第七十八話 武装蜂起
○
ジョウの見た未来予測を覆す。
一世はこれまで、それを成し遂げて来た自負は確かにあった。
だが、今回はこれまでの不明瞭で曖昧な予測を変える戦いではない。Allegoryのライブの妨害を企てる輩から、アルエ達を守るという明確な役割が与えられている。
Allegoryのライブは、元の世界で行われていたアイドルのライブとは大きく異なっている。スヴェントヴィトと機甲ギルド、そしてその両者の影響を強く受ける国や組織の結束を高める為の決起集会でもあり、そこには様々な政治的意図が絡んでくるのだ。
当然、それを快く思わない勢力は、その妨害を画策する。
ジョウはそれらの動きを未来予測で先読みし、一世達に伝えてきた。
「今回は、異世界からの来訪者が関わっていない分だけスムーズに予測が出来ました。これが、本来の隠者の力なのですよ」
ジョウが、自慢気にニヤリと口元を歪ませ、一世は苦い顔をその笑みに返す。
とは言え、ジョウの提示した情報は、あまりにも的確であり、そして詳細だ。
敵の数と装備の質、いつ、どのようなタイミングで襲撃を仕掛けるのかすら、提示した資料に事細かに書かれていた。
「ここまで相手の手の内が分かりきっていると、逆に怖いものがあるな」
「あなた達とそこに纏わる事象がイレギュラーなだけで、本来はこのように相手の行動は手にとるように分かるものなのですよ」
一世の言葉に、ジョウはそう言って返す。
これまでは、一世の周りに未来予測を寄せ付けないファクターが揃い過ぎていたのだ。だからこそ、ジョウはやや煮え切らない言動で一世を導かざるを得なかった。
だが、今回はそのような事はない。それは、ジョウの自信に満ちた態度からも見て取れた。
「それに、今回の一件はスヴェントヴィト側にも報告済みです。恐らく近い内に、向こうからも戦力が派遣されて来るでしょう」
ジョウはそう告げると、すぐさまその場から姿を消した。
○
三日後。
ジョウの言った通り、スヴェントヴィト帝国からライブの警備を任せられた部隊が派遣されて来た。
その中には、戦車のアルカニック・ギア、チャリオットの姿もあった。
銀色の機体色に、一角獣を思わせる頭部、そして腰部には折り畳み式の後ろ脚が備わっており、四本脚による疾走は、平原で無類の強さを誇ると専らの噂だ。
一世は一度、戦場であの機体が転じた槍にオルベイルを貫かれた事がある。
それだけに、チャリオットがオルベイルと隣り合って同じ方向を向いている現状に、複雑なものがこみ上げていた。
しかし、それ以上に驚いたのは、チャリオットに乗るパイロット、つまりは騎士の存在だ。
騎馬を思わせる機体なのだから、さぞお堅い人物が乗っているのだろうと思っていたら、機体から降りてきたのは金髪碧眼、ナイスバディのイケイケのお姉さんだった。
ヨーロッパ系のお貴族様、というよりは、アメリカの牧場で看板娘をしているカウガールといった方が伝わりやすいだろうか。
「ハイ。あなたがオルベイルのパイロットね?」
弾むような声で、金髪美女が語りかけてくる。
「は、はい」
やや気後れしながらも、一世はその挨拶に応じてみせた。
「ハハッ、そう緊張しなくていいわ。私はキャシー。キャシー・ランナーよ」
「逆井一世です。キャシーさんも、こっちの世界に飛ばされて来たんですか?」
自己紹介をしつつ、一世はキャシーに問う。
「ええ、もう二年前になるかしら。大きなハリケーンに巻き込まれて、気付いたら雪山の中。最初は遠くに飛ばされたかと思ったけど、異世界だと知ってもうビックリ」
気さくな喋り方で、ぐいぐいを迫ってくるその姿勢に、一世は少し苦手意識を感じていた。
「ともかく、今回私がここに来たのは、身内の恥を雪ぐ為。あの男がまた何かやらかす事は、メアリって娘に対する執着具合で明らかだもの」
「あの男って、まさか」
会話の内容から、一世はキャシーが追っているのが誰かを察する。キャシーもまた、一世があの男と面識がある事を知り、敢えてその名を口に出す。
「そう、正典よ」
「やっぱり……」
キャシーの情報では、正典はメアリとエイレーネーを手土産にスヴェントヴィトに帰還したものの、度重なる条約違反を問われ、騎士称号を剥奪。幽閉されていたという。
しかし、先のアナンタの使徒との戦いの混乱に乗じて脱走。行方を眩ませて久しい。
「全く、どこまで事態をややこしくする天才なんだか」
キャシーは正典のこれまでの行動をして、彼の事をそのように評価していた。いや、これは評価ではない。侮蔑と言った方が正しいかもしれない。
ともあれ、あの男の存在が、ジョウの未来予測に影を齎す唯一の気掛かりになるのは間違いなく、一世達は役割を分担しつつ、アルエ達の身辺警護やライブ会場の見回りに務めた。
○
またたく間に時間は過ぎ去り、ライブ前日。
最後のリハーサルを終え、アルエは静かにステージに腰を下ろす。
本番前に感じる独特の空気。アルエはそれを肌で感じ取るのが好きだった。
「お疲れ」
アルエの隣に、シイナが座り、冷えたドリンクを手渡す。
「記憶が無い筈なのに、自然と歌って踊れてる。自分でも不思議でならないな」
天を仰ぎながら、シイナはそっと息を吐く。
「それだけアイドルとしての立ち振る舞いが、身に染み付いてるって事でしょ?」
「そうなの、かな。いつか、しっかりと記憶が戻れば、もっと昔の事を話せるようになるのかな」
物悲しげな顔をするシイナを見て、アルエは思わず抱き付いた。記憶の一部を取り戻してからこっち、シイナはアルエ達と少し距離を置いているような気がしていた。
それは、自分の中に知らない自分がいる事への恐怖の現れでもあるのだろう。
記憶が完全に復元されれば、当然自分の死の記憶とも向き合わなければならなくなる。
果たして、その時自分はアルエ達と向き合う事ができるのか。
そういった不安を、シイナはこれまで抱いて一緒に旅を続けて来たのだ。
「大丈夫、大丈夫だよ。シイナがどんなになったって、私は絶対に一緒にいるから」
シイナの細い身体を包容し、アルエはそう言って、シイナを励ました。
そして、そんな二人をステージ脇で見守る人物が、もう一人。
「はあ、妬けちゃうな」
ため息交じりに、シイナとアルエの二人を見守りなが、メアリはふとそう洩らした。
高校時代に一緒にアイドルを始めて、そんな中であの二人に極めて強い絆を感じるようになったのは何時からだろう。
そして、その中に絆の中に自分が含まれていないという事に気付いて、どれくらい経った事か。
それを考え出したら、ため息も出るというものだと、メアリは自覚する。
それは、自分があの二人よりも少し大人になったという証左でもあった。
「寂しいんか?」
メアリの隣に、ドギーが立つ。
「ううん。そうじゃない。むしろ、あの二人が仲良くしてくれてる方が、私も張り合いが出てくるから、さ」
あの二人とは違って、メアリは少し大人になった。だがそれは、子供にはない心の余裕という物を得たという事でもあるのだ。
その僅かな優越感が、彼女の心に少しだけ安心感をもたらしてくれていた。
そして、メアリの背中を支えている夫の存在は、その僅かな優越感の象徴であると言えた。




