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橘響夜 7月10日 午前1時15分 渡良瀬市 私立律明学園

 俺が撃った少女は頭の一部を失い、悲惨な姿で床に倒れていた。

 しばらくの沈黙が教室を支配した後、死んだ少女の親友である少女が叫んで泣き崩れた。


「嫌!嫌!嘘よ!」


 他の生徒も目の前の現実が受け入れられずに、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来ないようだった。刈谷が生徒と俺の間に入り込んだ。


「貴方は生徒を、まだ発症していない人間を殺害しました。貴方のような危険な人間に生徒をこれ以上近づけるわけにはいきません」


「俺は間違ったことをしていない。この少女はまだ発症していないが、間違いなく感染していた。発症するのを待っていたら、他の民間人にも被害が出ていたかも知れない」


 俺の言い分はもっともだと思う。

 しかし俺だって殺したくは無かった。

 俺が人を殺したのは初めてではない。それ以前から他の任務で大勢の命を奪ってきている。しかしそれは武器を持った相手のみだ。無抵抗の人間を、それも命乞いをした人間を殺したのはこれが最初だ。

 しかし俺に罪悪感などを感じる心は既に無かった。

 あの日、麻里が死んでからは……。

 俺はあの日以降、涙を流していない。そしてこれからも涙を流す事はない。人は俺を悪魔と呼ぶかも知れない。それでも構わない。


「俺はこの少女を殺したことについて、罪悪感などはない。感染者は全て処分せよ、というのが司令部の命令だ。それに俺が人を殺したのはこれが初めてじゃない。俺の部隊は元々、敵地への先行部隊だ。主に強襲を担当するポジションだ。人なら幾らでも殺している。今更神に許しを乞うつもりはない」


「貴方は最悪の人間です」


 刈谷は俺に冷たく言った。


「貴方の言うとおり、俺は最悪の人間だ。悪魔だ。しかしな、この状況で生き残るのは悪魔と天使、どちらだと思う?」


「悪魔だな……」


 俺の背後から声が聞こえた。それは金髪の少年だった。


「俺は松下洋一だ。あんたのいう事は何一つ間違っちゃいねえ。俺も何時、ここに居る奴らを殺そうかと思ったんだ。お陰で助かったぜ。幾ら俺でもバットで一人一人頭を潰していくのはキツイからな」


 その声に生徒たちからは怒りの声が上がった。しかし同時に俺に賛同する者が現れた。

 これが窮地に陥った時の人間なのだろう。


「俺は生き残りたい。是非ともな。お前たちはどうだ?」


 洋一という少年が他の生徒に問い掛ける。一人の男子生徒が洋一に賛同し、何人かがそれに続く。

 俺はその様子を見て、再び刈谷に向き直った。


「他の生徒は生への執着が強いようだ。で、ここで話し合いたいのだが」


「……分かりました。話だけは聞きましょう。こちらへ」


 俺は刈谷と共に別室へと向かった。準一も後に続く。白鳥と村上は他の部屋の感染者を処分しに出かけた。

 俺と準一が案内されたのは、生徒会室だった。生徒会室は三階にあり、他の部屋に比べて、随分と小奇麗だった。

 俺と準一の他には刈谷と男性教師三人、生徒会長を含む生徒会役員だ。

 このような事態になっても、実質的に学校を運営するのは生徒会らしく、話し合いは生徒会長の司会の下、行われた。

 俺たちが出した条件は三つ。

 一つはここの指揮権を俺と学校側で平等にすること。二つ目は学校内に武器などを搬入するのを許可すること。三つ目は俺たちに警備室、放送室などの校内への情報伝達に役立つ部屋を明渡す事だ。

 学校側はこれを仕方なく認めたが、一つ条件を出してきた。

 それは学校内での生徒関係の問題の処置は生徒会に委任すること。俺もそれを認め、話し合いは穏便に終った。

 俺はもう一つ、頼りになる生徒には武器を持たせるということについても俺は許可をとった

 理由は俺たちだけでは生徒全員を守りきれるかどうかは分からないからだ。ならば武器を扱えるものには俺たちの手が離せない時に警備を任せれば、いいのではないかというのが俺の考えだ。


「では、この旨を生徒に報告するのが今日の早朝で宜しいですか?」


 生徒会長である阿久津風禰が俺に尋ねた。


「ああ、そうする。今日は皆を寝かせてやろう」


 俺は呟き、椅子に座ったままの状態で背伸びした。それと同時にドアが勢い良く開いて、一人の少年が入ってきた。俺は驚いて椅子から転げ落ちそうになっていた。


「すみません!これを聞いてください!」


 少年の手には小型のラジオが握られていた。


「分かった。君の名前は?」


「は、はい。逢海寛人です。それで……」


 俺は黙って、寛人という少年の手にあるラジオの音量を上げた。そこからは衛星放送らしいニュースが流れていた。その内容は俺たちの予想を越えるものだった。


「国民の皆さんへ、只今起きている暴動についての政府からの重大発表があります。まずWHOによりこの暴動の原因になっているウィルスの警戒レベルがフェーズ6に引きあげられました。

 日本でもこのウィルスは感染爆発パンデミックを引き起こしており、各地で大きな被害を出しております。特に被害の大きい地域では7月10午前八時までに駐屯している全兵力を退却させるとの声明を政府首脳は発表しております。該当する地域は関東全域、関西全域、岡山、鳥取、広島、中部地方のほぼ全域となっております。尚、東北地方は未だ感染者が少数のため、兵力の駐屯は継続されます。

 該当地域の皆さんは午前八時までに最寄の避難所か、最寄の健在している自衛隊基地、警察署まで行き、脱出用のヘリで該当地域より避難してください。午前八時以降のヘリの運行はありませんので、乗り遅れた皆さんは自力で脱出していただくことになります。

 尚、東北地方はあくまでも一時的な避難場所であり、避難民が増えることにより、感染者が増加した場合は放棄されます。現在、陸奥半島、津軽半島からのフェリー便の他、青函トンネルが北海道へ渡る手段となっております。四国、九州も同じように感染者が増大した場合は放棄されます。

 国民の皆さんが一人でも多く無事に避難出来るように最善を尽くすと、総理大臣はコメントしております。決して最後まで希望を捨てずに避難してください。

 尚、これは録音放送です。お問い合わせなどは一切受け付けておりません」


 放送を聞き終えた俺たちの間では沈黙が漂っていた。

 初めに口を開いたのは準一だった。


「どうするんだ?ここに立て篭もるか?それとも活路を見出すか?」


「そうだな……俺としては今すぐにでもここからおさらばしたいが、ここに生徒を見捨てるわけにはいかない」


「なら、生徒を連れて行けばいいのでは?」


 風禰が俺に尋ねた。


「確かに。しかしこの人数を連れて、避難場所まで行くのは難しい。市街には奴らが溢れてるだろうし、最寄の駐屯地までは歩いて一時間はかかる。警察署は既に壊滅だ」


 一同は黙り込んだ。

 俺はここで今、思いついた提案をしてみることにした。


「俺たちなら駐屯地まで行く事が出来る。それからここの場所を教え、ヘリでここに来て貰うというのはどうだ?」


「それしかないな……」


「でも、もし拒まれたら?」


 今度は寛人が俺に尋ねた。


「その時はその時だ。自力で脱出するしかない。とにかく今は行動あるのみだ」


 その場にいた全員が頷いた。刈谷もこれには賛成した。


「駐屯地までは少数で行く。これから選抜するメンバーも連れて行く」


 こうして俺たちは行動することになった。

 俺たちは生き延びられるのだろうか?

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