第五十五話 追い込まれた者
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天上アルエは、自分の名前が好きだった。
響きもそうだが、アルエとはラテン語で「天上」を意味し、名字と合わせて「もっと上へ行ってほしい」という両親の願いが込められていた。だからこそ、彼女は物心ついた時から、高みを目指す事に手を抜く事はしたくなかった。
それが災いしてやや高飛車な性格に育った事は自他共に認める所だが、幼馴染の葵羽シイナとは家が隣同士だった事もあり、いつの間にか気心の知れた仲になっていた。幼稚園、小学校、中学、高校と、アルエとシイナは常に一緒にいた。
容姿端麗な美少女二人組は、地元ではそれなりの存在感を放っていた。
そして、高校で九里メアリと知り合い、一緒にアイドルにならないかと持ち掛けられた時、自分の中にあった向上心が一気に爆発したのを感じた。自分の名前に込められた願いを叶える場所が、そこにあると感じたからだ。
アルエとシイナは二つ返事でメアリと共にオーディションを受け、そして三人揃って合格した。
しかし、アルエはこの時はまだ知らなかった。
彼女にとって更なる高みを目指す為の手段が、メアリにとって最後の夢、即ち目標であった事を。
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「……なんで今更、あの時の事を思い出したんだろう」
ふと、頭の奥から去来した記憶を振り払い、アルエは我に返った。
「アルエ、大丈夫かい?」
エアルフに同乗しているザリアーナが、心配そうにアルエの方を向く。アルエは短く「大丈夫」とだけ答えると、すぐに目下進行中の作戦に集中した。
樹海を抜け、開けた場所に出ると、そこからは奥へ向かう程に草木が姿を消していく高原地帯。付け加えるなら、そこから奥はアナンタのテリトリーが点在する危険地帯だ。
そして、テリトリーを越えた先、はるか遠方に見えるのが、スヴェントヴィト帝国の本土とも呼べるスヴェントヴィト山脈だ。
ペラウンとスヴェントヴィトは、国境を接する隣国同士だが、国境付近にはアナンタのテリトリーが多く点在しており、実質的に両者の国境は封鎖されているに等しかった。
ペラウンの樹海は、湖から得られるナノマシンを含む水によってアナンタ因子による汚染を辛うじて防いでいる為、国境付近に僅かな警備部隊を配置している程度であり、それ故にこの近辺に殆ど人は住んでいない。
だからこそ、ここでならば咎められる事なく全力でアルカニック・ギアの力を振るう事が出来る。
森を抜け、最初に出て来たのは、やはり正典のジャスティシア。僚機との連携など考えもせず、真っ先にシイナの乗るエクリプスへとその戦鎚を振るおうと迫る。
しかし、一世達も、その行動は予測済みだ。
鎚がエクリプスへと振るわれる寸前に、シイナは幻影月鏡で姿を晦まし、その一撃を空振りさせる。そこに一世が真横から光の杭で鎚を破壊しにかかる。
武器を破壊され、正典はオルベイルの反対方向へと退避を試みたが、そこにエアルフからの一斉砲撃が降り注ぐ。
やらせるか、と正典に追い付いてきたブリグマン二機が、エアルフに攻撃を仕掛けようとするが、それを阻止するのがシイナに与えられた役割でもあった。
幻影月鏡で姿を消した状態から、背後からブリグマンのジェネレーターに太刀を突き立てる。
「ひ、卑怯な……ッ!」
「これを卑怯と言う前に、相手と自分の能力差は把握しておくべきだったな」
負け惜しみを言うブリグマンのパイロットにそう言い放ち、シイナはすぐにまた姿を消した。
ここからは、最早一方的なワンサイドゲーム。集中砲火によって、ジャスティシアはその身にダメージを蓄積させていくしかない。
