本当の親子
「アラキュリ侯爵夫妻は、本当に仲が良いですね。いつもご一緒にバカンスをされて、羨ましいことです」
「あら。他人からは、そう見えるのね」
「見えるとは酷いな、アメリア。仲は良いだろ、俺達」
「怒らないで、冗談よ。愛する旦那様」
そう言って、南の島のビーチチャアーに座ったまま、アメリアの頬にキスをする男性は、ジローラムそっくりな別人だ。勿論浮気と呼べる旅行であるのだが、当主そっくりな男に不貞容疑など誰もかけない。
青い海は太陽に照らされて眩しく、そよぐ風と熱い陽射しも二人にはスパイスだった。
ジローラムはアメリアが、自分と違う男と出かけたり旅行に出かけていることは、彼女の言動と探偵の調査から気づいていた。
しかし調査先で彼女の相手を確認しようとしても、帽子を被っていて良く見えず、ホテルの支配人や買い物先の商人に聞いても、みんなが口を揃えて “ジローラム” だと言うのだ。
勿論ジローラムはアメリアとは共に行動していない。
はっきり言うと、自分がもう一人いるらしいのだ。
それでも、人の顔を覚えるのが仕事の職員が、見間違うなどあるだろうか?
いや殆どありえないだろう。信用にかかわる案件だ。
つまり……………
そっくりな人物で、アメリアと昔から懇意な人物。
親戚? 兄弟はいないし。 従兄弟?
ジローラムが知る中で、似ている人物には心当たりがない。
「これ以上の調査は、身内に聞く他あるまい。調査ご苦労」
「また何かありましたら、ご相談下さい。では、これで」
調査していた探偵は去って行った。
◇◇◇
そもそも侯爵家に間諜がいないのは、アメリアの父親ウィスラル公爵のせいだ。当時絶大な権力があり、逆らうことなど出来ない状態だった。
「アメリアに付いていく使用人と護衛は、公爵家から腕利きの者を差し出そう。決して外部から間諜などが入らぬようにしっかり管理する。
だから一度、侯爵家の隠密は解体して欲しいのだ。
ジローラムは我々を信じて、必ずそうしてくれると信じているよ」
「そんなこと…………。くっ、わかりました」
圧をかけられ避けられないジローラム。
なんとその決定には、彼の両親も賛同したのだ。
「公爵様のおっしゃるようにしなさい」
「な、何故ですか?」
「まだ理由は言えないんだ。すまん………」
「そんな………………」
当時の侯爵家は、経営していた商会の輸送船が沈没し、莫大な借金があった。そこにウィスラル公爵が手を差しのべたのだ。
「娘を嫁がせることを条件に、君達を助けよう」
その娘アメリアは類い稀な美貌と肢体で、社交界の薔薇と言われ奔放な交遊関係を築いていた。浮き名を流すと言っても良い。
その為に、軒並み高位貴族との縁談を断られ続けた。
金と交換に引き取れと言うことなのだろう。
今となっては船の事故さえ、仕組まれた気がする。
だが当時のジローラムには恋人フローラがいた。
子爵令嬢であったが、美しく聡明な女性だった。学生時代から両親公認で、何れ何処かの家に養女に入ってから、結婚するはずだった。
迷う最中で身動き出来ない時、フローラが行方不明になる。捜索しても手がかり一つなかった。
「これで障害はなくなったな。来年は結婚式だ。アメリアが嫁いで行く前には、侯爵家を立て直してやるからな。わははっ」
「そ、それは………」
「もう諦めろ。家がなくなれば平民になるんだ。覚悟なんぞないだろう? 子爵家にはお前を救えないぞ。
それにもう、娘はいないのだから」
「…………………」
そして二人は結婚した。
なし崩しに結ばれた二人だが、アルオが生まれてからは落ち着いた時期もあった。二人で子育てをする様子は睦まじく、理想の家族とさえ言われていた。
でも少しすると外出が増えていくアメリア。諜報員もいない侯爵家では、詳しい行動などは把握出来なかった。
「くそっ。何をしているんだ、あいつは」
しかしアメリアは自らの采配を振るい、どんどん侯爵家の事業を発展させていく。公爵家も絡んでいるようだが、利益は侯爵家に入るのでどんどんと登り詰め、ついに侯爵の中では筆頭と呼ばれるまでになった。
ますますアメリアに、頭が上がらなくなっていくジローラム。
