第六十三話 敗北
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皇帝機アルカニック・インペリアルの手にした銀の槍が、オルベイルの胸部を貫いた。
オルベイルの装甲は、まるで障子に指を突き立てられるかの如く穴を穿たれ、貫入された穂先によって再生を妨げられている。
だが、コクピットは紙一重で避けられ、一世と同乗していたネインの命に別状はない。
情けをかけられたのか。
否、そうではない。
これはむしろ、敢えてコクピットを避けて貰ったと見るべきだろう。そう、自らの決定的な敗北を、その目に見せつける為に。
それを肯定するかのように、槍と入れ替わる形で皇帝機の左腕がオルベイルの傷口へとねじ込まれる。
まるで痛みを訴えるように、オルベイルが身悶えするが、キール皇帝はそれを意に介さず、目的のモノを手に入れ、左腕を引き抜いた。
オルベイルの心臓部とも呼べる、世界のアルカナの棺。
「これは元々、我が帝国が管理し、その力を振るってきたモノ。ただの流れ者が手にしていい力ではないと知れ」
再び、皇帝機が銀の槍を構えた。
とどめを刺すつもりだと、その場にいた誰もが理解する。だが……。
「やらせはしないッ!」
その叫び声が戦場に響くと同時に、群青色のアルカニック・ギア……エクリプスがその場に出現する。
シイナは迫る槍を二本の太刀で叩き落とすと、動かなくなったオルベイルを抱え、すぐに安全圏まで引き下がった。
「シイナ、どうしてッ!?」
「話は後だ、今はこの場を離れるぞ」
しかし、機体の中枢たるアルカナの棺を抜き取られたオルベイルでは、再結合どころか、腕一本動かす事すら出来ない。ならば、機体はこの場に置いていく以外に選択肢はないだろう。
これまで共に戦った、半身とも呼べる機体を捨てていく。
その名残惜しさを噛み締めながらも、一世とネインはオルベイルのコクピットからエクリプスへと乗り移る。
「逃がすな!」
キール皇帝のその声と共に、六機のアルカニック・ギアがエクリプスへと迫る。
「……幻影月鏡」
月のアルカナの棺の能力によって、肉眼を含む汎ゆる光学機器、探査装置からエクリプスがその姿を消す。
その存在を掴む事は、教皇の棺の力を以てしても、不可能に近い。
そして、その隙に乗じて、アルエとザリアーナを乗せたエアルフもまた、この場から姿を消していた。
「……皆の者、撤収するぞ」
この場に最早用はないと認識し、キール皇帝は騎士達を下がらせる。
そこに残ったのは、痛々しい姿を晒し、残骸と化したオルベイルだけだった。
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シイナの助けを得て、一世とネインは抵抗する間もなくジョウの待つ閉鎖空間へと連行された。
そこには、この空間の主たるジョウに加えて、ザリアーナとアルエ、メアリとギルドマスターが顔を揃えていた。
どうやら、先のどさくさに紛れて二人も回収されていたようだ。
そして、ジョウの命令を受けたシイナによって、自分達が監視されていた事も悟る。
「全く、最悪の展開を、最悪のタイミングで引き起こしてくれましたね、あなたは」
語気に怒りの感情を込めながら、ジョウは言う。
彼が言うには、機甲ギルドがその戦力をスヴェントヴィトへ向けるまで、そう時間は残されていないらしい。
そんな状態で、世界のアルカナの棺をみすみす敵に奪われたとなれば、怒りを向けるのも無理はない。
「とは言え、今回のあなたの独断専行で理解しました。聖封騎士団のアルカニック・ギアの適合者、その半数が異世界からの転移者である事がね……これは今後の作戦を見直さなければならないでしょうね」
お小言はそれまでにしておいて、自身の立てた仮説を元に、ジョウは今後の作戦の修正案の作成に取り掛かる。
向こうは未来予測の欠点を、的確に突いてくるであろう事を、彼は既に理解しているからだ。
そして、それは一世に最早価値を見出していない事を意味していた。
ジョウにとって、一世は世界のアルカナの棺を目覚めさせ、オルベイルを操る存在以上の価値は無いのだ。
その証拠に、彼は先の一言からこっち、一世に見向きもしていない。
「兄貴……」
「分かってるよ。これは俺の身勝手が招いた……敗北だって事くらい」
ネインの心配を他所に、一世は涙を堪えて自分の立場を自覚し、その場にうずくまる。
帝国との交渉など、初めから出来る訳がなかったののだ。何せ、向こうは最初から最後まで、一世の事を「敵」として扱っていたからだ。
そう、彼は負けたのだ。自分の成そうとした選択に、スヴェントヴィト帝国の皇帝に。
そして嘆き、気付く。自分は正典と同じ、この世界の主人公だと思い込んでいた、ただの人間に過ぎないのだと。
異世界に誘われたからといって、アニメや漫画のように特別な能力を備えた訳でもない。
オルベイルも、所詮は偶然手に入れた力であり、それを自分の物だと勘違いして使ってきたに過ぎない。
どころか、自分の行動を俯瞰して見れば、やって来た事はジョウの計画の「駒」であり、スヴェントヴィトにとっての仇敵の意を汲み、同じく忌むべき力を振るう存在でしかなかったのだ。
「何をやってるんだろな、俺は……ッ!」
堪えてきた悔しさが、決壊したダムのように溢れ出し、少年は叫び、涙を流した。
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「あの少年は、もう使い物にならないと見るべきですか?」
ギルドマスターが、ジョウに問いかける。
「まさか。世界の棺と適合出来る人間は、そう簡単に見つかりませんよ。そもそも、世界の棺がスヴェントヴィトによって発見されて以来、あれを動かせた人間は片手で数えられる程度しか居ませんでした」
スヴェントヴィトで知識と記録を根こそぎ漁って来た人間だからこそ、ジョウは断言する。
それ程までに、オルベイルを意のままに操れる人間は希少な存在なのだ。
「……それに、彼にはまだ働いて貰わなければ、私としても困りますしね」
だからこそ、まだ彼には役割があると、ジョウは心得ていた。
そう、この男の計画はまだ終わっていない。むしろ、一度世界の棺を奪われた程度で頓挫してしまってはいけないのだ。
当然ながら、棺が奪われた場合にこれを奪還する事も想定の範囲内である。
「その割には、あの少年にきつく当たり過ぎではありませんか?」
ギルドマスターが、先の一世に対するジョウの態度をそのように回想する。
「アレは、彼を成長させる為の通過儀礼……まあ、演出みたいなモノですよ」
「果たして、本当にそうでしょうか……?」
ジョウの言葉に、ギルドマスターは疑問を抱く。
彼のモノの捉え方は、どこか浮世離れした所があり、時として彼の計画に賛同している筈のギルドマスター自身でも、推し量るのが難しい時があった。
「ともかく、今は棺の奪還計画を遂行する事に集中しましょう。その為には、まず頭数が必要ですからね」
そう言って、まずジョウが眼前に出したのは、アルエと同調した後、そのまま放置されて久しい死神の棺だった。
「死神の棺。生と死を司る、ある意味では最強の能力を持ったアルカナの棺ですね」
「ええ。そして、これと同調した人間は、我々の手中にあります」
アルエの顔を思い浮かべながら、ジョウはにやりと笑みを浮かべる。
そして、それとは別に揃えるべき駒の存在も、彼は探し出していた。




