第六十六話 ストレンガス
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やはり、というか当然というか、ネインが開け放った機体のコクピットには、白骨化して久しい人間の亡骸が、そのシートに収まっていた。
しかし、巨大な墓場となって久しいこの都市の惨状を目の当たりにして、最早死体の一つや二つに驚いてもいられないと、コクピットから亡骸を引きずり出した。
「誰かは知らないけど、せめて土に返って安らかに眠ってくれ」
機体から少し離れた場所に小さな墓を作り、亡骸を埋葬すると、再びネインは機体に乗り込んだ。
自分の中にある知識と照らし合わせ、コントロールシステムが現行のスートアーマーと変化ない事を理解すると、ネインは機体の動力をチェックする。
これがスートアーマーであれば、ジェネレーターの再起動に外部からの電力が必要となる。しかし、アルカニック・ギアは、自発的にエネルギーを生み出すアルカナの棺を有している。これを起動させられれば、保存状態に関係なく機体のダメージも修復させられる筈だと、ネインは考えていた。
「さあ、動いてくれよ……アルカニック・ギア!」
かくして、ネインの呼びかけに応じるかのように、巨腕のアルカニック・ギアはその巨大を動かす……事は無かった。
「おかしいな……起動シーケンス自体に問題は無い筈なのに」
そう言ってもう一度、機体を再起動させるが、やはり動く事は無い。
ハズレだったのかと思い、ジェネレーターブロックを確認するが、確かにそこにはアルカナの棺が収められており、これが本物のアルカニック・ギアである事に違いは無かった。
では、何故動かないのか。それは、機体の損傷が激しい事に加えて、ネインがまだこの機体の棺に認められていない事が関係していた。
そう、アルカニック・ギアの膨大なパワーも、自己修復も、まず棺と操縦者が同調してこそ発揮されるのだ。
しかし、彼はそれを成す方法を知らない。
「うーん、どうすればいいんだ?」
このまま引き下がって、機甲ギルドにこの機体を預けるかとも考えた。だが、それでは自分が一世の力になるという目的が果たせなくなる。
これまで、彼の戦いを見守る事しか出来なかった自分が、ようやく同種の力を持って役立つ時が来るというのに、それだけは嫌だ。
だからこそ、この機体は何としても自力で持ち帰るのだ。そう心の中で誓った時、アルカナの棺が少し光ったような気がした。
同時に、何か嫌な気配が背後から迫る。
何だ、と後ろを振り向いた時、ネインの視線の先には、四足歩行型のアナンタの獣が、その青銅色の毛を逆立たせながらこちらに近付いている姿があった。
「アナンタ?! な、なんで!?」
ペラウン樹国の土地には、アナンタの獣が近寄れないようになっている。
しかし、あの獣は、どうやら長い間地下で休眠状態に入る事で、それを退けて来たようだ。そして、ネインという数百年ぶりの獲物を見つけ、覚醒に至ったらしい。
ネインはジェネレーターブロックを元に戻すと、機体のコクピットの中へと退避した。
しかし、一度見つけた獲物を、アナンタの獣はそう安々と見逃す筈もない。
破壊された街を駆け抜け、四足獣はネインの乗る機体に突撃を仕掛けた。
衝撃がネインの身体を、脳をシェイクし、その場に座していた機体は瓦礫の山に倒れ込む。
「くそっ……!」
ネインはコクピットに備え付けられたレバーを動かすものの、やはり反応は無い。
敵は機体の胸部を執拗に狙って来ている。このままでは、装甲が持たない。
「お前、何でこんな状況で寝ていられるんだよ! 敵が眼の前に居るんだぞ!」
機体に怒鳴りつけるが、それで動くはずも無い。
だが、それでもネインは叫び続ける。
「俺は、兄貴の力になるって決めたんだよ! だから、そんな所で死ぬ訳にはいかないんだ……それに、お前もこんな所で戦って、まだ敵が残っていたのに倒せないのは、悔しいだろ?!」
