煉獄一直線
「それがアンタの素かよ。そっちの方が、様になってるぜ」
今までのリドーの立ち振る舞いは、どこか歪というか、無理をしているようにツバキには見えた。
だが、今の彼女はしっくりとハマっている。
「それじゃあダメなんよ。やっぱガキ共怖がらせてまうかもしれんしな。孤児院は一見元気に見えても繊細な子が多いんよ。ま、殺人マシンの転生者には分からんか」
「……!」
転生者、とリドーは確かに言った。
ツバキの正体を知っている……ますます普通のシスターではない。
「あなた、何者?」
汗を滲ませながら、シルヴィアが問う。
「何モン? せやな……正義の味方っちゅうのはどないやろ」
黒い革手袋を装着しながら、リドーはカラカラと笑った。
「正義の味方……?」
「そ、弱きを助け悪しきをくじくってヤツや。で、今はこの街でけったいなクスリばらまいとる連中刻んどる真っ最中って訳や。嬢ちゃんの推理、殆ど正解や。手ェ塞がってなかったら拍手してたかもな」
ケラケラと笑うリドー。
「あなたの方法は、過激すぎるわ。いなくなった人の中には販売に関わっていない客だっていたのよ。その中には騙されてクスリに手を出した人だって――」
「知らんよ」
あっさりと、リドーは切り捨てた。
「それっぽい理由を付ければ満足か? クズに悲しい生い立ちでもトッピングしたら見逃すって? ハッ、ちゃんちゃらおかしいわ。理由なんか知らん。連中がやってるのは、クソみたいなヤクをこの街にバラまいとるっちゅーことや。買ってる時点でそれに加担してるのと同じなんよ。まあ、ガキだったら矯正してやらんこともないけど、それ以外は纏めて殺したほうがええ。需要が先か供給が先かなんて関係あらへん。売人も客もマフィア連中も全員殺せば、万事解決や、そうやろ?」
「無茶苦茶だわ……!」
ある意味、クスリの蔓延を憂いて行動を起こしているという意味ではなるほど正義の味方と言えなくもない。
が、シルヴィアの言う通り方法があまりにも過激すぎる。
「最終的には、ペルペトーファミリーをぶっ潰すことが目標やな。けど、いきなり根本を叩いてもバラけるだけやろ? 千里の道も一歩からっちゅーことで、まずは下っ端共を殺して回ってるって訳や。一応警告はしとるんやで? クスリに関わると消されるって噂流したりな。でも効果は今ひとつなんやなー。つまり、アレや。クスリのためだったら死んでもええってことなんやろな」
ウンウン、とリドーは自己完結していた。
「あー、メッチャ話したわー。やっぱ誰かに利いてもらうっちゅーのは大事なんやな。 告解室の大切さを再認識したところで、始めよか」
大鎌を構えるリドーに、シルヴィアは慌ててツバキの前に体を割り込ませた。
「ちょっと待って、ツバキはクスリに関わってないわ。私達の仕事はあくまであなたを狙う転生者を倒すだけよ」
「ああ、ペルペトーが飼っとるヤツかい。心配あらへんよ。ウチがキッチリ殺したるから。こう見えても、4匹――いや5匹か……まあええわ。そこそこに数はこなしとるしな」
リドーの口ぶりからして潜入捜査員が殺された件とリドーは無関係らしい。
じゃあ安心か、とはまるでならない。
転生者1人かと思ったら、転生者に加えて転生者を殺せるイカれシスターも相手にしなくてはならないという有様だ。
こんなサプライズは正直いらないと思うツバキであった。
