第五十話 約定を破った者
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「先日のスヴェントヴィト軍……それも聖封騎士団の暴走により、ダジボグは混乱状態にあります。このままでは、ペラウン樹国への物資の流通に支障が出てしまうのは間違いないでしょう」
「そうですか……」
黒いスーツに身を包んだ男の報告を受け、その主と思しき女性は椅子に腰掛けたまま、適度に片付けられた執務机に肘を乗せ、静かに思案する。彼女は齢を重ねたその顔は皺が深いが、しかし瞳の奥の眼差しは鋭く、衰えを知らない。
暫くの沈黙の後、その女性は結論を導き出した。
「分かりました。長きに渡る関係が崩れる事は心苦しく思いますが、我々がやるべき事を、やる時が来たようです」
「……それでは」
「機甲ギルドは、これより抑止力としての活動を再開します」
眼の前の女性……機甲ギルドのギルドマスターの命令に、黒服の男はすぐに執務室を出て所定のマニュアルに従い行動を開始する。
ギルドマスターはそれを見届けた後、椅子に背を預けると、深く息を吐き、窓の外へ視線を移しながらこう呟いた。
「まさか、あなたの助言が現実のものとなるとは思いませんでしたよ、導師ジョウ」
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正典の独断専行を許してしまった自身を恥ながら、マルコは大急ぎでレシェア大河を遡り、ダジボグへと向かっていた。
一隻しか調達しなかった高速艇は正典が出立時に使用してしまった為に、マルコ達は自らの機体の足で現地へと向かう必要があった。
とは言え、仮に船を複数調達していたとしても、正典は自分の使う物を残して破壊していた可能性もありうる。あの男はそういう人間だと、出会った当初より直感していた。
何より、正典はどこか自分が世界の中心であると考えている節があった。それが一度の敗北を経て、その性格を悪化させてしまったのだろう。
だが、それ故にあの男は無知なのだ。帝国と正面から事を構えられる唯一の勢力の存在を、完全に勘定に入れていない。
「早くしなければ、機甲ギルドが行動を開始しかねない」
そう、それが彼らが避けるべき事態。
武者修行の都合で身を寄せていた組織。その強大さを、マルコとポーロはスヴェントヴィトの誰よりも知っていると理解しているつもりだ。
「大瀑布……見えて来たか!」
日が沈みかけ、レシェア大瀑布とテーブルマウンテンが眼前に迫る。
だが……。
マルコ達の抱く不安を代弁するかのように、テーブルマウンテンの上空には黒雲が立ち籠めていた。
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月夜が黒雲に覆われ、闇に支配された中で、一世達は行動を開始した。
エレベーターステーションを抜け出し、そこから裏路地伝いに街の外を目指す。
ステーションはダジボグ市街の中央に位置しており、一世達はそこから西側に向かうルートを取った。
北側はレシェア大河に架かる大橋があり、そこを通る人間は特に目立ちやすい。東も、マハリを真下に望む断崖絶壁が待ち受けている。
ならば残るは南か西となるが、ザリアーナは迷わずに西側からの脱出を提案した。
理由は唯一つ。目的地に最も近いルートだからだ。
市街を巡回するブリグマンの死角を縫うように裏路地から裏路地へ。
「止まって」
先頭を行くネインが、後ろに続く一世、ジョウ、ザリアーナに制止するよう伝える。
建物の隙間から、ブリグマンが顔を覗かせた。頭部を展開して球状のセンサーを露出させ、周囲の索敵を始める。
「アルカニック・ディテクター。棺が発する特殊な電磁波を感知するタイプのセンサーですね。一般的なスートアーマーが使用する場合、センサーからの情報を処理する為に膨大な容量が必要な為、動体反応センサーや生体センサーとは同時に扱えないという欠点も有しています」
ブリグマンのセンサーに浮かぶ走査線のパターンを読み解き、ジョウはそれが何であるかを解説し始めた。
「つまり、どうなるんだ?」
「向こうはまだ、こちらの機体が何処にあるかまでは把握していないという事です」
ジョウはその言葉とともに走り出し、路地を渡る。一世達も、その言葉を信じてその後を追いかけた。
案の定、一世達はブリグマンに気付かれる事なく、その場をやり過ごす事が出来た。
「何でアルカニック・ディテクターなんてもんを知ってたんだ?」
「あれは私の作り上げたシステムですからね。その性質はしっかりと把握しています。勿論、欠点もね」
「さいですか」
このような事態まで想定していたとすれば、策士にも程があるだろう。
だが、今はジョウのその性格が有効な武器として機能している。それをフルに活用すれば、この状況を脱する事は、想像以上に容易いのではないかと、一世は考えた。
幾度か巡回を掻い潜り、遂に街の出口が見えており、そこから先には森へと続く道が伸びてる。
ゴールは目前。
しかし、その直前に道を塞ぐようにして、正義を振りかざす鉄槌使いが姿を表す。
ジャスティシアだ。
「待っていたぞ、咎人ども」
「またこいつか……ッ!」
一世の辟易した口調などつゆ知らず、正典のジャスティシアが戦鎚を振り上げた。
ジョウはすぐに閉鎖空間から機体を呼び出そうとするが、それをネインが静止する。
「待てください、あれは何すか?!」
街の上空に立ち込めていた暗雲から、まだ夜であるにも関わらず、真昼のように一筋の光が差し込んだ。
その場に居た一同はその異変に意識を向け、最早戦闘どころではない。
そして、光の中から、女性を思わせるシルエットの機体が現れる。天からの光に照らされ、神々しい雰囲気を漂わせるその機体が右腕を天に掲げたかと思った次の瞬間、十数機のスートアーマーが街の中に現れた。
だが、そのスートアーマー達は、予め街の中に潜んでいた訳ではない。まるで無から生み出されたかの如く、その場に「出現」したのだ。
現れた機体は皆一様に仮面で顔を覆ったような姿をしており、どこか無機質な様相を呈している。
当然、搭乗者が存在しないその機体群はその場に立ち尽くしているだけ。その筈であった。
主の居ない筈の機体は、ジェネレーターに火を灯すと同時に動き出し、ダジボグ上層を制圧していたブリグマンに飛び掛かった。
聖封騎士団の戦力はブリグマン六機とジャスティシア。対して謎のスートアーマーはその倍。否。スートアーマーは更に数を増しており、聖封騎士団の数的不利はすぐに深刻な物になっていく。
「あの機体が、このスートアーマー達を生み出しているのか?」
一世の疑問と視線は、上空の機体の存在ただ一点に収束する。こんな事が出来るのは、これまでの経験上、アナンタの獣かアルカナの棺の力以外考えられないからだ。そして、あの機体は明らかにアルカニック・ギアであろう事は容易に予測出来る。
「そう、あれこそが機甲ギルドの最高戦力にして、女帝の棺を有するアルカニック・ギア……」
ジョウの語りにシンクロするかのように、女帝のアルカニック・ギアが背中の翼を広げた。
その姿はまるで地上に降臨した天使を彷彿とさせる。
「その名も、エイレーネー。そしてその能力は、豊穣」
「豊穣?」
「エネルギーの物質変換。知識さえあれば、無生物は何であろうと作り出す事が可能になるのですよ。それを武器にしたものが、あの人形達です」
ジャスティシアへ群がる機体群を指し、ジョウは言う。
「恐らくはあの男の行動が、約定に違反したのだと判断されたのでしょう。ですが、これは好機。この場は一気に駆け抜け、追手を撒くべきです」
ジョウの言葉に従い、一世達は森の中へと全速力で掛けていった。
今は、それが彼らに取れる唯一の選択であったからだ。




