第六十二話 絶体絶命
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「あれが、貴兄の言っていた世界のアルカニック・ギア、オルベイルか……」
「はっ……あの形態は正に伝承に記された蒼き悪魔そのものであったと、改めて実感させられます」
キール皇帝がオルベイルを見下し、マルコは自分が故国の伝承を失念していた事を恥じた。
「とは言え、アレは単体ではただ出力に優れるだけのアルカニック・ギア。我が騎士団に敵うはずもない」
故に過去の騒乱では、数によってオルベイルは鎮圧され、星の海へと放逐されたのだ。それと同じ愚を、また同じ機体が犯そうとしているのは、何とも皮肉なものだと、キール皇帝は微かに頬を釣り上げる。
「では……」
「今回は第一位を出すまでもない。筆頭騎士団長はその場で待機。決して手を出すでないぞ」
「畏まりました」
ペンタルクら筆頭騎士団長四人は、皇帝の命令に従い機体を一歩下がらせた。
「では行くぞ、我がスヴェントヴィト聖封騎士団よ!」
「御意!」
キール皇帝の号令と共に、六機のアルカニック・ギアが一斉に手にした武器を掲げ、崖を滑り降りる。
狙いはただ一つ。オルベイルの首級だ。
女教皇のイシス、教皇のフランシスク、戦車のチャリオット、運命の輪のウィルハンド、節制のテンペランス、そして悪魔のイヴル。それぞれのアルカニック・ギアが、各々の能力をフルに発揮し、それらを連携させる事で、確実にオルベイルと、それに乗る一世を疲弊させていく。
まずフランシスクの持つ連帯管制能力によって、各機は的確な指示の元に行動し、テンペランスの援護射撃と共にイヴルが束縛鎖を放ち、オルベイルの動きを封じにかかる。
よしんばそれを掻い潜ったとしても、今度はイシスとチャリオットのサポートを得たウィルハンドが正面からそれを抑える。
「よう、一世。悪いが今回は本気で行かせて貰うぞ」
「やれるもんならやってみろ!」
「ネイン、黙ってろ。舌を噛むぞ!」
「余裕じゃないか」
「俺達は、別に戦う為にここまで来たんじゃない!」
「そうかい。けどな、俺達はお前と戦わなきゃならないんだよ!」
まるで聞く耳を持たない。戦うしかないのかと一世は操縦桿を握りしめる。
マルコの乗るウィルハンドの一撃を右手で押し返し、一世が反撃に転じた。
だが、マルコと対峙しようとすると、死角からの攻撃を受け、それを中断せざるを得なくなる。狙いを一点に絞れない事に、一世は「これの何処が騎士の戦い方だ」と悪態をつく。
だがそれを口にした所で、この数的不利を覆す事は出来ない。
以前、マルコとポーロ、そして正典と戦った時とは、状況は何もかもが違う。今回は、ジョウも、シイナも、そしてアルエも居ない。
正に、絶体絶命を絵に描いたような光景。だが、それ以上に、未だ動かぬアルカニック・インペリアルの存在が、一世にとって気がかりだった。
豪奢な外見を惜しげもなくひけらかし、明らかに最前線に現れるべきではない人物が乗っている事を、惜しげもなくアピールしている。その大胆不敵さが、逆に不気味に感じられるのだ。
今はまだ沈黙しているからいい。だが、あの機体が動き出したら、間違いなく状況は自分の不利へと傾く。
一世は頭の何処かでそう考えながらも、眼前の状況に集中せざるを得なかった。
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「いたた……ザリアーナさん、大丈夫ですか?」
「ええ、なんとかね」
クレヴァスに落ちたアルエとザリアーナは、すぐに機体の状況を確認した。
機体の各部からスパークが生じているものの、幸いこの程度のダメージあれば移動する分には問題はないと、機体の自己診断プログラムと判断している。
崖の高さはおよそ二百メートル。上では未だに戦闘が続いているらしく、その衝撃と爆音が時折アルエ達の所にまで響いて来た。
「一世……」
「心配なのは分かるけど、まずは崖を登って、一世達と合流するよ。ルートは私が指示するから、それに沿って進んで」
