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異界転生 人斬りの使い魔と没落探偵  作者: 悦田半次


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最終話 銀花

「んー……まだ、違和感あるわね。新聞が読みにくいわ。ブラックスターを撃てるようになるのも、もう少し先になりそうね」


 新聞を読みつつ、右手をぐーぱーさせながらシルヴィアは言った。

 4人の中で唯一普通の人間という事もあり、肉体のダメージが1番深刻なシルヴィアだったが、戦いから2週間が経過した今では殆ど回復した。

 斬られた右腕もくっつき、左手の火傷も殆ど残っていない。


「まったく、ここまで金かかるとか聞いてないで。エリクサー使ってもうたし、煉獄一直線ゴー・トゥー・パーガトリィーは修理せなあかんし、病院代も馬鹿にならんし……割増料金請求せなやっとれんわ」


 来客用のソファーに座り、お茶菓子のフィナンシェを頬張りながらリドーは愚痴った。

 リドーに叩き込まれた病院が浄火機関御用達であったことも大きい。

 ツバキやナツメは転生者ということもあって回復は極めて早いが、シルヴィアもまた1週間の入院生活で、仕事こそ難しいが日常生活にあまり支障がでないくらいには回復している。


 それだけ病院の設備も医者も優れていたというこということだが、当然ながらそれだけ料金は高いのだ。

 が、1つだけ聞き逃せないことがあった。


「おい、教会じゃタダでやってやるって言ってたじゃないか。何サラッと料金上乗せしてんだよ」


 リドーの向かい側のソファーにあぐらをかいて刀をメンテナンス中だったツバキはじろりと睨む。


「タダでやる言うたんは嬢ちゃんを助けるとこまでや。エリクサーとか乳でか姉ちゃん抑えるとか刀デリバリーするとか病院担ぎ込むとかどー考えても別料金や別料金。こちとら慈善事業やっとるんちゃうで」

