第六十八話 奪われた女帝
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正典が脱走したという情報は、すぐに機甲ギルドの中に広まり、バウンドの拠点は混乱に彩られた。
捕虜の脱走に対して、ギルドマスターはすぐに捜索部隊を組織して対応したが、市街地を含めてバウンドはあまりにも広すぎる。
長らく商業都市として栄えていた事もあるが、ここは元々城塞都市として作られていただけあって、身を隠せそうな場所も星の数程存在していた。
特に、樹海に埋もれた軍事施設の数々は、皮肉にもそういった死角を増やす結果をもたらし、脱走者の捜索に費やす時間も長くかかる事になる。
「捜索に対するマンパワーが、圧倒的に足りませんね」
事態から一時間が経過し、それでも脱走した捕虜が一向に見つからない事に、ギルドマスターは苛立ちを隠せない様子だった。
捕虜脱走の不手際に加えて、捜索が捗らない現状は、彼女にストレスを与えるには十分な状況だと言える。更に、例え捕虜を捕らえたとしても、逃したとしても、原因の究明も必要になる事は明白だ。
大事の前にやらねばならぬ事が増える。その事実に、ギルドマスターは頭を抱えざるを得なかった。
だが、そんな最中に、眼前の問題を素早く打開する手立てを、ジョウが提示する。
「では、エイレーネーで小型探索機を作り、それを充てましょう」
「そう、ですね」
ジョウの提案を受け入れ、ギルドマスターはメアリを呼び出し、エイレーネーの下へと向かわせる事にした。
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「分かりました、すぐに向かいます」
「何かあったの?」
ギルドマスターからの連絡を受け、険しい顔をするメアリに対して、アルエは心配そうな表情を彼女に向けた。
「仕事。マンパワーが必要になったから、あの子を動かせって」
メアリのそこの言葉に、アルエはダジボグの街でエイレーネーが出現させた大量のスートアーマーの事を思い出す。
あれと同じ事が必要になる事態とは何なのかと考えながらも、アルエはメアリの後ろ姿を見送った。
メアリが、格納庫へと走る。
しかし、そこに待ち受けていたのは、諦めという概念を知らない脱走者の姿だった。
「……ッ!?」
「九里……メアリ!」
正典が、鉢合わせになった少女の名前を叫んだ。
メアリは、眼前の男が記憶の中で自分に危害を加えてきたそれと一致した事で、唐突に恐怖を覚える。
「丁度いい……お前を連れ帰れば俺だってまだ!」
そう言って、正典はメアリの手を掴み、格納庫へと走る。
「嫌っ、離して!」
叫び、正典の腕を振りほどこうとするが、腕力の強さと、手の大きさもあって逃げ出す事は難しい。
「女帝のアルカニック・ギア、帝国が貰い受ける!」
メアリを引き連れ、正典がエイレーネーに乗り込んだ。
その非常事態に、警備兵がエイレーネーに銃を向ける。
しかし、その時点で既にコクピットは閉塞し、機体はアイドリング状態に入っていた。同調者が乗り込んでいさえすれば、機体は誰が操っても問題ではない、という事らしい。
すぐに格納庫の全ての出入り口が封鎖され、エイレーネーはその場に封じ込められる。
しかし、隔壁もアルカニック・ギアの前には時間稼ぎにもならない。
正典の操るエイレーネーは、手にした剣を用いて行く手を阻む扉をこじ開け、外へと向かう。
「逃がすものかって!」
ネインの乗るストレンガスが、今にも飛び立とうとするエイレーネーを自慢の腕力をもって組み伏せる。
「ネイン君、それにはメアリも乗ってる。なるべくコクピットに傷は付けないでくれ」
通信で、ギルドマスターからそのような注文を受ける。
しかし、機体の機能を完全に把握している訳ではない為、ネインにはそれが出来るか不安だった。
ならば、ここはこのまま組み伏せて、応援を待った方が得策だと、ネインは選択する。
「邪魔を、するな!」
背部スラスターを全開にして、エイレーネーが飛翔しようともがく。