「うん、分かった」
エアルフが登れそうな岩肌をザリアーナが見つけ出し、アルエが機体を操作してゆっくりと、だが確実に上へと登っていく。
しかし、アルエとザリアーナは決して急ぐことはせず、確実に一歩、また一歩と崖を登る。無理にスピードを上げて滑落でもすれば、それこそ元の木阿弥だ。
故に、逸る気持ちを抑え込む事が、この場での最善の策であると、二人は言葉に交わすこと無く理解しあっていた。
そして……。
「もうすぐだ。もうすぐ、たどり着ける筈……」
ザリアーナが、そう言いつつ最後の指示をアルエに出す。
アルエがそれに従い、最後の岩を掴み、それを起点に機体の重量を移動させ、遂にクレヴァスを登りきった。
しかし、そこに待っていたのは、六機のアルカニック・ギアと相対するオルベイルの姿。
そして、その奥で威圧感を放つ豪奢な機体。
その存在を目の当たりにして、ザリアーナは驚愕する。
「馬鹿な……あれは、アルカニック・インペリアル! 皇帝陛下が、自ら軍を動かしているというのか!?」
「皇帝って……まさか、帝国で一番偉い、あの?!」
アルエの問いかけに、ザリアーナは真剣そのものといった面持ちで静かに頷き、肯定する。
「久しいな、ザリアーナ博士」
「キール皇帝……陛下ッ!」
若い、明らかに為政者とは思えない声が、通信機から響いた。
「君が勝手にその機体を持ち出し、国を脱走した事については、後から問い質すとしよう。今は、眼前の敵にのみ、全力を振り向けたいのでね」
そう言って、キール皇帝の乗るアルカニック・インペリアルの視線が、オルベイルへと向けられた。
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六対一という数的不利に対して、パワーを振り絞って辛うじて拮抗している。
双方共に、機体にダメージは無い。しかし、それは自己再生によって傷が直っただけに過ぎない。むしろ、この状況で憂慮すべきは、パイロットのコンディションだろう。
六体の敵……しかもそれぞれが己と同格の機体を操るベテランパイロットを前に、一世の疲労は蓄積する一方だ。
敵は、それがアルカニック・ギアを無傷で手に入れる最も効率的な手段である事を熟知している。
そして、それが一世の焦りを加速させた。
せめて、敵の一角を崩せれば、と。
「再結合、ザ・タワー!」
意を決して、一世はタワーランチャーを構える。
六体のアルカニック・ギアの大半は、構えられた砲を警戒するが、一世の狙いは「それ」ではない。
「気象……変動ッ!」
オルベイルがタワーランチャーを掲げた瞬間、その場に吹雪が吹き荒ぶ。
局所的気象操作。タワーランチャーの力によって、機体の周辺に吹雪を呼んだのだ。
これで時間を稼ぎ、一番動揺している敵を瞬時に選別。そこを突いて敵の連携を切り崩す。
一世はそう考えて、行動を起こそうとしていた。
だが……。
「支配結合、ハイエルファント」
それまで沈黙を保っていた皇帝機からのコールが、吹雪の中に響く。
そして、それに応じたフランシスクが、アルカニック・インペリアルの下へと赴き、合体した。
光を帯びた旋風が一瞬だけ二機の周辺取り囲む。そして合体が完了すると、吹雪と共に取り囲んでいた旋風を吹き飛ばし、その場に外套状の増加装甲を纏った皇帝機が姿を現す。
オルベイルと同じ、再結合。否、キール皇帝は支配結合と呼んでいた。
これが、皇帝のアルカナの棺の持つ「支配」の能力なのかと、一世は一瞬で理解する。
「うわァァァーッ!」
叫びながら、もう一度吹雪を呼び敵の視界を奪う。
だが、それは通じない。教皇の棺が持つ連帯管制能力は吹雪の中のオルベイルを丸裸にし、更に皇帝の支配能力による一糸乱れぬ統率で、瞬く間に一世の策を打ち破る。
「終わりだ」
外套を分離し、アルカニック・インペリアルが一世の眼前に迫る。
「支配結合、チャリオット」
戦車ノアルカニック・ギアが、瞬く間に銀の槍へとその姿を転じ、それを手にした皇帝機は、迷う事なくオルベイルの胸を貫いた。