「あの口ぶりだったらどう考えてもその辺込み込みじゃないのか? つーか、修道服姿そのカッコで金とんのかよ」

「祈りでガキ共食わせられるんやったら苦労せんわ!」


 バチバチと火花を散らす2人をまあまあ、とシルヴィアが宥めた。


「まあまあ、いいじゃないの。施しを受けたらそれに報なくちゃね」

「けどなあ……」

「それに、せっかく全てうまくいったのよ? こんなところで争ってもつまらないじゃない」


 シルヴィアが見せた新聞の一面には『ペルペトーファミリー壊滅』の見出し文が踊っていた。

 首魁のペルペトーが死亡し、さらに組織自体が彼によるワンマン体制だったこともあって、ペルペトーファミリーはあっと言う間に壊滅した。

 さらに後ろ盾になっていた貴族や、協力していた製薬会社の関係者も、タングステン警部によって纏めてお縄になったそうである。


 貴族の中にはペルペトーが持つ転生者の力によって脅されていた者もいれば、利用してやろうと思って近づいたものもいたというが、結果は揃って檻の中だ。

 そういう面で言えば全てうまく言った、とも言えなくもない。

 少なくとも、1番ボロボロになっていた少女の口から言われては反論のしようがなかった。


「けど、まだ厄介事はあるで、嬢ちゃん」


 ぴくり、とシルヴィアは小さく眉を潜めた。


「……そうね。ペルペトーにレコードを渡した人物は誰なのか、手掛かりがまるでないのが困ったところだわ」


 ツバキが聞いたところによると、ペルペトーは仕込まれた術式によって口を封じられた。

 つまり――知られてはならない情報を持っていた、ということだ。


「今回の件でほぼ確定したわ。今流通しているレコードは、叔父さまが作ったものが散逸したものだけじゃない。何者かが、新たに作っている」


 シルヴィアの叔父は、転生者を使い国家転覆を目論んでいた。

 が、彼の死によって異界転生を行うためのレコードが裏社会に散らばった。

 それを回収・破壊するためにシルヴィアとツバキは戦っていたのだが、転生者の数には違和感を抱いていた。

 散らばったものにしては多過ぎるのだ。

 今回の件で、シルヴィアはペルペトーのレコードを調べて、叔父が作ったものではないことを突き止めていた。


「でも、レコードってそうホイホイ作れるものじゃないんだろ?」

「ええ、異界転生のレコードを作れる人間は、今この世界ではブルーム家の人間……つまり私しかいないはずなんだけど、何事も例外は考えられるわ」

「つまり、嬢ちゃんとこの秘伝が曝かれたっちゅーことやな」

「業腹だけど、そういうことね。敵はそれだけの力を持っているということよ」


 今回の件ではっきりした新たなる敵――だが、その実態は余りにも曖昧で霞を掴むようだ。


「ま、どっちみちウチがやることは変わらへん。火の粉が降りかかる前にぶっ潰す。それだけや」


 フィナンシェの最後の一欠片を口に放り込み、紅茶を流し込んだリドーは用が済んだとばかりに玄関へと向かった。


「あーそれと、その菓子うまかったで。どこで売ってるん?」


 行きつけの店を褒められたのか、シルヴィアはあっと言う間に上機嫌だ。


「『シュガーガーデン』って言うお菓子屋さんよ。ここを出て右に曲がって真っ直ぐ行ったところにあるわ。子ども達へのお土産かしら?」

「ま、そんなとこや」

「だったらファミリーセットがおすすめよ。色々な種類を人数に会わせて詰めてくれるわ」

「へぇ、ええこと聞いたわ。ほな」


 手をヒラヒラと振って、リドーは事務所を後にした。


「やっぱり優しい人なのね、リドーって」

「同意はしかねるけどな。自分が護ろうとするヤツとそれ以外を天秤にかけると、躊躇なくそれ以外を切り捨てるタイプだぜ」


 そしてツバキ達は紛れもなく後者に位置する可能性が高い。

 今回こそ協力したが、敵の敵は味方ではなくまた別の敵、ということだ。


「けど、助けてくれたし、『シュガーガーデン』のお菓子を美味しいと思う人に悪い人はいないわ」


 ツバキも嫌いじゃない時点でその前提は崩れると思うのだが。

 本当に、シルヴィアはお人好しがすぎるとつくづく思うツバキであった。

 シルヴィアはしばらく新聞を眺めていたが、気になる記事を見つけたのか目を丸くした。


「見て見てツバキ。海竜の単独討伐ですって」


 海竜とは読んで字の如く海に住む竜だ。

 竜の名を冠するだけあって、海の生態系の頂点に位置する。

 中でもリヴァイアサンと呼ばれる個体は、長きにわたり海の支配者として君臨していたと、前に読んだ本の知識をツバキは頭から引っ張り出した。

 魔法で撮影された写真には、100メートルはあるであろう巨大なモンスターが首のない状態で横たわっていた。

 写真越し、しかも首なし死体とあってはあまり海竜のすごさがよく分からない。


「なあ、海竜と俺が戦ったらどっちが強い?」

「ツバキ1人じゃ厳しいかもしれないわ。純粋な戦闘力はあまり差はないかもしれない。けれど、何より戦う場所は必然的に水中か水上のどちらかになるし」

「そりゃあ……厳しいな」


 水中は勿論、水上でも本来の力は引き出せないだろうし、何よりあちらは海の生態系の頂点だ。

 フィールドからして不利であることは明白。

 脳天気な部分の多いシルヴィアだが、彼女の銀色の脳細胞とやらがが弾き出す戦力分析は極めて正確である。


「少なくとも、海竜がどれだけヤバいのかは理解できたよ。そいつを単独撃破したヤツのヤバさもな」

「本当に尋常じゃないわ。海竜は本来、100人単位のパーティーで挑むのが常道で、それでも討伐できるとは限らないようなモンスターなの。場合によっては国が軍を動かす場合もあるわ」