「嫌いなんよ、転生者。どいつもこいつも死んだ目してて厄介な力を持ってるからたまらんわ」
「ツバキは傀儡化していないわ。自分の意思で考えて行動することだって――」
「マトモな奴ならな。それこそ勇者ヤマダみたいなのだったらウチかて大歓迎や。けどツバキちゃんはマトモやない。人殺すことが普通って目ェしとる。こんなんだったら嬢ちゃんの操り人形のほうが安全や。本当にこの3日はストレスやったで。ガキ共の側に転生者がいるっちゅーのは本当に我慢できんくて、毒盛ってもうたわ。昔からこらえ性が無いとは言われてんけど、やっぱ無理やなー」
随分な言われようだ。
まあ、あながち間違いではないのが否定しづらい。
「ツバキはそんな人間じゃないわ」
「そう、人間やない……バケモノや。ウチからしたら、転生者もクスリも大した違いはあらへんよ。降りかかる火の粉を払う言うてもな、降りかかった時点でもう遅いんや。そうなる前に、火元消さへんとな」
「いちいち回りくどいヤツだな。グダグダくっちゃべった挙げ句言う事が『おまえを殺す』かよ。1行で終わるだろ」
「言葉の情緒も分からんアホに言われちゃかなわんわ。まあええ、ウチが話したいんは嬢ちゃんの方や。取引っちゅーやつやな」
「取引……?」
「そ、ツバキちゃんのこと今すぐ殺してくれへん? あんたならできるやろ。そうすりゃ、あんたは見逃したる。サツにチクるならそれでもそれでかまへんよ。ウチも神に仕えとる身や。嘘はつかへん――」
「断るわ」
一瞬の葛藤もなく、シルヴィアははねのけた。
「あっさり言うなぁ。理由、聞かせてもろてええ?」
「人を殺さないことに理由が必要かしら?」
「人って……だーかーらー、バケモノや言うてるやん!?」
ヴォン
鈍いうなり声のような音と共に、リドーは大鎌を振り下ろした。
ツバキはシルヴィアを抱え飛び退く。
瞬間、地面が炸裂し、破片が飛び散った。
破片は体を掠め、僅かに痛覚を刺激する。
「……!」
少しでもタイミングがずれていれば、2人は破片達の仲間入りを果たしていただろう。
転生者を複数人殺したと言う自己申告はあながち間違いではないようだ。
地面に転がりながらシルヴィアを解放し、ツバキはリドーの下へ向かう。
刃と刃が交差した。
「っ――」
少しでも力を抜いたら体が持って行かれる。
視界を覆わんばかりの火花が散った。
一瞬ではなく、今もずっと散り続けている。
手を伝う衝撃も、ガリガリと断続的なものだ。
ただの鎌ではない。刃が動いている。
「ウチの煉獄一直線の味、堪能せいや――!」
「クソッ!」
このまま拮抗を続けていれば刀にかかる負荷が尋常ではなくなる。
舌打ちと共に大鎌から刃を離し、リドーの首目掛けて振るうが再び防がれ火花が散る。
「ビビったやろ? コレ受けた奴は大抵今のアンタみたいな顔になるんや。それが死に顔になることが大半なんやけど……やっぱ一撃じゃ無理か。ほな、2撃3撃いきまひょか――!」
次々と攻撃を繰り出すリドーと切り結ぶ。
刃と刃が触れ合う時間を最低限に留めるように意識しながら、なんとか敵の体に刃を突き入れようと試みる。
リドーは煉獄一直線をポールのように地面に突き立て、それを軸に繰り出される回し蹴り。
頭を庇ったツバキの左腕がミシリと悲鳴を上げる。
さらに地面に着地したリドーは今度は脚を軸にして、煉獄一直線を薙ぎ払う――!
