第四十八話 そしてペラウンへ
○
「協力関係は、成立……って訳には、まだいかないか?」
「ザリアーナ博士の心残りを解くには、実際に彼女の想い人を目覚めさせる以外にありませんからね。それまでは、彼女にとって私は休戦協定を結んだだけの敵でしかない」
ジョウの言葉に、一世はただ無機的に相槌をうつ事しか出来なかった。
ザリアーナ曰く、精神を棺に蝕まれ再起不能となった人間は、そのまま棺との繋がりも切れるらしい。それが本来の仕様であるとの事だが、彼女の恋人はそうではなく、棺は稼働状態を維持したまま、意識不明になっているのだという。
恐らくは、棺とのリンクが不完全であるが故に陥った特殊な状況であろうと、ジョウは推測する。そしてそれを察し、すぐに過去のデータから近似の事例を探し出し、ザリアーナに提供したのだった。
これが、彼の持つ三つの棺の内の一つ、魔術師の持つ「機会の創造」による情報蓄積能力だ。
とは言え、あくまで提供出来るのは、蓄積されたデータのみ。それを活かせるか否かは、データを得た本人の知識と発想次第だ。
「さて、当面の間、私もあなた達の旅に同行する事になりますが……」
話を切り替え、ジョウはある提案を持ち出す。
「その間、機体をこの閉鎖空間で保管してはどうでしょう。特にオルベイルは目立ちやすい機体ですから、ね」
一世の前に立つ白髪の男は、そう言って視線をオルベイルの紅い装甲に向ける。あんな派手派手な機体を不必要に晒しては、隠密行動などできる訳がない事は、一世達も理解できていた。
「つまり、ここからペラウンには徒歩で行け、って事か……」
「時間はかかりますが、その方が色々と都合がいいでしょう。隠密行動的な意味でも。それに、ここから先はむしろアルカニック・ギアに乗らない方が都合がいいでしょう」
「どういう意味だ?」
「それは実際に見てのお楽しみです」
その言葉とともにジョウは指を鳴らし、一行を通常空間へと戻した。
○
「うわーーーーっ! 何なんですか、さっきのは!?」
元の空間に戻るなり、ネインが一世達に迫って状況の説明を求めてきた。
そう、彼はこの一行の中で唯一と言っても過言ではない一般人だ。飲み込まれた状況に、追いつけないのも無理はない。
「私のアルカナの棺の能力ですよ。これ以降、皆さんの機体は先程の閉鎖空間に格納した上で旅をしてもらう事になります」
「ともかく、俺らはスヴェントヴィトからお尋ね者にされたんで、機体に乗って移動すると色々と目立っちまうって事だ」
ジョウの言葉に首を傾げるネインだったが、一世がそこに補足を加えた事で、渋々納得しつつ旅を進める準備を進めた。
「ちょっと待って」
「どうした?」
荷物を纏め、出発しようとした矢先に、アルエがシイナに肩を貸しながら、一世達を引き止めた。
「シイナの様子が、おかしいの」
その言葉に反応し、ザリアーナが駆け寄って様態を確認する。僅かに発熱しているようだが、感染症などの症状は見られない。
「恐らく、記憶の一部を取り戻した事による、脳の混乱ではないかと」
「記憶を、思い出したの?」
ジョウの言葉に、アルエは思わず彼の方を見やる。ジョウは「全てではありませんが」と前置きした上で、エクリプスの戦闘中に何が起きたのかを打ち明けた。
彼女を死に追いやった男との邂逅。それをトリガーとした、記憶の復活。
「そう、元の世界では、シイナはもう死んでいたの……」
ジョウの言葉を聞き、アルエはがっくりと肩を落とす。ここにいるシイナは、自分達と同じ存在なのだと彼女は理解する。だが、悲しんでいる余裕はない。
アルエは、暫くまともに動けないであろうシイナを閉鎖空間内静養させる事を提案し、自分が看病すると申し出た。ジョウも、それの提案を受け入れて二人を再び閉鎖空間に招き入れる。
