小室京輔 7月9日 午後8時09分 横浜市 横浜港本牧埠頭
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今回は前日の話です。
「P-1からP-20まで、直ちに指定地域まで移動せよ」
本部からの指令を受け、俺達の所属する港湾警備局、第三警護中隊は埠頭の検問へと移動を始めた。
ここ本牧埠頭では現在、避難民の脱出と政府やその近辺の人間の避難が行われている。俺達の任務は外務大臣を警護し、埠頭で待機中の巡視船まで送り届けることだ。
今日の午前から始まったウィルスにより発生した暴徒による暴動は、午後から激しさを増し、日没ごろには警察、自衛隊の投入が始まった。しかし対処が遅れたためか、各地で暴動は激化。収拾がつかなくなり、結果的に殆どの政府関係者は民間人、警察関係者、自衛隊を置き去りにし、安全地帯に避難するという最悪の事態に陥っていた。
一時間程前にはそんな政府首脳を批判するテレビ番組がどの放送局でも流されていた。しかし今は暴徒によって占領されたのか、番組はもう放送されていない。
「小室!巻田!検問だ!要人を保護しろ!!」
中隊長の長瀬平祐警備主任長が俺と同僚の巻田徹に向かい叫んだ。検問には多くの民間人が押し寄せており、中にはフェンスを乗り越えてでもこちら側には侵入しようとする者もいた。
「P-10からP-20は民間人を抑えろ!他の奴等は検問を手伝え!」
長瀬警備主任長がそう叫び、率先して民間人の検疫を手伝い始めた。俺達も検問所に立ち、検疫を通過した民間人を誘導に取り掛かった。
検問所では白衣を着た数名の男性が検疫を行っていた。
その検疫方法は皮膚を検査するものだ。感染している人間の皮膚は赤く腫れていることが判明している。他にも風邪のような症状が出ていたり、皮膚の痒み、吐き気を訴える民間人は強制的に観察所に連れて行かれる。
連れて行かれた人間の運命は考えたくもない。
俺は検問所を通ろうとしている二人の親子を呼びとめ、子供の皮膚を検査した。異常はない。続いて母親、こちらも異常はなかった。
「小室、俺達も相当危険なところに居ると思うんだが……」
隣で検疫を手伝う巻田が89式小銃を片手に呟いた。
「ああ、何時民間人が暴徒化するか分からないからな。銃器は手放さないようにしろよ」
「了解。さっさと終らせようぜ」
俺は次々と検問を通る民間人をチェックしていった。
幸いな事に感染者はいない。運が良かったのかも知れない。俺が聞いた噂では他の避難所は感染者が溢れていて、収拾がつかなくなっているらしい。
俺がそんなことを考えていると、直ぐ傍の監視塔にいた警備員が叫んだ。
「来たぞ!外務大臣の車だ!」
俺はフェンスによじ登り、人波の向こうを見た。確かに黒い乗用車がこちらに進んできているのを確認出来た。
「確認した。今から私達で大臣を保護する」
長瀬警備主任長が数人の俺の同僚を連れ、検問所の向こうにフェンスを越えて行った。
「よし、俺達で援護するぞ」
俺は巻田にそう告げ、監視塔に登った。巻田は反対側の監視塔に登り、人波を掻き分けて進んでいく隊長たちを見守った。
外務大臣の乗る黒いリムジンは人波のせいで思うように進めないようで、立ち往生している。それを隊長たち数人が保護している状況が目に入る。
「感染者だ!!」
遠くから悲鳴が上がった。
見ると、リムジンの前方二十メートルほどのところで、一人の男性が細身の女性に喉笛を噛み切られていた。男性が倒れた後、その女性の感染者は数人に噛み付いた。
「しまった!小室、撃て!」
俺はスコープを覗いて、照準をその感染者の頭部に合わせた。そして引き金を引く。鋭い銃声と同時に女の感染者は額に穴が開き、倒れた。
しかし、その女性に噛み殺された男性も直ぐに立ち上がり、暴徒と化した。
「隊長!急いでください!」
俺は叫んで、発砲した。
