第五十一話 約定に従った者
○
機甲ギルドのアルカニック・ギア、エイレーネーが生み出したスートアーマーの介入によって生じた隙を突く形でダジボグから脱出し、そこに隣接する樹海に身を潜めた一世達は、追手が来ていない事を確認し、束の間の休憩を得ていた。
それは一世にとって、ジョウとザリアーナに、機甲ギルドが何故スヴェントヴィトと敵対したのかを聞く貴重な時間でもあった。
「機甲ギルドは、スヴェントヴィト帝国の初代皇帝が、自分達の持つ技術力、軍事力を暴走させた時に備えて、反皇帝派……それも比較的穏健な派閥に作らせた組織だったのですよ」
手にした枝で焚き火をかき混ぜながら、ジョウは語る。ダジボグの方角からは、絶え間なく轟音が響いており、未だに戦闘が継続している事を一世達に伝えていた。
「彼らは約定に従い、帝国と共生する道を選びました。帝国は武を以て周辺国の安全を担保し、ギルドは帝国を監視しつつ彼らが入り込めないトラブルの解消や、商業の発展を担う。そうやって、数百年の時を経てお互いに多大な影響力を有するようになりました」
「そう、つまりギルドは帝国の外部監視機関……ようするにカウンターとしての役割も担っていたのさ」
ジョウの長々とした解説をザリアーナが手っ取り早くまとめ上げ、その言葉に一世とネインは「なるほど」と声を重ねた。
「私の言う事、信用する気は無いんでしょうか?」
「その前に、お前は胡散臭い喋り方をどうにかするべきだ」
ジョウの細やかな嘆きを、一世はその一言を以て突っぱねる。
その対応に、ジョウは肩をすくめた。
「そして、ギルドが保有しているのが、あの女帝のアルカニック・ギア。あれは初代皇帝によって発掘された、皇帝と対を成す棺でもあります」
「皇帝の支配と、女帝の豊穣。その二つが揃えば、無尽蔵の軍勢を統率出来る、って事か」
一世の言葉に、ジョウは「その通り」と言って指を鳴らす。
強大な二つの力を敢えて分けたという歴史的事実は、騎士団に自制の意識を植え付けるには十分だろう。
だが、あの男……正典は、この世界に来てそういった歴史を学ぶ時間を持たなかったようだ。その無知が、結果として今回の一件を招いたと言っても過言ではない。
「とは言え、ジャスティシアに同行していたあの二人の騎士が居れば、事態はこれ以上ややこしい事にはならないでしょう」
「ああ、マルコ達の事か」
「彼らは騎士でありながら機甲ギルドに籍を置いていた身です。かの組織の影響力が帝国に比肩するものである事は、承知の筈。そろそろギルドと騎士団の間に割って入り、戦闘を収めるべく行動を開始している頃合いだと思いますよ」
ジョウのその予言が的中するかのように、遠方で響いていた戦闘の音が、徐々に小さくなっていくのを感じた。
ネインは、自分達が野営をしているポイントの周囲で一番高い木に登り、ダジボグの方角へと双眼鏡を向ける。すると、二機のアルカニック・ギアが機甲ギルドと聖封騎士団双方の間に割って入る姿を確認する事が出来た。
ネインの報告を聞き、一世はそれがマルコとポーロの機体だと、直感した。
○
「この度は、聖封騎士団として恥ずべき行動をしたと、謝罪を申し上げます」
ウィルハンドのコクピットから顔を出し、マルコは正典の行った失態を恥じ、戦場を支配するエイレーネーに向けて深々と頭を下げた。
「騎士マルコ! なぜ頭を下げる?! 一方的にこちらの作戦行動に妨害行為を仕掛けたのは、他ならないこいつらだぞッ!」
正典は、事態を飲み込めていない様子で、マルコの行いを非難する。彼からすれば、この行動は一方的な攻撃を頭を下げて撤回させているようにしか見えていないらしい。