最早、彼の意見よりアメリアに決定権があり、人もそのように流れていった。尊敬も尊厳さえもない生活だ。それと同時にアメリアの意見に逆らえず、不満さえ言えなくなるのだ。
何もかも上手くいかない長年の鬱積が、ある時自分を好いてくれるナミビアにぶつけられた。
だがジローラムは、敢えて好いていたナミビアと離れた訳ではない。
アメリアに脅迫された為に別れたのだ。
“フローラのように、行方不明になってしまわないと良いわね” と。
アメリアはアルオに侯爵家を継がせたいので、彼以外に後継者はいらない。
庶子など、とんでもないと思っていた。
けれど、過去にあったジローラムの恋人の子爵令嬢行方不明事件は、センセーショナルな出来事だった。
再び彼の愛人がそうなることで、後継者へ醜聞が漏れるのを恐れたアメリアは早期に手を回したつもりだった。
さすがに、既にリオがいるとは思っていなかったのだ。
その後のジローラムの様子からも、女の陰がないことで安心していた。
話は戻るが、ジローラムのそっくりさんについて、彼の母親ララナに聞いた言葉に激震が走る。
「貴方には双子の弟グリーニーがいるの。その子は何故か、遠い孤児院からウィスラル公爵家に引き取られた。そしてアルオはグリーニーの子なのよ」
昔は双子は2つに別れるので、能力が劣ると言われて忌避の対象だった。余計な瑕瑕を付けられないように、侯爵家ではグリーニーが孤児院に預けられた。殺す家もあったそうだが、ララナが必死に止めたそうで生かされたそうだ。
だがいつの間にか、公爵の手駒になっていたグリーニーは、侯爵家を恨んでいると言う。彼は間諜として育てられ、長年アメリアを護衛して情も交わしている。彼がどう考えているのかはわからないが、ジローラムに身辺を気をつけろとララナは言う。
「アルオは俺の子じゃない? まさか」
「私達もずいぶんと後に知ったことなの。貴方とアメリアの結婚前に公爵が私達に打ち明けたわ。グリーニーがアメリアを襲って妊娠させたと。公にすればグリーニーは殺され、侯爵家もただでは済まず、公爵家の醜聞になると言われ逆らえなかったのよ。ごめんなさい、ジローラム。どうしようもなかったのよ!」
アメリアに付き添っていた医師は公爵家のお抱えだった。いくらでも都合良く帳尻をつけられただろう。
結婚前は半ば侯爵家の人質のようなグリーニーだったが、まさかこんなことがあったなんて。彼に負い目のあるララナは、ジローラムと同様にグリーニーも愛しいのだ。愛してやれなかった我が子を。
「ああ。どうして、こんなことが。嘘だろっ」
既に父親である前侯爵は亡くなり、真実を知る者も僅かになった。けれど知る者はきっと保身に走り、証言などしないだろう。彼の後ろ盾は公爵家なのだ。
泣きながら謝る母親の手を払い、タウンハウスに戻るジローラム。
「俺に子供はいなかった…………あはははははっ。もう全部どうでも良い! 俺の方が木偶だろう?」
◇◇◇
落ち込むジローラムだが、実は彼にはリオがいる。
そして行方不明になったフローラは、公爵家に狙われ続け逃げ出した。
馬車にひかれそうになったり、男に捕まりそうになったりで、何度も危機に陥った。だから彼女は家族にも告げず、手持ちの宝石や持ち物を売りながら、できる限り遠くにある教会まで逃げたのだ。辿り着いた先で子を産み、彼女の子が2才の時に病でこの世を去った。
なんとその子供が『イッミリー』である。
フローラはイッミリーが狙われないように、お世話になっていたシスターに、自分の名さえ明かさないように頼んだ。
そしてイッミリーは、縁がありホッテムズ伯爵の元に来たのだ。
リオルナリーは、正真正銘ジローラムの孫なのだ。
ホッテムズ伯爵に依頼され、ジローラムの跡をつけたケイシーとロザンナは、ララナの住むタウンハウスの小屋裏で声をあげそうになった。
そもそもアルオはジローラムの子ではないので、次期侯爵にはなれない。当然彼の子のナジェールは、侯爵家の庶子でもない。
「順当な血筋だと、リオが継承権1位だ。リオルナリーは継承権2番だが、認知されている者の中では1位だ。けれどこれが知れたら、公爵家が動くぞ」
「ええ。他言無用よ。まずはランドバーグ様に報告よ」
「ああ。伯爵の指示を仰ごう」
逸る気持ちを抑え、二人はホッテムズ伯爵の元へ急ぐのだった。




