第六十九話 帝都潜入
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スヴェントヴィト帝都。
そこは、帝国の中枢たる地下都市であり、同国の生活を形作るモデルケースでもあった。
まず、この国で地上で生活を送ろうとする者は、市民権を持たない貧乏人か、余程の物好き以外に居ないという。
険しい山々に囲まれ、そこでの生活を行う為に、彼らはこの地に眠る古の技術を頼ったのだ。
一応、国境付近には地上施設も整っている街もあるにはある。
だが、彼らは地下に暮らす事がある種のアイデンティティとなって久しく、その地上施設も対外的な宿泊施設や土産物屋、あるいは国境警備隊の駐屯地が殆どだという。
国民の中には、地下に住まう事が優れた人種である証だと認識している者も存在する程だ。
地下都市を管理し、維持し続けて来た自負が、そういった意識を育んで来たとも言えるだろう。
「本当に、この国の生活基盤は地下にあるんだな」
一世達は、帝国府への潜入を目的として、スヴェントヴィト帝国へと入国していた。
とは言え、その実態はエクリプスの力を使った密入国。潜入メンバーも、一世、シイナ、ザリアーナの三人のみ。戦力も、その性質上エクリプス一機に限定される。
アルエとネインは、いざという時に動く為の陽動部隊として、別ルートからの入国を試みていた。
「一年の殆どが雪に覆われた過酷な土地での生活を、高い技術を使って豊かにした結果だよ」
変装用の衣装に身を包みつつ、一世はザリアーナの解説に「なるほど」と頷く他無かった。
それもそうだ。国境に一番近い街であっても、山一つくり抜いて作り上げられている。
人工太陽の光が天井に覆われた都市をくまなく照らし、高度に自動化されたプラントが食料品や医薬品を絶え間なく生産する。
無人運行バスが市民の足として使われ、商店もペラウンやマハリの物とは違い自動販売店舗が目立つ。
帝都もまた、ここと同等以上の生活基準を保っているに違いないと、一世は市街の様子を道すがらにまじまじと眺めた。
これ程までに高い技術力を持ちながら、顔や指紋による認証が厳しく無いのは、ある意味で幸いであったと言える。
「おいおい、そうやって物珍しそうにしないでくれ。お上りさんだと思われるじゃないか?」
「ご、ごめん」
ザリアーナが語るには、スヴェントヴィトの国民は自動化された都市機能を管理する者と、実際に設備の整備点検を行う労働者、軍人、それらを統括する貴族、そして貧民の五種類に分けられるという。
市民はまず義務教育の後に徴兵によって三年の兵役をこなし、その際の評価から管理職と労働者に振り分けられ、都市の維持に従事する。それを統括するのが、皇帝と、それを支える貴族で構成される元老院だ。
一方、貧民は帝国の社会システムからあぶれたはみ出し者。あるいは流れ者が帝国のお溢れに預かろうとして、そのシステムから爪弾きにされた者達だ。
とは言え、社会の最下層に位置する彼らは数が多い。明日の食い扶持を稼ぐ事に悩む彼らに金を払う事で、便利に使う者は国内に多く存在していた。
そして、彼らの存在故に、一世達もこの国で立ち回る事が出来るのもまた一面の事実ではある。
流石の機甲ギルドも、この国への立ち入りは制限されており、我が物顔で行動する事は不可能だ。
だからこそ、流れ者を装って情報を集め、機会を伺って帝都に入り込む。それが、この国に潜入する為に最も有効な手段なのだ。
「けど、市民権を持たない人間が立ち入れる場所は限られている。下手に立ち入り禁止エリアに入らないように、気を付けて欲しいな」
「うっ……分かったよ」
その手の忠告をスルーして、うっかり話をややこしくしてしまうパターンを、一世はアニメや漫画で何度も見た事があった。
それに、先のキール皇帝に対する敗北も、自分が事を急いた結果であるという反省の念もあり、一世はザリアーナの言う事に大人しく従う。
「しかし、よく今回の仕事を引き受ける気になったな」
それまで沈黙を保っていたシイナが、ふと口を開いた。
「……何もしていないより、何かしていた方がマシ、だと気付かされただけだよ。今は時間を無駄にしたくないからな」
ドゥクス・アナンタの復活までのタイムリミットを無為に過ごすよりは、まだ必死にあがいた方がいい。一世も一世なりに、そう考えるようになったのだ。
とは言え、敗北の心の傷は、未だに癒えていない事は、シイナとザリアーナも理解出来る。
果たして、このような状態の人間が使い物になるのか。シイナは彼を使う事を決定したジョウの判断に、僅かながら疑問を呈するようになっていた。
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スヴェントヴィト帝国で「都市」と呼べる場所は、実のところそう多くはない。大小の違いはあるが、せいぜいが二十箇所程度。その殆どが、同一の規格で画一化されたシステムで運営されている。
都市の間には移動用の地下鉄道が整備されているが、それが用いられるのは基本的に物資や兵員の移送の為であり、市民の足として用いられる事は、殆ど無い。
鉄道は国内を網の目のように国土に張り巡らされ、その中心にスヴェントヴィトの帝都が聳えていた。
「世界の棺は、皇帝機であっても支配は出来ない」
キール皇帝は、皇帝機の抱える世界の棺……オルベイルから奪い取ったそれを見上げながらそう呟いた。皇帝の両脇には、四人の筆頭騎士団長の姿。
「二つの棺を取り込んだ為、でしょうか」
チャリスが、思い浮かべた疑問を皇帝に問う。
「いいや、これは元々持ち得た棺の性質であろう。アルカナの棺には序列が存在し、皇帝の棺は上位の序列に対して支配は実行出来ないのだ。そして、皇帝の棺よりも上位の存在は星、月、太陽、審判。そして世界……」
キール皇帝に代わり、ペンタルクが答える。彼の持ち得た知識は、五人の中で最年長であるが故の貫禄がある。それ程までに、彼はアルカナの棺について精通しているのだ。
「その内、月の棺は導師ジョウの手に、世界の棺は我らの手に、ですか」
「そういう意味では、戦力バランスは拮抗しているな……だが、純粋な棺の数はこちらの方が上だ」
チャリスの言葉に、皇帝はそう答えながら再び皇帝機を見上げた。
かつて、オルベイルを駆った騎士は忠誠心の強い人物であったという。だが、当時の皇帝が秘匿していた棺の性質に彼が気付いた事が、その野心に火を付ける結果を招き、そして反乱が起こったのだ。
皇帝の棺は、下位の棺を統率する為の物であったのだと、改めて実感させられる。
「スヴェントヴィト帝国も、まずは世界という土台があってこそ成り立つ、という事なのでしょうか」
「かもしれぬな。しかし、いずれこの帝国こそが世界となる……」
ペンタルクに自身の計画の一端を口にして、キール皇帝はその身を翻す。
自らが成すべき事を成す為に、まずは帝国の国土に張り巡らされた鉄道網と、真摯に向き合う。これが、スヴェントヴィトを驚異から救う為の鍵となると、まだ幼さを残す皇帝はそう信じていた。
例えそれが、修羅の道であったとしても、だ。
「報告します」
一人の衛兵が、キール皇帝の前に駆けつけた。
「何事だ」
「はっ。騎士正典が、女帝のアルカニック・ギアを伴って帰還いたしました」
女帝のアルカニック・ギア、エイレーネーの入手。
それは、ある意味でキール皇帝にとって吉報であった。