その言葉に、機体が微かに反応した。
頭部の双眼が、微かに光を取り戻す。
「だったら、お前は俺に、力を貸せ!」
アナンタの獣の爪が、ネインの乗るアルカニック・ギアへと迫る。
だが、その爪は装甲に届く事なく、寸での所で前肢ごと掴み取られた。
何に。
それは勿論、先程まで動く事の無かったアルカニック・ギアによって、だ。
「……動いた?」
棺が、遂にネインに応えたのだ。
アルカナの棺から発せられるエネルギーが、アルカニック・ギアの全身に巡っていく。
それに伴って老朽化した構造体が、損傷した装甲が、断線した電気回路が、瞬く間に再生する。
「俺を認めてくれるのか……ありがとうな!」
礼を述べつつ、動くようになった右腕をアナンタの獣へと叩きつける。
平均的なスートアーマーなどとは比べ物にならない大質量の巨腕を叩きつけられ、獣はビルの瓦礫に沈む。
だが、これで終わりなはずが無い。
アナンタの獣はすぐに起き上がり、再びネインの機体へ向かって突撃を仕掛けてくる。
その一撃を、ネインは腕を盾代わりにして凌ぐが、やがて敵は反撃を受ける前にその場から退き、また別の方向から攻撃を重ねて来た。
典型的な、ヒットアンドアウェイ戦法。機体の腕の大きさから、一撃の挙動は遅いとこの獣は判断したのだ。
しかし、それでもこの機体はアルカニック・ギア。受けたダメージは再生し、それが意味を成さない事を、敵は知っている。
だからこそ、ネインは防御を固めて隙を伺う。
攻撃と退避を繰り返すアナンタの獣の猛攻が続く。そんな中で、正面の防御に穴がある事に気付いたアナンタの獣が、身を翻してその一点に向けて突撃を仕掛ける。
頭の角に全速力を重量を重ねた、必殺の一撃。
しかし、その隙は、ネインが意図して作った、反撃の糸口でもあった。
「貰ったよ!」
ネインは、巨腕の指を開かせ、その中に眠っていた機構を呼び起こした。
それは、オルベイルの物と同じ光の杭。
しかし、オルベイルのそれは再結合時に他のアルカニック・ギアと結合するコネクターを武器に転用した物だ。エネルギーを他者に送り込む性質を用いて、対象が抱えきれない程のレイを送り込み、飽和状態にした上で破壊する。
対して、この巨腕はそういった副次的な要素から成るモノではない。
相手が飽和する程のエネルギーを叩き込むという点では、オルベイルのそれと同じであるが、より純粋に、兵器としての運用に特化していた。
当然ながら、純粋な威力もオルベイルとは桁が違う。
それが、アナンタの獣に真正面から叩きつけられた。
最早、飽和どころの話ではないエネルギーの奔流に飲み込まれ、アナンタの獣は光の粒子へと還元される。
更に、それでもなお収まらないエネルギーが、地下空洞の天井に穴を穿ち、地下遺跡を太陽の下へ暴露させた。
それは、正に一世がオルベイルを目覚めさせた場面の再現だ。
「は、ははは……やっちまった、遂にやっちまいましたよ、兄貴ッ!」
歓喜の声を上げながら、ネインは力のアルカナの棺を持つアルカニック・ギア、ストレンガスを手に入れた事を自覚した。
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「これで我々の陣営が手にしたアルカナの棺は、七つ」
ジョウは閉鎖空間の中でネインがストレングスを手に入れたのを見届けると、自軍の戦力計算を改めた。
機甲ギルドは戦力を集め、スヴェントヴィトとの決戦に向けて準備を整えている最中だ。
「何とか、スヴェントヴィトの持つ戦力に拮抗する事ができましたが、向こうには第一位の四機が存在します」
未だに姿を表さない敵方の戦力を警戒しつつ、ギルドマスターはジョウに意見する。
「そう。だからこそ、彼にはこの局面を乗り越えて貰わないと、困るのですよ」
彼がそう言って映し出したのは、部屋の中でうずくまったまま動かない、一世の姿だった。




