第九十七話 偽りの信仰
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フール・グラトニィは、レイの光の粒子と分解され、セントノヴァの目と鼻の先から消失した。
しかし、還元されたレイが何処へ向かったのか、一世達は知る由もない。
それは、風に流され霧散するのではなく、何者かに誘われるようにして、壁峰へと集約されていた。
そう、アナンタの獣の総本山にして、それらを生み出すモノ、ドゥクス・アナンタが眠る地だ。
「思っていたよりも、量が少ないな」
サメフは、フール・グラトニィを利用して集めたレイの総量が、予想を下回る事に、残念そうな表情を見せる。
「あのニンゲン、存外使えなかったか……けど」
意味深に言葉を途中で止め、集めたレイを壁峰……ドゥクス・アナンタに献上する。
一人の人間が集めたレイにしては、十二分過ぎる量が貯まったが、まだ少し足りない。それ程までに、ドゥクス・アナンタの腹を満たすのは難しいと言えた。
だが、それでも善後策は用意されている。
後は、並行してアレフが進めているレイの収集が軌道に乗れば、終わりの始まりを告げるモノの覚醒まで目前といえた。
そう考えると、サメフは頬を歪ませる。
アナンタの使徒も、サメフとアレフを除けば、片手で数えられる程度しか残されていない。
使徒はドゥクス・アナンタの細胞にして分身。その全滅は、即ちドゥクス・アナンタの復活を遠ざける要因となる。だがらこそ、使徒達は獣を作り出し、人間社会に攻撃を仕掛け、レイを搾取し続けて来たのだ。
その過程で、人間達が「獣憑き」と呼ぶ存在が生まれた事も、サメフ達は知っている。
そして、それがアレフの計画に必要なモノであるという事も、だ。
「計画の進捗状況は、どうだ?」
まるで、サメフが巻き上げたレイをドゥクス・アナンタに捧げるのを待っていたかのように、アレフが姿を現す。
「あと一、二歩といったところだよ。まあ、一人の人間から搾り取ったにしては十分過ぎるけどね」
少なくともあと五年はかかると思っていた復活までのスケジュールを、大幅に短縮出来ただけでも、あの男は役に立った。サメフはそう言って、その場から姿を消した。
「フン、ニンゲンの小娘に執心するか。だが忘れるな。我らもまた、何れ六六六に還る身だという事を……」
アレフが、皮肉げに髭を弄りながら、視界を別の方向へと向けた。
空中に、山々を歩く一団の姿があった。彼らは、人間社会で獣憑きと呼ばれ、蔑まれた一団だ。
アレフは、壁峰へ登れば獣憑きの宿命から開放されると吹聴し、彼らを人がこれまで足を踏み入れる事が出来なかった地へと向かわせた。
無論、ほんの数日だけの吹聴では、彼らはアレフの言葉を信じないだろう。だから、アレフは人間が持つ「信仰心」を利用した。
長い時間をかけて獣憑き達のコミュニティに信仰心を植え付け、壁峰の向こう側に獣憑きとしての魂の救済の地が待っていると教え込んだ。
更に、その過程で例えアナンタの獣憑きに食い殺されようと、魂は壁を越えるとも教え、彼らが抱く壁峰へ向かう事の恐怖心を薄れさせていった。
ノヴァを中心に広がったこの思想は、一般では「邪教」と呼ばれ、広く取り締まりが行われている。
だが、それでも仕組まれた信仰は根を張り、こうして実を結んでいる。ノヴァの国力の衰退は、東側に向ける戦力が大幅に減じさせ、獣憑きの一団を摘発する余力を奪っていた。
アレフは、その隙を突くように教徒達を扇動し、彼らを一斉に壁峰へと向かわせた。
当然、彼らは自分達が世界を滅ぼす鍵となり得るとも知る由もない。
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壁峰を登る獣憑きの一団は、アナンタの獣の襲撃を受けながらも、命からがらこの地にたどり着き、遂に前人未踏の地へ足を踏み入れた。
壁峰にはアナンタの獣の姿は無かったが、あまりにも険しい道のりに、一人、また一人と倒れていく。