「そんなヤツをたった1人で、と」

「すごいのはそれだけじゃないの。討伐したのはたまたま漁村に訪れていた旅人なんだけど、謝礼も断って名も名乗らずに去って行ったそうよ。格好いいわよね……まるで小説みたい」


 ははーんとツバキは合点がいった。

 海竜を討伐した通りすがりの旅人の在り方は、あまりにもシルヴィア好みだ。

 ツバキとしては、もっと色々貰っても良かったんじゃないかと思わなくも無いが黙っておくことにする。


「……ん?」

「どうしたの?」

「いや、コイツどっかで見たことが……あ」


 自分の部屋に引き返し、一通の手紙を回収してそれと新聞を見比べる。


「これは……ナツメからの手紙?」


 激戦の果てに和解した姉、ナツメは担ぎ込まれて一晩で姿を消していた。

 残された置き手紙には『武者修行』とだけ書いてあった。

 再会早々旅立たれるのは少し寂しいが、特に心配はしていない。

 ……のだが、ここに来て何か妙な予感がしたのだ。


「……やっぱ似てるよな、コレ」


 手紙には辛うじて何かの生き物と判断できる絵と、その上に乗っているこれまた辛うじて人間と判断できる絵も同封されていた。

 そしてそのシルエットがなんとなく、本当になんとなーくだが海竜と言われれば納得出来ないでも無いような気がするのである。

 尚、手紙の本文には、


 『立ち寄った漁村にでっかい魚がいた。中々骨のある相手だったが倒した。味は悪かった』


 と書かれていた。

 尚、写真をよく見ると、何か肉を切り取ったような痕跡も見られた。

 ツバキの言わんとしていることが理解出来たのか、シルヴィアもたらーりと汗を流す。


「……ちょっと待って。ナツメってもうスキルは使えないのよね?」


 ナツメのスキル『抜刀術』と『修羅の剣』はツバキによって一刀両断にされ、再起不能に陥った。

 つまり純粋な武力という面では、ナツメは転生者としての1番のアドバンテージを失っている筈なのだが……

 ははっ、とツバキが小さく笑った。


「元々あんなのなくても強いんだよ、姉上は」

「無茶苦茶じゃない……」

「そりゃ姉上だからな」


 理由はそれで充分だ。


「ともあれ、元気そうで良かったよ」

「少し元気すぎる気がしないでもないけど……」

「姉上を普通の尺度で測ろうとすると大体ヘンなことになるからな、いずれ慣れるよ」


 だが、これが本来のナツメなのだ。

 無茶苦茶で、誰よりも強い剣士。

 きっとこれからも強くなるだろう。

 修羅ではなく、そのままのナツメとして。

 予想なのが願望なのか自分でも分からないまま、ツバキは刀のメンテナンスに戻った。


「随分と、気に入ってるみたいね」

「そうか?」

「武器のメンテナンスなんて殆どしないでしょ? したとしてもとっても面倒そうにしてさっさと終わらせようとしてたけど、今は違うわ。まるで労るみたいに、丁寧に接してる」


 武器を使い捨てていた時のツバキは、確かにメンテナンスをろくにしていなかった。

 だが今では、わざわざ刀の手入れの方法が書かれた本や道具を買って行っている。


「労るって……まあ、その、長く保たせることに越したことはないからな。それだけだよ、それだけ」


 ツバキのスキルは、手にした得物によって大きく威力が左右されることが明確になった今、以前の得物達より大切に扱うというのは決して不自然な思考ではないと思うツバキである。


