第五十七話 タイム・ラグ
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オルベイルとエイレーネーによって敗北を喫し、拘束された正典はそのまま機甲ギルドの部隊に身柄を引き渡され、然るべき場所へと運ばれる事になった。
エイレーネーに乗っていたメアリによれば、戦闘禁止区域での戦闘行為を筆頭に、ギルドとの約定を尽く無視した事が理由らしい。
連行後はギルドの側で裁判にかけられる。スヴェントヴィトに身柄を引き渡しても、騎士称号の剥奪は免れないだろうというのが、メアリの見解だ。
正典を捕らえるという目的には、彼女個人にとっての因縁もあっただろう。だが、それ以上にルールを逸脱したあの男の行動の数々が、ギルドの逆鱗に触れてしまったのだ。
「私達機甲ギルドは、スヴェントヴィトの軍事行動が適切であるかを見極める外部監視機関としての側面もあるんです」
にこやかな笑顔で、メアリが解説する。
一世は、連行される正典の姿に憐れみを感じつつも、自分も何処かで道を間違えればあのような末路を辿ってしまうのではないかという不安を覚えた。
「そんな……俺には……功績が必要なんだ……何の為に二年間、二年間苦しい訓練に耐えてきたと思ってるんだ……二年間……」
二年間。正典の口からの出たその言葉に、一世は思わず正典に詰め寄った。
「おい、どういう事だ? 俺達はこの世界に来て、まだ半年と経ってないぞッ?!」
「知らん。俺はあの場から逃げた後に警察に捕まって、その後留置所で横になっていたんだ……それが気付けばこんな所に」
元の世界の人間は、同じ時間軸でこちらの世界に誘われる訳ではない、という事か。
では、目の前の彼女……九里メアリはどうだろう。確認の為に、一世は彼女にこの世界に来てどれくらいの時間が経ったのかを聞いてみた。
「一年、ですね。アルエが電車の事故に巻き込まれた後、訳あってアイドルを引退する事になって、その後息を引き取ったんです。私……」
物悲しげな顔を見せながら、メアリは天を仰いだ。
一世は、今回の異世界転移にタイムラグが存在する事を完全に理解したが、同時にメアリの胸中に秘めたモノが何であるか、それが気になって仕方が無かった。
一世はメアリがセンターを務めたAllegory楽曲のPVを一度見た事があったが、それはメアリが立って歌い、アルエとシイナがダンスを行って場面場面を盛り上げるという物だった。
考え方によっては、メアリを歌に集中させ、他の二人が動きノ少なさをカバーしているようにも感じられた。
ワイドショーなどでよく耳にするアルエの「小さいながらもよく動き派手なアピールを見せる」という評価も、メアリが何かしらのハンデを持っており、それを補う為だったとすれば、合点がいく。
「引退、かぁ……」
「あ、ごめんなさい。さっきの話は忘れて下さい」
メアリはそう言って、顔を真っ赤にしながらペコペコと頭を下げて一世に懇願する。
その様子は中々に可愛いものがあると思いつつ、一世は彼女のお願いを素直に聞き入れる事にした。
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その夜。
機甲ギルドの部隊は事後処理の為に戦場跡にキャンプを設営し、一世達もそれに便乗させてもらう事にした。
ギルドからすれば、今回の一件は会員が一方的に喧嘩を仕掛けられたような物であるから、一世達を保護するのも当然の流れと言えなくもない。
アルエとシイナは、親友との再会に喜び、お互いのこれまでの冒険の日々を語り合った。
一世もネインも、あの三人の間に割って入るつもりはなく、ザリアーナも敢えてこの一夜だけはエアルフのコクピットで過ごす選択を取った。
「さて、これからどうするか……」
一世は、オルベイルの装甲に横たわり、星空を眺めながら一人呟いた。