アルエが閉鎖空間に入る際、ジョウはシイナが回復するかは本人のメンタル次第だが、数日の内によくなるだろうと、アルエに告げた。
そして、一世達はペラウンに向かう旅を再開する。
次の目的地は、レシェア大瀑布の裏側にある洞窟の街ダジボグ。そこから、地下に通じる超大型エレベーターを通じてペラウン樹国へと入国するのだ。
まさかの文明の力。それは、マハリからペラウンへと大量の物資を輸出する為に設置された、両国間の友好の証だという。それ故に、この場に兵器の類を持ち込むのはご法度とされているのだ。
それが発覚すれば、下手をすれば極刑も在りうる。
「お前が言ってたのは、こういう事か」
「その通りです。この場には、何人たりとも兵器の類は持ち込めない。ただ一つの例外を除いて、ね」
一世にそう返し、ジョウは視線をエレベーターの奥へと向けた。
そこには、スヴェントヴィト軍のスートアーマー部隊の姿。それがジョウの言っていた例外だ。
「なるほど、そんだけ向こうの権力は絶大って事か」
「同時に、この場の平和を担保している存在でもあるんだ」
ジョウと一世の話に、ザリアーナが割って入る。
彼女の語る所によれば、あの部隊は二国間で巨大昇降機が悪用されていないかを監視する第三の視点であり、ダジボグの街に存在する事を許された唯一の軍事力でもあった。あの部隊は、ペラウンとマハリ、そのどちらかが約定を無視した場合、即座に行動を行うように命令されているという。
「物騒だな」
「だけど、それによってこの場に平和が作られているのも確かな事だよ」
ザリアーナは、故郷のやっている事ゆえか、その存在を全面的に肯定するような言い方をしていた。
だが、スヴェントヴィトの影響力は、むしろ一世の目には危ういもののように映って見える。
この周辺の国々は、機甲ギルドのものを除き、個別の戦力を保有していないという。それは、スヴェントヴィトの庇護下にあれば、多少の見返りを支払えば彼らが助けてくれるという共通認識が生まれているからに他ならない。
だが、スヴェントヴィト軍とてその兵力は無限ではない。万が一、軍組織が機能不全に陥ったら。軍が壊滅させられる程の敵が現れたら。スヴェントヴィトが自国防衛を最優先にしたら。
この大陸の国々は、そういった可能性が欠如している。依存していると言ってもいい。それが、一世の抱いた違和感だった。
○
ペラウン行きのエレベーターは、チケットを購入して乗り込む方式を取っていた。
購入したチケットは四枚。一世、ネイン、ザリアーナ、ジョウのものだ。
シイナとアルエの分のチケットは、閉鎖空間にいるので必要ないだろうとザリアーナとジョウは合意している。一世は、本人達がその話を聞いたらどのような顔をするのかと思いつつ、微かな罪悪感を覚えた。
エレベーターが頂上に着くまでの時間は、およそニ時間。エレベーターは洞窟内に三基設置されており、それぞれが上昇、下降、点検をローテーションでこなしている。
作業用スートアーマーがマハリからの輸出品の入ったコンテナをエレベーターに積み込み、出発の準備が整った。
一世達も急いでエレベーターに乗り込み、その中に作られた休憩室で旅の疲れを少しだけ癒やす。
出発の時間になると、ステーションに設置されたベルが鳴り響き、一世達を乗せたエレベーターが始動し、その巨大な昇降機が天高く登り始めた。
このまま何事もなく済めばいいのだが、と一世は考える。しかし、一抹の不安が、彼の胸中には浮かんでいた。それは、赤カモメ号でマルコ達に自分達の目的地を教えていた事。
その情報が正典……あの正義の棺を持つ騎士に渡ればどうなるか、想像に難くない。
万が一の事態を、想定しておく必要があるだろうと、一世は知恵を絞り始めた。




