第四十三話 呼び起こされる過去
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「シイナッ!」
ジャスティシアの攻撃を受け止めたエクリプス。その機体に乗る黒髪の少女の名前を、一世は思わず叫んだ。
戦鎚がエクリプスの胸部を掠め、金属ともセラミックとも区分出来ない素材によって構成された装甲を、接合部から弾き飛ばした。
だが、シイナもまた、ただでは引き下がらない。
エクリプスの頭部のブレードが、ジャスティシアの鎚と交錯するように、相手の胸部装甲に突き刺さっていた。
お互いの攻撃は、搭乗者の乗るコクピットまでダメージは及んでおらず、そこからお互いの顔を覗く事になる。
しかし、それが、両者の運命を分ける事になるとは、この場にいた誰もが知る由もなかった。
「まさか……藍羽シイナ……だとッ?!」
「お前は……ッ!」
敵の顔を見たシイナが、突如として頭を抱え、苦しみだした。
それと同じく、ジャスティシアに乗る騎士が、シイナの顔を見て動転した様子で機体を後退させる。
その仕草は、明らかに何処か後ろ暗いモノを抱えているといった様子であり、それが発覚する事を恐れているようにも見えた。
そして、まるで見たくないモノを覆い隠すように、両者の胸部装甲は自己修復を開始する。
しかし、一世はその一瞬の内に目撃した。ジャスティシアに乗る騎士の顔立ちは、確かに日本人のそれである。
「こいつが、スヴェントヴィトに居るっていう、転移者か!」
そう。彼こそが、スヴェントヴィトに転移してきた日本人。
その名を、古城正典という。
「知られたか、俺の正体を……ッ!」
正典は、己の正体を知ったであろう一世に向けて、再度槌を振るう。
しかし。
「お前の相手は、私だ!」
それまで沈黙を保っていたシイナが、エクリプスでジャスティシアの前に立ちはだかる。その言葉には、これまでになかった筈の「感情」が込められていた。
ジャスティシアの鎚を持つ腕に刀を振り下ろし、空中で回転する戦鎚を奪う。そして、その頭をジャスティシアの頭へと叩きつけた。
「思い出したよ、お前のやった事を……そう、お前は、あのイベントを台無しにして、挙げ句私を殺した、張本人だッ!」
外部スピーカーによってその場で明かされる事実。それは、正典にとって死刑宣告に等しい言葉だった。
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正典は、Allegoryに傾倒するあまり、ファンとして超えてはいけない一線を超えた。それが九里メアリに対する求愛であり、それに起因する警察沙汰だ。
それを機に、彼はAllegoryを憎悪するようになった。正確には、メアリよりも目立つ藍羽シイナと天上アルエ、この二人に対して攻撃衝動を向けるようになったと言えばいいだろうか。
最初の内は、ネット上で中傷を繰り返す程度だった。だが、それに賛同する声と、批判する声。その両方が彼の抱いた憎悪を殺意へと成熟させていった。
そう、批判の声というのは、時として人を暴走を助長させる。正論に対する、感情に基づいた反発。正典のブレーキは、既に壊れていたのだ。
そして、正典は成熟させた殺意に従うようにシイナを拉致拘禁し、惨殺した。
続けて、シイナから奪ったスマホを使いアルエをおびき出し、彼女を電車の迫る駅のホームから突き落とした。
これが、正典が元の世界で行ってきた、罪の全てだ。
そして、そこから逃亡した際にトレーラーに跳ねられ、日本での生を終え、気が付けば雪山におり、そこを彷徨い、凍死寸前だった所を行軍訓練中だったスヴェントヴィト軍に保護され、その恩に報いる為に軍に志願。その際に正義のアルカナの棺に適合し、今に至るという訳だ。
とは言え、自らの犯した罪を、殺した本人によって暴露され、更に戦鎚を叩きつけられては、最早ジャスティシアの能力を使う事は出来ない。