「ふーん」


 シルヴィアはニヤニヤしてこっちを見てくる。

 少々居心地が悪いので、話題を変えた。


「そう言えば、結局いくらしたんだ、これ」


 ふいっとシルヴィアは目を逸らした。


「……オイ」

「いや待って落ち着いてツバキ。大丈夫よ。前回の報酬と今回の報酬でトントンになったから!」

「トントンじゃダメじゃないか?」


 しかもさらっと今回の報酬まで含まれていた。

 この前は前回の報酬でなんとかするとか行ってたのに。


「家賃とかは……」

「大丈夫よ。どうせ支払いまで時間があるんだから。その間に依頼を受ければいいだけ! どう? 完璧な作戦でしょう?」


 世間ではそれを取らぬ狸の皮算用と言う。

 今のうちに、またあのフリフリ衣装に袖を通す覚悟を決めた方がいいかもしれないと暗澹たる気持ちになるツバキであった。


「そんなことよりもよ、ツバキ。その刀に名前はつけたの?」


 そんなことで片付けられる問題ではない気がするが、話題が話題だけにぴくりと反応する。


「名前、か……そう言えばつけてなかったな」

「名前って大事よ。その存在を定義するものなんだから」


 確かに、ずっと刀ではどこか座りが悪い。

 ふーむとしばし考えた後、パチンと指を鳴らした。


「無銘17号」

「ボツ」

「なんでさ」


 ツバキが記憶している限り、17番目の刀だったのでそう名付けたのだが、シルヴィアからはバッテンマークを頂戴した。


「一周回ってそれっぽいけど少し味気ないわ。将来博物館に展示されるときのことも考えて付けないと」


 世間ではそれを以下略。


「……エクスカリバー」

他所様よそさまの名前じゃない」

「アロンダイト」

「だから他所ォ!」


 その後も様々な案を出したが、あれもボツこれもボツと中々OKが出ない。


「……そこまで言うんだったら、あんたが名付けろよ」

「それはダメよ。あなたの刀なんだから、あなたが名前を付けてあげないと」


 妙に真面目な顔で言われた。

 それでもシルヴィアのお眼鏡にかなうもの、という条件付きなのだから始末が悪い。

 メンテナンスを終えた刀の刀身と睨めっこしていると、ふとシルヴィアの銀髪が視界の隅に映った。


「……銀花ぎんか

「ぎんか?」

「銀の花で銀花だ。シルヴィアがくれたもんだし、それにちなんだ名前の方が良いかなと思って。シルヴィアはシルバーだし、ブルームは花って意味だろ? だから銀花」

「……」


 シルヴィアはしばし固まったと思うと、


「……! ……! !!!!!!!!!!」


 妙な声をあげて顔が一気に真っ赤になった。


「どした?」

「な、なんでもないわ! ああもう、こういうときに不意打ちがくるんだから……!」

「いや、俺何もしてないけど」

「してないけどしたの!」


 哲学だろうか。


「はぁ……1つ言っておくけどね、ツバキ。私の名前は森《Sylvia》を語源にしているの。銀《Silver》とはちょっと違うのよ」

「そうなのか? てっきり銀髪だからその名前なのかと思った」


 その銀髪も相まって、彼女の事を「銀の花」と表現するのはあながち間違いでも無い気がする。


「この髪は母様譲りなの」

「ふーん。じゃ、別の名前に――」

「待て待て待ちなさい。別にダメとは言ってないでしょう」

「え、でも、意味が違うんじゃ――」

「いいの。それでいいの、それがいいの。この刀は『銀花』よ。はい決定!」


 結局強引に決められてしまった。

 が、名前そのものに不満はない。

 名前を得たことで、心なしか銀花の輪郭がはっきりしたような気がする。

 メンテナンスを終えた刀身を、日光にかざしてみる。

 そこに移った自分の顔を見て、うへぇと口を曲げた。


「どうしたの?」

「……いや、どうしようもなく緩んだツラだと思ってさ」

「それでいいじゃない」

「そんなもんかね」

「そんなもんよ」


 ならば、そういうことにしておこう。

 ツバキは銀花を鞘に収め、道具を片付ける。

 小さく欠伸をして、ソファーにごろんと横になり目を瞑る。

 何か、いい夢を見れそうな気がした。

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