それと同時に、正典はコクピットの中で恨み節を繰り返していた。
「やめろ、正義は俺の方にあるんだ。そう、俺は正義の棺に選ばれた騎士なんだぞ。それがこんな事で……こんな事で!」
語気が次第に強くなっていき、その怒りがより偏った方向に向けられる。
そして、それが正義の棺のもう一つの能力を弾き出した。
ジャスティシアの双眼が、微かに光る。だが、そこから放たれる光は、蒼ではなく赤に染まっていた。
「何だ!?」
一世が、ジャスティシアから放たれる違和感を感じ取り、ガトリング砲を撃つ手を止めた。
だが、その違和感は気の所為ではない。一世が手を止めたのと同時に放たれたエアルフの機関砲の弾丸が、ジャスティシアに直撃する寸前に別の方向へと軌道を反らしたのだ。まるで、物理法則なと無視したかのような軌道に、一世は警戒を強める。
それが目の錯覚でないのなら、恐らくこれが、正義の棺のもう一つの能力に違いない。
「一方的な偏向……!」
その能力の名前が、正典の口から明かされる。
それは、棺のエネルギーを以て展開される、限定的な絶対障壁。障壁一つ一つの効果範囲は狭いが、同時に複数を展開でき、加えてそこに当たった物は運動ベクトルを歪められ、明後日の方角へとその軌道を捻じ曲げられる。そして、絶対障壁の拒絶対象は、搭乗者が任意で設定する事が出来た。
エアルフの砲撃を、ジャスティシアの作り出した光の壁が次々と弾いていく。どころか、正典はその絶対障壁を巧みに操り、跳弾した弾丸をオルベイルの方へと誘導してみせたではないか。
「そんなの、ありかよ!?」
一世が、オルベイルの躯体を捻らせ、跳弾を回避する。
バリアというものは、防御に用いる以外にも攻撃に利用して相手を殴ったり突撃したりするものだという認識は持っていたが、このようなカウンター技に用いるのは、想定の範囲外もいい所だ。
恐らく初めて発動したであろうその能力を見事に応用して見せているのは、本人の資質が為せる技か。それとも機体にそれを補助する為のシステムがあるのか。
どちらにしても、厄介な事には変わりはない。
「ははは、こっちの能力の方が、俺にとって相性がいい!」
今度は、光の壁をまるでブーメランのように投げていく。
一世はその一撃を躱そうとするが、ジャスティシアはその隙を突く形でオルベイルへと肉薄し、再生させた戦鎚を振り上げた。
「やらせるか」
一世は迫りくる戦鎚の柄を掴み、寸での所で一撃を抑え込む。あれを喰らえば、また頭痛攻撃が始まる事は目に見えている。ならば、そうさせないよう徹するしかない。
彼は、ジョウのように自分の行いを肯定し、罪の意識を取り払うという器用な真似は出来ないのだ。
しかし、ジャスティシアと組み合っている最中に、オルベイルの背後に先程投げられた光の壁が迫りくる。
避けられない。
そう感じ取り、被弾を覚悟した瞬間。上空からの一撃が、オルベイルに迫る光の壁を阻んだ。
「今、だ……ッ!」
何が起きたのかは分からないが、それをチャンスと見ると、一世はスラスターの出力を目一杯に上げ、ジャスティシアを押し返す。
オルベイルの右腕をジャスティシアの頭部へ押し当て、光の杭を突き出した。
光の杭が、ジャスティシアの上半身を吹き飛ばす。……かと思われた。
だが、オルベイルの腕との僅かな隙間の間に、正典は障壁を展開し、その一撃を防いだ。光の杭を形成していたレイが暴発し、オルベイルの右腕を吹き飛ばす。
「……ッ!」
そして、そのエネルギーに押し負ける形で、オルベイルが大きく後ろへ弾き飛ばされた。
爆炎の中から、右肘から先を大きく損失したオルベイルが姿を表す。
「一世!」
オルベイルの痛々しい姿を見て、思わずアルエが叫ぶ。
ジャスティシアの戦鎚が、再びオルベイルへと迫った。