戦鎚は敵の手の内にあり、更にその一撃はジャスティシアに叩きつけられている。その状態で能力を行使するという事は、自らの中に抱える罪を告白する事に等しい。
「これでお前の力は封じた。後は頼むぞ、一世ッ!」
「再結合ッ! ザ・ムーンッ! ザ・タワーッ!!」
シイナの合図を待っていたかのように、一世のオルベイルに、エクリプスが結合し、太刀を備えた巨大な右腕を構成する。同時に、左腰にタワーランチャーが装着される。
二つのアルカニック・ギアの能力の同時行使。そのような事が可能なのかと、その場に居た全員が驚愕の表情を見せた。
オルベイルが、タワーランチャーを天に掲げる。
一世が銃爪を引くと光弾が天高く放たれ、そこを中心に黒雲が集まっていく。そして、それが視界を覆う程の豪雨と落雷を局所的に齎した。
それは、塔の力のもう一面。アル・ピナクルも用いていた天候操作だ。
アルカニック・ギアが保有するアルカナの棺は、表裏二つの固有能力を有している。オルベイルの世界の棺が持つ「安定」と「臨界」の能力もまた、その固有能力の一つだ。
「塔」のそれは、タワーランチャーそのものの運用と火器管制、そして天候操作が該当している。
局所的な雷雨が数秒間の間、マルコとポーロ、そして正典の注意を奪う。その間に、幻影月鏡によって一世はオルベイルの姿を眩ませた。
「逃げたのか!」
雷雨が止み、姿を消したオルベイルを探そうと正典が辺りを見回すが、敵はその背後に張り付いている事を、彼は知らなかった。
背後からの一突きが、ジャスティシアの胸部を貫く。コクピットは狙わない。狙うべきは、アルカナの棺の収められた、動力ブロック。
だが、それを狙わせるものかとポーロの狙撃がオルベイルの動きを牽制する。
「それをやらせる訳にゃ行かないな!」
続けて、マルコの機体がオルベイルへと剣を振るった。
一世も、オルベイルを翻してその一撃を回避する。が、マルコの機体の背後にマウントされた輪のようなパーツが展開し、腕となってオルベイルの腕を掴みにかかった。
更に、もう片方の副腕も、オルベイルの体をがっちりとホールドし、マルコはそれを思いきり投げた。
「何てパワー!?」
「悪いな、こっちも同じアルカニック・ギアだ。その名も運命の輪、ウィルハンドだ」
空中で姿勢を制御する一世。対して、マルコはすかさず相棒のポーロへと合図を送る。
ロングライフルによる狙撃が、オルベイルの左肩を貫く。しかし、それでも一世はタワーランチャーで落雷を呼び、マルコ機のライフルを破壊する。
「どうだ!」
叫びつつ、着地。
しかし、破壊した筈のライフルは、使い物にならなくなったバレルを外した瞬間から再生を開始していく。
「こっちもか……!」
「……節制のテンペランス。以後お見知り置きを」
そう、二機のアルカニック・ギア……ジャスティシアを含めると三機だが……との戦い。
複数の強敵、しかも手の内を明かしたも同然の顔見知りを同時に相手にしなければならないという苦境に立たされ、一世は乾きかけの唇を無意識の内に舌でなぞった。
「一世、一つ聞きたい」
マルコが、剣を構えながら口を開く。
「お前はあの娘……アルエだったか。彼女の獣憑きを治療する為に旅をしている、それは嘘偽りは無いな?」
「当たり前だ。俺は、あの娘を家に返さなきゃならないんだ。シイナと一緒に、な」
マルコの問いかけにそう返して、一世はオルベイルの右腕に合体したエクリプスに視線を向けた。
「なるほど、お前の方が、よっぽど人間的に正しい事をしているようだ」
依然として沈黙を保つジャスティシア……正典に視線を向けながら、マルコは言う。
「ならば、お前も聖封騎士団に入れ。そうすれば、少なくともスヴェントヴィトから追われる事はなくなる」
提示された選択肢に、一世はの心は揺れた。
一世も、マルコとは戦いたくはないと考えていたが、かと言って、スヴェントヴィトから追われる身であるジョウとの関係を言及される可能性もある。
どうすればいい。
どう答えるのが正解なのか。
今の一世は、まさに運命を決める分水嶺に立たされていると言ってもよかった。