アルエの獣憑きの治療という、一世達の当面の目的は一応達成された。その過程でスヴェントヴィトと事を構える羽目になったのは致し方ないが、それでもこの大陸に来て得たものはあったと、一世は思っている。
「何全部終わったような顔をしているんですか?」
一時の満足感に、白髪の導師が一言を以て水を差す。
「何の用だ」
突然姿を現したジョウの存在に、一世はあからさまに嫌そうな顔を作って見せる。
「いえ、あなたには私の目的を達成して貰わないと困るのでね」
「アナンタの復活阻止と、アルカナの棺の蒐集だろ。分かっているよ」
今手元にある棺は、世界、塔、正義、月、死神、隠者、魔術師、そして吊るされた男。まだ半分にも満たない上に、スヴェントヴィトが八つ、機甲ギルドも最低一つの棺を保有している。残り五つの棺も、探し出して確保しなければならない。
「ところでさ、お前はメアリがギルドに居る事を知っていたのか?」
一世が、話の話題を切り替えた。
「いいえ、私も彼女の人間関係を今さっき知ったばかりですよ」
一世の質問に、ジョウはおどけた態度でそう答えた。その言葉に嘘偽りは無いと、一世はすぐに理解する。それは、この男が何かを隠している時の「癖」というものを、一世が理解できるようになってきた証拠だった。
「じゃあ、この世界に転移してくるのにタイムラグがあるっていうのは?」
話を切り替える。正典が元の世界でシイナとアルエを手に掛け、その後こちらの世界に現れたのは、一世達がこちらに来た二年前だった事を、ジョウに告げる。
「なるほど、面白い現象ですね。それはまるで、元の世界で命を落とした人間の情報を保存した上で、こちらの世界に無作為に再現しているような……」
ジョウは一世の言葉に興味を向けるが、やはりその事に関する情報は得ていない様子だ。
普段から森羅万象を知っていそうな態度を取ってはいたが、知らない事もあるのだと、一世はジョウの評価を改める事にした。
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「そうか、やはりマルコ達ではあの騎士を抑え込めなかったか……」
キール皇帝は、正典が機甲ギルドに拘束されたとの報告を聞き、小さくため息を漏らした。
元々、あの男は事を急く傾向が強い人間であったが、それが原因で約定を破ってしまったのだとしたら、それは正典をオルベイルの討伐に向かわせた自分の采配ミスだと、皇帝は自らの決断を後悔する。
「これで我が帝国に残っっているアルカニック・ギアは八機。だが、今使える機体は我が皇帝機を入れて七機のみ、か……」
これまでは各騎士団にアルカナの棺が公平に分配されていた事で、四つの筆頭騎士団の間で権力と戦力の均衡が保たれていた。だが、それが崩れた事で騎士団の間に優劣を付けようとする権力闘争が始まるであろうと、キール皇帝は頭を悩ませる。
白虎と青龍、玄武騎士団がそれぞれ二機、朱雀が一機。玄武騎士団もまた、内一機が使用出来ない状態にある。玄武騎士団の騎士団長チャリスは寡黙だが帝国と皇帝に対する忠誠心は一際強く、この三年の間に騎士団がアルカニック・ギア一機しかない状況に耐えてくれていた。
だが、これからはそうではない。
ワンドはその若さと血気に比例してその内面には強い向上心と野心が満ちている。他に劣っている現状が出来上がった事は、彼の心に焦りを生む事は、誰の目にも明らかだ。
そして、それを抑え込む力を、キール皇帝は確かに持っている。だが、下位の者を抑え込む為の皇帝の棺の「支配」の能力を、キール皇帝は積極的に使う事を避けていた。
あくまで騎士を支配するのは忠誠を誓わせ、反逆を防ぐ事が目的であるが、自由意志を完全に奪う事まではしていない。しかし、今回はそれが裏目に出てしまったのだと、反省すると同時に、理解した。
「ならば……」
キール皇帝は決断し、眼前に佇む皇帝機を見上げた。