隊長は外務大臣を警護しながら、混乱の極みの人波を掻き分けてこちらに戻ろうとする。突然の感染者の出現に混乱した民間人はあちこちでぶつかり、踏みつけられて負傷している。
遂に一人の高校生らしき男がな長瀬警備主任長の左にいた警備員に襲い掛かった。殴り倒され、銃を奪い取られる。
「隊長!」
巻田が叫んで、民間人に発砲した。しかし長瀬警備主任長は人波に飲み込まれ、見えなくなった。
俺は監視塔を降り、検問の脇の指揮所に走った。既に検疫の警備員は任務を放棄し、撤退を始めていた。フェンスをよじ登る民間人が多数確認出来る。
「巻田!降りろ!撤退するぞ!」
俺はそう叫んで、残っている同僚を掻き集めた。
フェンスを越えようとする民間人に発砲しつつ、船が待機している埠頭まで退却する。
「おい、小室!外務大臣は!?」
「知るかよ!そんなこと言ってる暇、ないだろ!」
「クソッ!任務放棄かよ。役に立たねえ奴等だぜ」
巻田が悪態を吐きつつ、手持ちのスタングレネードを構えた。フェンスと検問を破壊してこちらに来ようとする民間人に向かって投げつける。
「耳塞げ!」
俺達は目を瞑り、耳を指で塞いだ。
強烈な光と同時に爆音が轟き、民間人がフェンスから転げ落ちた。前の方にいた民間人ものた打ち回る。俺は民間人たちを見捨てて逃げ出した。
生き残った隊員は二十人中、十人。後の十人はフェンスの向こうに落ちたり、暴徒に襲われ、行方不明になっている。恐らく生きては居ないだろう。
コンテナの間を待機場所に向かって歩く俺は胸ポケットの通信機を掴んだ。
「こちら、港湾警備局、第三警護中隊、臨時隊長小室京輔です。長瀬隊長が行方不明になり、隊員も半分失いました。撤退許可をお願いします」
「こちら本部、了解した。第二本牧埠頭に最後のフェリー便がある。それに乗って、海上自衛隊と合流しろ。これより貴下の部隊の指揮権は港湾警備局から、海上自衛隊に移される。では健闘を祈る」
俺は通信を切り、再び歩き出した。
遠くからは民間人の悲鳴や、喧騒が聞こえる。現在、関東圏の交通網は全てダウンしている。日没と同時に電車、バスは乗り捨てられたので、民間人の避難は徒歩のみになる。
やはり自衛隊の投入が遅すぎた。あと三時間早く、対処していればこれほどの混乱は免れたかもしれない。過去のことをどうのこうの言ってもしょうがないが、やはり気になるのは暴動の真っ只中に送り込まれた友人たちだ。俺は自衛隊の経歴があるから、内部に友人がいる。そいつらのことが心配だった。
「……響夜のやつ、渡良瀬市に派遣されたって言ってたけど、大丈夫なのか?」
俺は二年前に出会った友人、橘響夜の姿を思い浮かべた。
イケメンのあいつは何時でも何処でも人気があった。俺とあいつが知り合い、親しくなったのは趣味が共通してトレーディングカードだったからだ。
秋葉原で会って、それから親しくなったのは他の友人には秘密だ。今の俺はとにかくあいつが生きていることを祈るだけだった。
「小室、早く行こうぜ。あいつら、意外と早いぜ」
確かに喧騒の声が近くなっていた。
最後のフェリー便はもう視界に入っている。普段、乗用車を積むところには装甲車と戦車が積まれている。乗っている人間もほとんどが自衛隊、警察関係者だ。
俺はフェリーの搭乗口にいる自衛隊員に身分証明書を見せた。
「確認した。搭乗を許可する」
俺は巻田に会釈し、船に乗り込んだ。
デッキから見る横浜市街はあちこちから火の手が上がっていた。埠頭の倉庫街には既に民間人が押し寄せてきている。
俺達が乗り込んだのと同時に、フェリーの格納庫が閉まり、二人の隊員が乗り込んだ。フェリーのエンジンがかかり、進み始める。
「……地獄ともおさらばだな。助かったぜ」
俺は呟き、生者と死者が群れる地獄を睨んだ。
フェリーは静かに東京湾へと進んでいった。
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