第四十四話 三位一体のトリニティア
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「三分待ってやる。それまでに、返答を聞かせてもらうぞ」
スヴェントヴィトの騎士として現れたマルコの勧誘に、一世は悩む。
今のシイナは、彼らと敵対している導師ジョウの部下のようなもの。この場で聖封騎士団になると言えば、間違いなくシイナとは敵対する事になるだろう。
出来る事なら、それは避けたい。
だが、時間は待ってはくれない。マルコの指定した時間が迫る。
「くそっ、どうすればいいんだよ」
「そんなものは、簡単ですよ」
聞いたことのある声が、一世の鼓膜を震わせる。そして、その声に反応し、反射的に空を見上げた。
「その声は……ッ!」
曇天から、一筋の光と共に一機のアルカニック・ギアが降臨する。
左右半身、そして胸部で別系統の機体が融合したかのような、異質なフォルム。特に肩部は、それぞれ異なる機体の上半身が、胸部から飛び出ているかのようにも受け取れた。
そして、その機体に乗っているのは……。
「ジョウか……!」
一世が、異形の機体の搭乗者の名前を言い当てる。
「如何にも」
三位一体の機体から、ジョウの声がした。間違いない。この機体こそ、あの男の駆るアルカニック・ギアだ。
「馬鹿な……三つのアルカニック・ギアを、一つに合一させているのか!?」
マルコが、その機体の姿を見て驚愕する。
「三位一体のトリニティア……私はこの機体の事を、そう呼んでいます」
「だがそれは、元々は我が国の保有していた機体だ」
「ええ、それを奪って、私がこの機体に仕立て直しました」
「皇帝陛下から賜るべき機体に、なんたる狼藉か……ッ!」
オルベイルの前に立ったトリニティアを前に、マルコは激昂する。
元々、スヴェントヴィトは十三機のアルカニック・ギアを保有していた。
そして、皇帝機を除く十二機を聖封騎士団麾下の四つの騎士団で分割して保有、運用する事で、各騎士団のパワーバランスを公平な物としていたのだ。
だが、三年前。スヴェントヴィトを訪れた一人の男が、その十二機のアルカニック・ギアのうち四機を強奪した事で、各騎士団の戦力は、大幅に減ずる事になった。
それが、ジョウによって引き起こされた、導師の乱。
マルコとポーロはその場に居なかったものの、その子細はペンタルクから聞かされていた為、それについての情報は持っていた。
だが、実際に奪われた機体の成れの果てを見せられ、動揺しない訳がない。
マルコ達にとって、アルカニック・ギアとは言わば帝国の威信を象徴する存在だ。それを奪い、汚した眼前の男に、怒りの感情を向けるのは、当然の流れであると言ってもいい。
「一世、お前はその男に加担するのか?」
「加担も何も、彼は既に私の目であり耳ですよ」
「……ッ!」
なんの悪気も含まぬジョウの反論。だが、その一言が、マルコの逆鱗に触れた。
次の瞬間。マルコのウィルハンドが、ジョウのトリニティアに肉薄した。
ウィルハンドの四本の腕には、既に剣が握られている。
人間の可動域を逸脱した、人外の剣戟がジョウに迫った。だが、トリニティアに四本の刃が触れる事は無い。
「未来予測……!」
ジョウが持つ、三つのアルカナの棺の内、特に使われている能力の一つ。マルコは、この世界で生まれ育った人間だ。
ジョウにとって、その行動を予測するのに何の障害も存在しないと言っても良い。
だが、マルコもまた、アルカナの棺の力を使っている。
定められし幸運。
事象操作により、任意のタイミングで数秒間、絶対的な幸運を得られる能力だ。これまで、幾度も死に目に会うような展開で、マルコが生き残ってこれたのも、この能力が遠隔で働いていたからに他ならない。
マルコは、正々堂々とした戦いを好んでいる。故に、これまでギャンブルや戦闘ではなく、「自身の生き死にが左右される展開」に対してのみ、能力の使用を限定してきた。
