応急処置
その光景を見た瞬間、シルヴィアは動いていた。
「そのゴーレムを私達から引き離して!」
生意気なる使い魔は主人のやろうとしていることを察したのか、苦虫を5、6匹噛み潰したような表情になったが、こっちだって引く気は無いと睨み付ける。
「……分かったよ、やればいいんだろやれば」
ブツブツいいながらも、ツバキはゴーレムをシルヴィア達とは正反対の方向へ攻撃するように誘導した。
シルヴィアは血を流し倒れている、リドーのもとへ向かう。
鉄錆めいた――しかし生々しい湿気を含んだ臭いが鼻を突く。
この2年で、大分慣れた――慣れてしまった。
だが、慣れたとは言ってもやはり好きになれないし、胸の奥がざわざわする。
以前そのことをツバキに言ったら、「は?」と首を傾げられたが、それはそれとして。
「良かった、生きてる」
ホッと胸を撫で下ろしつつ、流れ弾が飛んでこないように、周囲に三重の防壁魔法を展開するのも忘れない。
「勝手に、殺すなや。これくらいでくたばれるなら、浄火機関なんて最初からいらへんよ」
ごぽりと口から血を流しながら、リドーは表情筋を引きつらせるように笑って見せた。
傷はあまりにも深い。
腹がザックリと裂け、ちらりと顔を出しているのは内臓だ。
少し過激な英雄譚にも似たような描写はあったが、文章から想像する光景に比べて、あまりにも鮮烈すぎた。
2年前までのシルヴィアだったら、それだけで気絶し共倒れになっていたことは想像に難くない。
だが、今のシルヴィアは比較的冷静に状況を観察している。
熱を発する傷口に、回復魔法を行使する。
緑色の光を受け、傷が塞がっていく。
半ば予想していたが、傷の治りが常人に比べて遥かに早い。
患者の回復力を魔法で強化し治療するのが回復魔法の基本だ。
つまり回復力が高ければ高いほど傷の治りは早くなるのだが、そこは改造人間の面目躍如と言うべきか。
そう思ったところで、手で制された。
「ウチにその魔法は必要あらへんよ。魔力は温存しとき」
リドーの言葉通り、回復魔法を止めても傷が塞がっていく。
「自分で回復魔法が使えるの?」
「ちゃうちゃう。なんつったか、自動修復とかなんとか。改造してもろた時に説明されたんやけど、なーんであの手のセンセは話長いんやろな? センセの鼻毛が2本見えてたことくらいしか覚えてへんわ」
さらっと明かされた情報に、シルヴィアはごくりと唾を飲んだ。
かつて存在した異形狩りの流れを汲む組織。
常に己より強き者達を相手取ってきた彼の機関は、機関員の肉体改造は序の口。
中には人間を辞めている者達も少なくないと言う。
「まあ、難点としちゃ、修復中はクッソ痛いってことなんや。まあいざって時は、とっておきが……ってオイ。話きいてたんか嬢ちゃん」
再び回復魔法をかけ始めたシルヴィアに、リドーは目を瞬かせる。
「回復魔法は痛みを和らげる効果もあるわ。それに、そのとっておきもポンポン使うわけにはいかないんでしょ?」
表情を見る限り、図星のようだ。
「ははーん、分かったで。アレや、ウチに恩売っといてあの転生者見逃してくれ言うつもりやろ」
「あ、そういう方法もあったのね」
「分からずに治療してたんかい! って痛ぁ……ハラ裂けてる時にツッコミはアカンわ」
「まあ……そう言う事になるかしら?」
すっかり失念していた……と言うより、選択肢が最初から浮かんでいなかった。
「アホや。目の前にアホがおる……」
「アホとは失礼ね。命の恩人……とまではいかないけど、痛みを取り除いた恩人への言葉にしては不躾ではなくて?」
面と向かってアホと言われれば、シルヴィアだって面白くない。(生意気なる使い魔には1日に3回は言われている。非常に業腹である)
「誰かを助けないことに理由はあるけど、助けることにはそんなもの必要無いわ。違って?」
「大いにちゃうと言いたいけど、もうええわ。とんだ甘ちゃんやで」
「甘ちゃん……確かに私の美貌はスイートだけれども」
「もうええわ言うたやろ! まったく、調子狂うわ」
リドーは口元の血を手袋で乱雑に拭い、大鎌を手に取る。
「……やっぱりや。またウンともスンともいわへん」
「ちょっと貸して」
魔眼を起動させ、煉獄一直線を見る。
「さっき見た限りでは、外見上は特に異常は見られなかった……となれば、魔術的な干渉が行われている可能性が高いわね」
トリガーは、あのゴーレムが放った赤い光線。
魔力反応からしてスキルであることはほぼ確定だが、あれはダメージを与える攻撃ではなさそうだ。
となれば――
「……やっぱり、こうなってるか」
魔眼には大鎌を雁字搦めに縛っている何かが映し出されていた。
拘束を解除しようと魔法を使ってもまるで効果がない。
無効化――ではない。無効化であれば煉獄一直線の機能は全て停止しているはずだ。
だが、大鎌そのものの機能は生きていて、スキルはそれを無理矢理封じ込めている。
つまり敵のスキルは無効化ではなく――
「――ツバキ! その転生者のスキルは『封印』よ!」
ツバキはこちらに背を向けているため表情は読めなかったが、僅かに舌打ちの音が聞こえてきた。
「マジでか。こら厄介なスキル引いたモンやな。あんたんとこの使い魔もヤバいんとちゃうか?」
「どうかしら……恐らく五分五分って事ね」
「と言うと?」
「スキルそのものを封印されれば危ういわ。けど『切断』スキルを上手く使えば、『封印』を破ることは可能だわ」
吉と出るか凶と出るか。
ツバキを信じるしかない。
1度スキルを使用したゴーレムは、遠慮はいらないとばかりに次々と光線を放ってくる。
それをツバキは回避し、避けきれないものは刀で切った。
「やっぱり、スキルそのものを斬ることは可能みたいね」
万物に切断という干渉を行うことができるツバキのスキルは、やはり有効。
だがそれでも不安が消えたわけではない。
何より厄介なのは、あのゴーレムにとって『封印』スキルがメインウェポンではないということ。
メインはあくまで、大剣とガドリング。
どちらも無視していい代物ではない。
大剣が振るわれる度に工場が揺れ、流れ弾が障壁に当たる度に、術式が軋む。
それらの隙間を縫うように、放たれる光線。
今は持ちこたえているが、天秤はいつあちらに傾いてもおかしくない。
そして、その時が遂に来た。
斬撃の角度が甘かったのか、『封印』スキルの切断にツバキは失敗したのだ。
鞘が引き寄せられるように刀身に収まり、抜けなくなる。
「ああ、あかんわこりゃ――あん?」
武器を奪われては、いくら強力な転生者と言えどもどうにもできまい――
そう言わんばかりに嘆息しかけたリドーが、眉を潜める。
シルヴィアも見た。
武器を奪われたツバキの目が、まるで怯んでいないことを。
大剣が振り落とされる。
鈍い音。
体が切り裂かれる、水気を含んだ音ではない。
金属と金属が衝突したような、そんな音だ。
「……ああ、ナルホド。そういうことかい」
リドーも合点がいったらしい。
「いやらしいで嬢ちゃん。こんな隠し球あったんなら最初から言っとくれや」
「戦ってる途中じゃ言えないでしょう?」
2人の視線の先には、|木箱の破片で大剣を受け止めた《・・・・・・・・・・・・・・》ツバキの姿があった。




