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天上のオルベイル -Arcanx Gear Altwelt-  作者: [LEC1EN]
七 ペラウン樹国

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第五十四話 逃げる者と追う者

 湖の底から引き上げ、湖畔の小屋に戻ると、一世(かずや)とジョウはすぐにフゥリにそこに何があったかを報告した。

 失われた技術で造られた遺構。そこから漏れ出したモノが、この湖を奇跡の水に変化させていたのだ、と。

 それを聞いたフゥリは、自分の立てた仮説は正しかったのだと、喜んでいる様子だった。

 その後、フゥリは約束通り、アルエに奇跡の水を提供した。

 水に解けたナノマシンは、取り入れても体内のアナンタ因子全てを除去する訳ではない。何日かに渡って常飲し、その経過を観察する必要がある。

 その辺りは、よくある投薬治療と同じなのだと、一世とアルエは理解した。


「ふむ、この具合なら、大体四日で体内のアナンタ因子は除去される筈じゃな」


 アルエを診察したフゥリが、完治までの見当を見出す。

 あと四日。これで、ようやくこの煩わしい耳と尻尾ともおさらばか、と考え、アルエは久しぶりに心から安堵した様子だ。


「そうか、その耳と尻尾とも、あと四日でお別れなんだね。残念だな、凄くいい触り心地だったのに」


 ザリアーナが、名残惜しそうにアルエの尻尾を見やる。実のところ、アルエが獣憑きになって以来、ザリアーナは彼女の耳や尻尾を隙あらば触ろうとしていたのだ。

 そんなに毛並みが良かったのかと思いつつ、一世は後で恨まれないよう、彼女のそれに触るのは自制する事にした。


 一世達は、フゥリの小屋を離れる準備を始めるが、そこに聖封騎士団の部隊が現れる。

 ジョウは、「思っていたより遅かったですね」とひとりごちると、フゥリ達を地下へ退避させた。

 騎士団を率いる正典(まさよし)は、スートアーマーという目に見える戦力に拘るあまり、それを捨てて直接樹海を突っ切るという選択をしなかった。それ故に、遠回りに遠回りを重ねるという愚行を犯したとも言え、ジョウはそれを読んで先手を打っていた。

 閉鎖空間に潜ませていたオルベイル、エクリプス、エアルフの三機を、小屋の対岸に出現させ、その注意を引かせる。こうすれば、フゥリと、彼の世話になっている獣憑きの患者達に被害が及ばないようにしたのだ。

 これは、一世とアルエ、そしてネインが強く主張していた事だった。ここにいる人達は、自分達の逃避行に何の関係も無い。だから、戦いに巻き込みたくはない。

 ジョウは、その熱意に折れる形で、今回の作戦を立案したのだ。


「どうやら私も、彼らの考え方に毒されて来たようですね」


 頬を釣り上げ、ひとり呟く。

 これまでなら、少数の人間が戦火に塗れたとしても、大して問題視しなかっただろう。

 だが、今回は獣憑き治療の専門家たるフゥリがその場にいる。彼を喪う事は、この世界の重大なる損失でもある。それを取り敢えずの理由にして、ジョウは自らを動かしていた。


「さて、ここでの戦闘は御法度。果たして騎士団(かれら)はどのような選択を行うでしょうか?」


 しかし、ジョウはあの部隊を指揮する正典の情報を、以前の戦闘で強制的に吸い出していた。だからこそ、その行動は未来予測によって見えなくとも、手に取るように見えるのだ。