しかし、今はその限りではない。帝国の威信を汚した仇敵を前に、持てる全てを投入して戦う姿勢を見せていた。
「運も実力の内とは、よく言ったものですね」
運命の輪の棺でグロウアップさせた幸運により、マルコの攻撃は全てが致命傷となるタイミング、位置に向けて放たれている。だが、ジョウは未来予測で相手の攻撃を認識する事で、放たれたクリティカルヒットの尽くを無力化する。
トリニティアの手にした杖が、ウィルハンドの放った剣戟を叩き落としていく。
「攻撃の威力も申し分ない。精度に加えてインパクトのタイミング。その何れも素晴らしい物です。けれども、何れも私の予測の範疇」
そう言って、ジョウはトリニティアの胸部を展開すると、周囲からレイを吸収し、両肩からレイ・テクニカを放つ。しかし、マルコは自身の強運を回避に割り振る事で、ジョウの未来予測を用いた攻撃を、紙一重のタイミングで回避してみせた。
両者の能力は完全に拮抗しており、決着が見えない。
そんな状況では支援を行っても無意味だと、ポーロは距離を置き事態を静観する。
一世とシイナも、やはり現状をただ見守る事しか出来ない。
だが、この場に一人だけ、現状を鑑みない人間がいた。
「余所からしゃしゃり出てきて、許さない!」
正典は再生を終えたジャスティシアをトリニティアへ突貫させ、戦鎚を天高く振り上げた。
ジョウは不意打ちに近い形で、その一撃を喰らう。
「お前……!」
「お前も咎人なら、俺の力を受け止められるはずが無い!」
一騎打ちに水を刺されたマルコを他所に、正典は指を鳴らして叫ぶ。ジャスティシアの能力は最も新しく戦鎚の一撃を受けた者に対して発動する。これで、自身に能力が及ぶ事は無く、気兼ねなくそれを使う事が出来た。
「有罪!」
外部音声が、山彦のように周囲に木霊し、それがかき消える僅かな間の沈黙がその場を支配する。しかし、何時まで経ってもジョウが痛みを感じる様子は無い。
「な、何故だ? 何故、俺の能力が効かない?!」
狼狽しながらも、その場に居た皆の意見を代弁する。
「決まっていますよ。あなたの力は罪の意識に作用する。私は、そういった物を既に超越しているのです……ッ!」
この男が目的の為には手段を選ばない超然としたメンタリティを持つ事を、一世は以前より認識していた。だが、まさか自分の行いになんの後ろめたさを感じていないとは。
そう考えると、導師ジョウという男の存在が、恐ろしく思えて来た。
ジョウはマルコとの戦いに割って入った正典のジャスティシアにトリニティアを組み付かせ、コクピットを無理矢理こじ開けた。
「あなたは危険な存在だ。私の計画を狂わせるイレギュラーと言ってもいい」
「ヒッ……!」
生身で戦場……しかもアルカニック・ギアという兵器の眼前に晒され、正典の表情は一気に恐怖の色に染まる。
「それに、あなたは自分を主人公だと勘違いしていますね。所詮は引き立て役に過ぎない端役だというのに……いいでしょう。あなたの結末を、ここに見せてあげますよ」
ジョウのその言葉と共に、トリニティアの頭部の双眼に光が灯った。途端、正典が苦しみ、コクピットの中でうずくまる。
一体、何が起きたのか。一世には、まるで理解できない。
「貴様……!」
マルコは剣を振るい、トリニティアをジャスティシアから引き離す。
すかさず、その場に追いついて来た正典の部下がトリニティアを取り囲み、剣を構えた。
四方から襲来する攻撃に対して、ジョウはトリニティアの手に装備した錫杖を振るい、四機のスートアーマーを屠ってみせた。
「ははは、それを作ったのは誰だと思っているんですか。では、我々はここでお暇させて貰いますよ」
トリニティアの機体から黒い靄が噴出し、辺り一面を覆い尽くす。
靄が晴れると、そこに居た筈のオルベイルとトリニティアの姿は、どこにも無かった。
「……くそっ!」
マルコは、ただウィルハンドのコクピットに拳を打ち付ける事しか出来なかった。