――こいつは、ヤバい。
戦いが始まってから僅かしか経っていないが、ツバキはそう確信した。
身体能力、反応速度、武器の質。
全てにおいて転生者並だ。
転生者は本来持っていた武術に加え、召喚の際の肉体強化やスキルによってその存在を最強の使い魔たらしめている。
この世界の人間で転生者と生身で太刀打ちできる者は殆ど存在しない。
が、理論上同等の力を有しているならば、話は別。
そして目の前のリドーは、それに該当する存在だ。
何より厄介なのは、その手に握られた大鎌――煉獄一直線。
何合も打ち合っている度に、ツバキはその正体を察することが出来た。
刃が回転している。
常に発せられる咆哮じみた騒音も、回転によって生じるものだろう。
回転とリドーの転生者じみた筋力。
この2つが掛け合わせられることによって、尋常ではない力を発揮しているのだ。
だが、この違和感のある感触はそれだけでは説明が付かない。
攻撃を捌きながらも内心首を傾げるツバキの耳に、シルヴィアの声が飛び込んでくる。
「気を付けてツバキ。その刃は液体よ! 水銀――違う、アイアンスライムをベースにしたリキッドウェポン!」
リキッドウェポン……液体武器? とでもいうのか?
表情から使い魔が今ひとつ理解出来ていないであろうことを察したのか、補足説明が飛んでくる。
「液体の形状をを魔力で固定して振動若しくは回転させることで破壊力を生み出す武器よ! 扱いは難しいし消費魔力も高いけど、破壊力は元より厄介なのはその柔軟性にあるわ。遠距離攻撃も視野に入れて戦いなさい!」
「了解……!」
やはり、分析はご主人様の方が一枚上手だ。
シルヴィアの分析を元に立ち回りを調整する。
理想は攻撃を受けずに回避を続けることだが、リドー相手では攻撃をすることもまた不可能になる。
刃に触れるのは最低限に留め、大鎌の軌道を変えることを重視する。
が、ツバキにとって有り難い分析ということは、リドーにとっては不愉快極まりないことだというのは想像に難くない。
「ネタバレは御法度。興ざめやがな――!」
案の定、リドーは虚空に向かって大鎌を横薙ぎに払うった。
刃から零れ落ちるような銀色の円環がシルヴィアに迫る。
「チッ……!」
ツバキはシルヴィアの前に立ち塞がり、迫る刃に刀を振り下ろす――!
「駄目――!」
遅かった。
抵抗を感じなかった。
円環は刀をすり抜け、ツバキの体を抉った。
痛みと共に血が流れた。
右胸部に負傷。
戦闘続行――可能。
まともなダメージを際に喰らったのはこちらだったが、シルヴィアが無事だったのでそれで良しとする。
「シルヴィア、アレは――」
「撃ち出された瞬間、構成されている術式が変化したわ。円状の刃は破壊力は下がっているけど、液体ということを活かして、すり抜けられるというわけね……ツバキ、回復魔法は?」
「必要ない」
このくらいの傷なら問題無く動ける。
魔力の消費が勿体ない。
「なーにコソコソ言うとんのや。仲間はずれは寂しいなぁ――!」
次に撃ち出された円環の数は4。
普通に切ろうとしても、ズタズタにされる未来しか見えない。
ならばやることは一つだ。
「シルヴィア、視界寄越せ!」
「了解!」
ツバキの左眼に、シルヴィアが観測した世界が映し出される。
シルヴィアの魔眼は魔力や術式等を常人より詳細に観測することを可能にする。
それだけでなく、自分が魔眼で観測した視界を近くにいる他者と共有することができる。
右眼と左眼で見えている世界が違うことに脳が僅かに混乱するが、確かに見えた。
円環の骨組の用に存在する術式。
視界の共有は一瞬。
だが、それで充分だった。
一度『そういうもの』と分かれば、ツバキもなんとなく認識できる。
認識できるのならば――斬れない道理などない。
一閃。
『斬った』感触が手に伝わる。
円環はカタチを失い、地面に落ちた。
リドーに肉薄し、煉獄一直線の刃の側面に向かって刀を走らせる。
半ばから切断された刃は、円環と同じくカタチを失い地面に落ちた。
