第九十六話 葛藤と祈り
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「ここからは、俺達のターンだ」
一世が余裕を持ってそう呟くと、オルベイルはタワー・ランチャーの構えを解き、再び死神の鎌を構えた。
狙うのは、フール・グラトニィの中枢だと思っていた人型ではない。この場を覆う、構造物そのものだ。
実は、先程のタワー・ランチャーの一撃は、ただの砲撃ではなかった。死神のアルカナの棺の力を込めた、言うなれば「死の砲」と言うべきモノだ。
死神の鎌は、確かに必殺の一撃となるが、遠距離の対象には、近付いて攻撃しなければならないという制約が存在している。鎌自体は投げられるが、本体と繋がっていなければ、その力を振るえないのだ。だが、その力をタワー・ランチャーに注ぎ込めば、その制約から開放され、相手の命を奪う必殺砲を放つ事が可能となる。
しかし、異なる能力のミックスは、能力を同時に使うのとは違い、機体に多大な負担を強いる。
これは本来想定されていない使い方だったのだろう。ランチャーの砲身が過負荷に耐えきれず、歪んでしまっていた。一度の使用でこれならば、多用するべきではないと一世は判断する。
だが、それでもそれ相応の効果が得られたのは間違いない。破壊したフール・グラトニィのドームの構造体が、自己修復を行えない事に混乱している様子だった。
「どうやら、本当にこのドームが敵の本体だったらしいな」
一世が、確信を以って口を開く。
恐らく敵はここに自分達をおびき出し、必殺の死神の鎌をも封じた上でなぶり殺しにでもするつもりだったのだろう。だが、こうしてドームそのものを破壊する事で、その目論見も塵芥となって消えた。
当然、それまで沈黙を保っていたドーム内装部の触手の群れは、一世達のこれ以上の破壊行為を見過ごす訳がなく、それらは一斉にオルベイルへと牙を向ける。
その様子は、さながら体内に入り込んだ細菌を撃退する為に送り込まれる免疫細胞のよう。あるいは、怒り狂った正典の感情が、そのように振る舞わせているのか。
だが、一世から見ればそれは悪手以外の何者でもない。
鎌の間合いに入った触手は、瞬く間にその刃の前に破滅を迎える。それらが鎌の効果を受ける事は、突入時に実証されていた。
当然、そのダメージはドームの何処かにいる正典にも少なからず伝わっている事だろう。
そして、それが焦りとなって表層化するまで、そう時間は掛からなかった。
レイを持たない人形が、オルベイルを抑え込むべく人外の挙動で背後に回り込み、その長い腕を振り上げる。
しかし、オルベイルは背中に目を付けているかのように、背後から迫るその腕を、振り向く事なく受け止めてみせた。だが、それを行ったのはオルベイル腕ではない。背中の輪から展開されたサブアームだ。
「背後から攻撃するのは、騎士の戦い方じゃあねえな?」
マルコはそう言ってサブアームを巧みに操り、人形の腕をへし折った。
当然、即座にドームからレイが供給され、フール・グラトニィの両腕は再生される。しかし、マルコはその際のレイの流れを見逃さなかった。
「一世、アレだッ!」
マルコが叫び、敵の本体をあぶり出す。
それは、ドームの直上。肉の繭のような塊が、フール・グラトニィの本体だと告げていた。
「分かってる……ッ!」
飛翔しようと、一世はオルベイルのブースターに出力を振り分ける。だが、その寸前で、アルエが待ったをかけた。
「待って、本当に、死神の鎌を使っていいの? あいつだって、犯罪者とはいえ、人間にだったのに?」
やはりその不安を口にするか、と一世は思った。
背後から人形が迫り、再びオルベイルへと組み付く。一世はそれを一蹴しつつ、アルエの意見を真っ向から否定するかのように口を開く。
「あれは、もう人間じゃない。人の脳を制御に使った、アナンタの尖兵だ。人間らしく振る舞ったところで、それは元からある反射反応に過ぎない」
「でも、治療すれば戻れるんでしょ、私みたいに!」
「治療をしたところで、元になった人間のパーツが残っていなければ、残るのは僅かな臓物くらいだ」
「そんな……!」
アルエは苦悩する。相手は罪人。だからこそ、しっかりとした法の下で裁きを受けさせるべきなのだ。そうしなければ、自分とシイナが殺された事に対して納得がいかなくなる。
「なら、祈れ」
「えっ?」
今更、神様が何とかしてくれるのかと、アルエは一世のその言葉に首を傾げる。
「いいから、祈るんだ。そうすれば、自ずとアルカナの棺は応えてくれる」
「わ、わかった」
一世に言われるまま、アルエはおずおずと両の手を組み、祈った。一世が、人殺しなどしないように。死神の鎌が、人を殺める為に使われないように。
確かに、アルエは正典に憎しみを向けていた。だが、だからといって、それをそのまま戦場の殺意に変換して突き立てれば、正典と同じ穴の狢になってしまう。
同じように、一世がそのような外道に堕ちてしまうのも、避けて欲しいと考える。
アルカナの棺は、タロットの絵柄に適応している。そして、その正と逆、二つの能力を発揮する事も、アルエは何となくではあるが理解していた。ならば、死神の逆位置を示す能力とは……。
そこに考えが至った時、オルベイルは改めて背中に溜め込んだエネルギーを開放させ、飛翔した。
死神の鎌から、光が発せられる。
「えっ、これって……?!」
「集中しろ!」
「う、うん!」
アルエが祈り、一世が鎌を大きく振りかぶり、フール・グラトニィの繭を引き裂いた。
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牛歩の如く遅い歩みとはいえ、刻一刻とセントノヴァに迫るフール・グラトニィが、突如としてその進行を停止した。
キール皇帝は何事かとその様子をつぶさに観察するが、彼の傍らに立つジョウは、にやりと口元を歪ませ、小さな声で勝利を確信し、呟く。
「やってくれましたか」
途端に、青銅色のドームは物質としてのカタチを保てなくなり、光の粒子となって分解されていく。
その中心には、死神の鎌と運命の輪を携えたオルベイルの姿。
つまり、この場での戦いは、人類側が勝利を得た、という事だ。
都市のあちこちから、歓声が響く。眼前に迫っていた危機は去ったのだ、当然と言えば当然だろう。
だが、オルベイルの左腕に、一人の男が抱えられている事を、その場にいた多くの者は知る由もなかった。
そこには、人のカタチを失った筈の正典がいた。
何故。
それは、死神のアルカナの棺のもう一つの能力による恩恵であった。
復活。
欠損した部位や、失われた命を、大量のレイを用いて文字通り復活させるのだ。
だが、復活に用いるレイの量はあまりにも膨大であり、使用者にも多大な集中力が必要となる性質があり、頻発は出来ない。
正典を復活させられたのは、使用条件を満たせた事に加えて、マルコが運命の輪の能力で成功率を引き上げさせたからに他ならない。
「ねえ、こうなるって、知っていたの?」
光に還元されていく青銅色のドームを眺めながら、アルエは一世に訪ねた。
「まさか。偶然が、重なっただけだ」
本当は、事前にマルコに死神のもう一つの能力について告げていたからこそ出来た事なのだが、一世は敢えてそれを伏せた。
その様子を隅で眺めていたマルコも、この件については口を出さないよう、心に誓う事とした。