彼らは命を落とした者達を手厚く葬りながら、先へ先へと進んで行った。
しかし、偶然見つけた洞窟に入った時、一行は違和感に気付く。
長い時間をかけて土や砂が堆積し、まるで荒れた山のようになっていた表層とは異なり、内部はまるで生物の腹の中そのものだったのだ。
何かがおかしい。
一人がそう口に出すが、別の一人はこれは試練に違いないと言うと、他の大勢はその言葉を信じ、先を進んでいく。
ただ一人、最初に違和感を口にした青年はその場に残ったが、だがそれでも、この洞窟から抜け出す事は出来なかった。
否。それまで洞窟の入口と思っていた場所が、突然その姿を消したのだ。青年は、すぐに別の出入り口を探そうとするものの、視界の先にはグロテスクな光景が広がるのみ。
どうしたものかと、壁に背を預けたその瞬間。壁がまるで意思を持っているかのように動き、青年を捕えにかかった。
青年は必死に抵抗をしようともがくものの、これまでの疲労が重なり、すぐに抵抗する力を失う。
壁はそれを待っていたかのように、青年の身体をゆっくりとその身の中へと取り込んでいった。
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「邪教?」
セントノヴァでの騒動の翌日、遅めの朝食にありつきながら、一世はジョウの口にした聞き慣れないワードに首を傾げた。
「はい。彼らは壁峰の向こう側に、獣憑きの楽園があるという教えを信仰している一団でしてね」
「それが、今の状況とどんな関わりが?」
一世の隣に座っていたアルエが、質問を重ねる。
「どうやら、数日前にその一団が壁峰へ向かったそうなんですよ」
「自殺志願者か?」
人の手の入っていない山の恐ろしさは、一世もよく知っている。加えて、そこはアナンタの獣の総本山。行った所でまず碌な事にはならないだろうと、一世は悟る。
「まあ、そういう人達が心の拠り所にしてしまい、壁峰に向かってしまう為、各国はそれを邪教として認識させ、強く取り締まっている訳ですよ」
「ペラウンが、獣憑きを労働力として雇い入れているのも、そういった教えを不必要に広めない為だった、って事ね」
アルエの言葉に、ジョウは短く「その通りです」と返した。ペラウンでは、古代樹の森での木材の伐採と加工という労働が課せられるが、それ相応の実入りが入る。明日を生きていきたい人間にとって、そちらを選ぶのが合理的だろう。
だが、そこへ行けない者達は、また別の希望にすがる必要があった。その一つが宗教だったのだが、これが厄介なものになると、ジョウは言外に告げている。
「さて、ここで私が懸念するのは、彼らにそういった教えを布教した存在の事でしてね」
「嫌な予感しかしないな」
「ええ。この教えを流布して回っていたのは、間違いなくアナンタの使徒です。複数の文献に出て来る宣教者の容姿が、何れも同じような記述であった事が、その裏付けになっています」
「何で、そんな事を……?」
アルエは考える。人間を襲うなら、アナンタの獣をけしかければいい。なのに、何故ここまで回りくどい方法を取るのか。
「ドゥクス・アナンタの生贄にする為、か?」
神妙な面持ちで、一世はジョウに言った。ジョウもまた、それが正解である事を示し、最悪の事態はすぐそこまで迫っている事を告げる。
「ドゥクス・アナンタの復活。恐らくはもう間もなくです。ですので、我々も全てのアルカニック・ギアの合一を計ります」
「でも、どうやるんだ?」
「セントノヴァの地下の遺構。これが勝利の鍵に……」
だが、ジョウがその言葉を最後まで言い終える事はなかった。突如として大地が大きく揺れ、否応無しに会話は中断される。
揺れは五分近く続き、揺れが収まった途端に外で起きた異変を、ネイン達が知らせに来た。
「あ、兄貴! 大変です、壁峰がッッ!!」
その報告に、一世達は最悪の事態を想定するしか無かった。




