろう」


 寛人は納得したように頷き、梯子を隣の家に掛けるために絢音を下ろした。そして梯子を伸ばし、隣の家の屋根に慎重に掛ける。

 これで後は上って、学園まで戻るだけだ。


「寛人、先に行け。俺はこの子を背負っていくから」


「分かりました。気をつけて」


 寛人は梯子を急ぎ足で上り、隣の家の屋根に上がる。俺は絢音を背負い、慎重に上っていった。下では奴らが溢れ返っている。こちらを喰おうとしているのか、しきりに手を伸ばしているが確認できた。


「畜生!喰われてたまるか!」


 俺は誰に向かってでもなく叫び、梯子を渡りきった。

 渡りきってから絢音を下ろし、屋根に座り込む。学園のほうでは準一と山縣が手を振っているのが、確認出来る。

 

「帰るまでが遠足って言うだろ。これも同じで、助けた人間を安全地帯まで連れて行くまでが救助だ」


 俺は学園に合図を返す寛人にそう告げた。


「そうですね。僕たち、自分だけで精一杯のはずなのに、人助けばっかしてますね」


「仕方ないだろ。そういう性分なんだから」


 俺は笑い、すっかり気絶している絢音を横目で見た。

 さっさと帰って、見張り台を完成させよう。

 俺はそう思い、再び絢音を背負って、学校までの帰還ルートを辿っていった。


 それにしてもこの子、どうして武器もなしでここまで生きていたんだ?

 素朴な疑問が俺の頭の中に残った。

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