だが、大局的に見れば、無礼を働いたのは聖封騎士団側なのだと、マルコは正典を睨みつけた。
「意味がわからん……そんなもの、我ら帝国の武力で平定してしまえばいいのだ……!」
「それを許さないからこその約定だ。我々は人々の剣であり、盾。決して民を傷付ける凶器に成り果ててはならない」
マルコはその言葉を以て正典を諭す。騎士とは畏敬を抱かれてこその存在であり、畏怖を抱かれるべきではない。それが、彼の属する白虎騎士団の掲げるモットーでもあった。
「チッ……了解した。この場では武力の行使を控えよう。だが、あの一行の捜索だけは継続させて貰うぞ」
正典が戦鎚を収めると、周囲に展開していた無人スートアーマー達は、たちまち塵芥へと分解されていく。仮に正典が再び戦闘態勢を取れば、分解された先のスートアーマーは瞬く間に復活を遂げるであろう事は想像に難くない。故に、正典自身もまた、下手な行動は取れなかった。
「その前に兵を休ませろ。お前の無茶に付き合わされ、既に気力も体力も空に等しい」
マルコのその言葉に、正典は三時間後に出発すると告げ、その場を後にする。
事態を静観していたエイレーネーもまた、それと共に姿を消していた。
○
「敵はすぐにこっちに追手を差し向ける訳じゃなさそうです」
「なるほど。行軍までにタイムラグがあるなら、こちらはすぐに出発しましょうか」
偵察から戻ったネインの言葉に、ジョウはそう言って応えると、焚き火の始末にかかる。
「ジョウ。今の内に、アルエとシイナの様子を見ておきたい。閉鎖空間を開いてくれ」
ザリアーナがジョウにそう言って、閉鎖空間を開けさせると、タイミングを合わせたかのようにアルエが顔を出した。
「ザリアーナさん、ちょうど良かった。シイナが目を覚ましたから、すぐに診てもらっていいですか?」
「勿論だよ。その為にそちらに行こうと思っていた所だからね」
ザリアーナが閉鎖空間に入っていくのを見届けると、残された男達はそそくさとキャンプの撤収準備に取り掛かった。
数十分後、一行は荷物を背負い、樹海の中に見える僅かな獣道を進む。
殆ど人の手が入っていない夜の森。加えて、夜の帳は獣道の僅かな痕跡を闇で覆っており、少しでも道を踏み外せば、目的地へ到着する事も叶わなくなるのではないかという不安にさいなまれる。
加えて遠くからは狼らしき獣の鳴き声が木霊し、一世は恐怖を覚える。
自分が恐怖している事を自覚し、オルベイルに乗っていない自分はなんとひ弱な存在なのだろうと、改めて実感した。
「あの、まさか機甲ギルドが敵に回ったりしないですよね?」
ふと、ネインが胸中に抱いていた不安を口から漏らした。
今回、機甲ギルドは市街地を制圧していた聖封騎士団の部隊を攻撃していたが、そこに駆けつけたマルコが間を取り持った事で正面衝突を退けた。
その上で、ネインはギルドが騎士団と手を組む可能性を示唆する。
もしかしたら、一世とザリアーナのライセンス取り消しもあり得るかもしれない。そうなっては、これからの行動にも大きな制限が加わる事になる。
だが、ジョウはネインの不安の声に正面切って「大丈夫です、それはあり得ませんから」と返答する。
それは一時の気休めではなく、確信を抱いた上での一言。
少なくとも、ネインには想像の及ばない次元でこの男の計画は進行してるのだろうと、一世は察した。
「聖封騎士団に約定があるように、こちらにもギルドとの約定がありますから、ね」
ジョウは、さり気なくそう応える。既にギルドと接触していたとなると、この男の持つ人脈はどこにまで及ぶのか。一世は眼の前の男の力を、少し怖ろしく感じていた。