それは、明らかにエイレーネーよりも質量の大きいストレンガスを、少しずつではあるが引きずるくらいの出力を有していた。
「ぐぎぎぎ……行かせるかってんだッ!」
ネインが叫び、ストレンガスの肩に備わっていた大型アンカーが、施設の床面に打ち込まれる。
応援に駆け付けたスートアーマー数機は、すぐにそのアンカーを引っ張り、エイレーネーの逃走阻止に務める。
しかし、エイレーネーは手足の関節を外し、ストレンガスの拘束から逃れると、身軽になった機体を弾丸のように飛翔させる。
こうなっては、最早止められる者は居ない。そう思った時だった。
「メアリは、連れて行かせない!」
まだ装甲も完全に備えられている訳ではない機体を操り、アルエがエイレーネーの前に立ち塞がった。
死神のアルカニック・ギア、セカンド・ザディスが、身の丈ほどもある長大な鎌を振るう。
だが、刃は当てない。柄で相手の動きを封じるのみ。
この場で下手に能力が発動したら、エイレーネーに乗っているメアリの身にも、危険が及ぶ可能性があるからだ。
しかし、その躊躇いは、敵に……正典に付け入る隙を作る。
幾度も進路を妨害するセカンド・ザディスの挙動を読み、エイレーネーが鎌の刃の方へと機体を向ける。
まずい。
そう考えたのと同時に、アルエは鎌を逸らしていた。それが、敵の思うつぼである事を理解していながら。
「今だ」
正典は、最大速度でエイレーネーを飛翔させ、その場から離脱する。向かう先は、当然国境を超えた先、スヴェントヴィト帝国。
その速度は、空気の壁を突破し、その場にいるどの機体も、追い付く事すら適わなかった。
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「何という事だ……。女帝の棺が、帝国の手に落ちた……」
まるで頭から血が引いたかのように真っ青な表情を見せながら、ギルドマスターは思わず近くにあった椅子に身体を預ける。
よもや、思い描いていた中でも最悪の事態が発生してしまうとは。
しかも、奪われた棺の存在が、彼女にとって最大の懸念材料となっていた。
「皇帝の棺の能力が、エイレーネーに……メアリに使われたら最悪の事態が起こる。そうなっては、我々の勝機の目は潰える事になる」
エネルギーの続く限り汎ゆる兵器を生み出す女帝の棺。そこに皇帝機アルカニック・エンプレスの支配能力が加われば、圧倒的な統率力を持つ、無尽の軍隊が完成する。
しかも、女帝の棺のもう一つの能力は、皇帝の棺の支配下に入る事でその真価を発揮する。
依存。支配を受け入れた状態で、エイレーネーが生み出した兵器の性能を引き上げる一種のリミッター解除だ。
スヴェントヴィトの初代皇帝がギルドに女帝の棺を預けたのも、戦力の均衡を保つ以外にも、この能力を行使する事を恐れていたという理由もあった。
圧倒的な力を恐れ、敢えてその片割れを敵に与える事で封じる。
長らくエイレーネーを管理してきた自分達が、初代皇帝の掌の上であった事に、ギルドマスターはここに来てようやく自覚した。
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「と、言う訳であなた方には、世界の棺と女帝の棺、二つのアルカナの棺を奪還して貰います」
ジョウが一世、アルエ、ネイン、ザリアーナの四人に、スヴェントヴィトに潜入するよう、依頼した。
親友を攫われただけあって、アルエは当然やる気に満ちている。
ネインも、取り逃がしてしまった敵を追う事について賛成している様子だ。
ザリアーナは、浮かない顔をしているが、それでも帰郷出来る機会が得られるならと、前向きな姿勢でジョウの依頼を受ける事にした。
残るは一世だけだが……。
「やれば、いいんだろ」
「意外に、やる気ですね?」
「このまま部屋に閉じ籠もっていても、意味がないって分かったからな」
ネガティブながらも、自分の成すべき事に向き合おうとする彼の姿勢を、ジョウは高く評価した。
向かうは、スヴェントヴィト帝都。聖封騎士団の研究施設だ。