 とは言え、それによって正典の脳に少なからずダメージを与えているのは間違いない。当然、今回の正典の行動も、その際の影響によるものである事をジョウは理解していた。


「さて、向こうに食いついている内に、私も私のすべき事をやりましょうか」


 そう言って、聖封騎士団が樹海に姿を眩ませたのを見届けると、ジョウは右手を天に掲げた。

 それが合図であるとばかりに、上空からエイレーネーが姿を現すと、迷う事なくジョウの眼前へと降り立つ。


「どうも、お待ちしておりました」

「導師ジョウとお見受けします。あなたを保護せよと、マスターからの指示を受けています」


 エイレーネーの双眼が、ジョウを見下ろす。その仮面は、機体本体と同じく女性を象ったものであり、見るものを魅了する美しさを備えていた。

 そのパイロットの女性は、機甲ギルドからの命令によってジョウを保護する為に動いている。だが、ジョウの人となりを知らない彼女は、ジョウの行動に対して不信感を覚えている様子だ。

 否。仮に彼の人となりを知っていたとしても、不信感を露わにしていたであろう事は間違いない。彼女が見下ろす男は、そういう人間なのだ。


「同行者を敵に差し出した上での別行動。正直、信用出来るとは思えませんが」

「いえいえ、彼らには予め合流地点を言い渡してあります。後でそちらに合流するようにしていただけませんか?」


 エイレーネーのパイロットは、彼の言葉に渋々ながらも了解すると、眼下の男をエイレーネーの掌に乗せた。


 一世達は、ジャスティシアに追いつかれないよう、樹海を文字通り縫うように進んでいった。フゥリから提供されたスートアーマーでも移動出来るであろうルートを予め頭に叩き込んでおいたからこそ、出来る芸当だ。

 対して、向こうはこの周囲の詳しい地図すら持ち得ていない事が、その挙動からも明らかだった。

 長い間世界の軍事力を司って来た国家の、その精鋭部隊であっても、やはり実戦経験は覆せないのだろう。

 長い年月を訓練に費やした結果、型にはまった行動しかできなくなったり、想定外の事態に対応出来なくなった軍隊を、一世はイトコの持っていたアニメのDVDで見た事がある。

 今の聖封騎士団は、まさにそれだ。


「このまま、追手を振り切ってもいいんじゃないかと思えて来たな……」


 相手の行軍スピードに、一世は思わず苛立ちを覚えてしまう。

 こちらを追跡しているにも関わらず、立ちはだかる古代樹の群れに四苦八苦している様子であり、森林地帯を移動する訓練を行っていない事が、傍から見ても明らかだった。


「だが、ここで敵を撒いた所で、導師の作戦は成立しない」


 本調子を取り戻し、戦線に復帰したシイナが囁く。

 不思議と、彼女の声のトーンが以前よりも明るくなったように感じるのは、かつての記憶を一部だけとはいえ思い出したからだろうか。


「付かず離れず、だろ。ああ、分かっているさ……」

「あいつだけは、必ず倒さなきゃいけないから、ね」


 アルエと一世はそう言って、敵の様子を見守る。

 追手を撒くだけなら、オルベイルをエクリプスと合体させ、エアルフを抱えて幻影月鏡を使えばいい。しかし、それでは意味がないと、この場に居る全員が理解していた。

 相手は、元の世界で人を殺した殺人犯。ましてや、自分とアルエ、そしてシイナの仇なのだ。そんな男に、「正義」の銘を持つ棺をいつまでも好き勝手にさせる訳にはいかないのは、当然の流れだった。

 そこに、ジョウの知恵が加わり、正典から「逃げる」のではなく、「倒す」為の手段が構築された。

 そう。これは、ジャスティシアの持つアルカナの棺を奪う為の作戦なのだ。

 敵が距離を詰めて来たら、頃合いを見計らって次のポイントへ移動する。敵との距離が開いたなら、足を止めて追い付くのを待つ。

 この追走劇もまた、ジョウの立てた作戦の一環として仕組まれた物だった。

 逃亡と追跡を繰り返し、両者共もうすぐ森が開ける所まで歩みを進めていた。

 しかし、それで終わりではないと、一世達は気を引き締める。樹海から出れば、そこからがこの作戦の本当の始まりとなるからだ。

 敵を目一杯に引きつけ、一世達はタイミングを見計らって巨木が立ち並ぶ樹海を抜けた。

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