本体部分に残った刃も同じ結末を辿る。
「はぁン……なるほどなぁ。これがツバキちゃんのスキルっちゅうことかい」
ツバキから距離を取ったリドーは、自分の得物を覗き込み素っ頓狂な声をあげた。
「物体に限らず、あらゆるモノに干渉してぶった斬るっちゅーってとこか? さっきのウチの攻撃な、アレはただ斬っただけじゃどうということはあらへん筈や。ああなるっちゅーことは、内蔵されてた術式そのものがぶった斬られたって考えた方がしっくり来る。本体もそうやって斬ったんやろ? 本来斬れないものにも『切断』っちゅー法則を押し付けるスキルって考えるとしっくりくるんやな、コレが。ったく、相っ変わらず転生者はバケモンやな」
正解だ。
が、わざわざ肯定してやる義理もない。
「けどな。切断はあくまで切断――切るだけや、完全に殺し切る訳やない。だから煉獄一直線もこの通りや」
煉獄一直線の刃も、再び飛び出し元通りになる。
「人のこと言えたクチかテメー……そっちも充分化け物だろうか」
ここまで打ち合えば分かる。
リドーの強さは、当人の血が滲む鍛錬――だけではない。
何らかの外的な要因があるものだ。
そうでなければ、彼女もまた人の暗中から外れた存在ということになる。
「人聞きの悪いやっちゃなー、人類の叡智と言ってくれへん?」
「そこは神の力とかじゃないのかよ」
「あ、そか。でもアレや。神は人類の生み出したんだから、人類の叡智イコール神の恵みっちゅーのはどないや?」
「物は言いようだな」
そんなとき、リドーの姿を食い入るように観察していたシルヴィアは、ぽつりと声を漏らす。
「あなた……教会の浄火機関ね」
「浄火機関? えーっと……異端審問官とか言う連中か?」
魔術が人類に広く普及する以前の時代――つまり魔王出現前の時代に、魔法使い迫害の先頭に立っていた者達だ。
尚、ここで言う『異端』とは人に仇成す怪物――というよりも、自分達に都合の悪い者達、という意味だ。
彼らの所業は、シルヴィアから借りた本を読んだツバキでも眉を潜めるものだった。
たかが殺すだけのためによくもまあ、あそこまで創造性を発揮できるものである。
ところがどっこい、『異端』であるはずの魔法から召喚された勇者ヤマダが世界を救ってしまったことで彼らの血にまみれた春は終わりを告げた。
組織丸ごと破門を言い渡され、今では教会の黒歴史になっているが、今も僅かながら活動を続けているというのを聞いていた。
「ハッ、あんなゴシップ好きのクソ共と一緒にされちゃかなわんわ」
「異端審問官はあくまで人を相手にする者達よ。けれど浄火機関は、本物だわ。吸血鬼を始とする人に仇成す怪物達を相手にする実力部隊……それが彼らよ。所属する者達は大なり小なり肉体を人為的に強化した改造人間だと聞くわ」
「おー、さすが嬢ちゃん詳しいなあ。まあ、そんなとこや。ウチはレベル1やけどな」
レベル1……改造の度合いが低い、とういうことだろうか。
だがそれでもこの強さだ。
それより上の連中がいると考えただけでもゲンナリする。
「転生者だのなんだの言っておいて、自分はそれかよ。改造ってのは舌も増えるのか?」
「よく言うやん? 平和っちゅうのは相手よりもデカい棍棒持つことで得られるってな。けど、それだけじゃアカンのよ。こっちが持ったら、あっちも持って、だったらこっちももっとデカい棍棒を……ってキリがあらへん。続く限り、戦いは終わらんよな」
突然講釈を垂れ始めたリドーだが、なるほど言っていることは分からんでもない。
シルヴィアがツバキを召喚したのは強大な力を持つ転生者に対抗するためなのだから、リドーの言葉に当てはまると言えるだろう。
「だからな、デカい棍棒持った時点で殴り殺せばええねん。そうすれば話はしまい万々歳や」
「いやその理屈はおかしいわ」
「そうか? 結構簡単な話だろ」
1番共感できるところかもしれない。
ツバキとリドー。
同時に地面を蹴る。
「……要は、おまえを殺せば万事解決ってこった」
「気が合うなぁツバキちゃん……虫唾が走るわ!」