第三十九話 騎士と皇帝
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時は一世達がゾリャー大陸に辿り着く、少し前に遡る。
そこは、ゾリャー大陸の北の最果て。周囲をまるで剣山のような険しい山々に囲まれた、およそ人が寄り付かなそうな地に、その国はあった。
スヴェントヴィト帝国。
この国に特産と呼べる物はなく、古代文明の遺跡が眠るのみだった。険しい土地で生きていく為に、人々は遺跡の解析と探求を推し進め、この国に高い技術力を齎した。帝国は、この技術によって得た軍事力を他国に「輸出」する事で、今日まで続く繁栄を得てきた。
スヴェントヴィトの帝都は、一年の半分は雪に覆われる程の険しい高地に築き上げられておきながら、冬季とは思えない程の活気に満ちあふれていた。
それもそうだ。帝都の都市機能の大半は、ほぼ地下に集約されている。
地表部分は、ここを拓いた時の名残りとも呼べる旧市街と、帝都を守護する防衛部隊の基地、そして帝都のランドマークとなる帝国府が聳えるのみだ。
「さて、厄介な事になったな」
帝国府の一角、円卓の間で、四人の騎士が神妙な面持ちで卓を囲みながら、その中央に設置されたプロジェクターから投影される立体映像を眺めていた。
彼らは、聖封騎士団に属する四つの騎士団を束ねる筆頭騎士団長だ。
「ノヴァでの戦局は、この二週間で大きく変化しました。エムスを手中に収めたのは僥倖でしたが、ザーズの壊滅は、今後の軍事行動に大幅な修正を加える必要性が出てくるでしょう」
玄武騎士団を仕切る女騎士、チャリス・ハーツが、ノヴァ大陸の最新の勢力図を見て口を開く。
「フン。獣に襲われたからと敵に手心を加えて、何が戦争だ。これを好機と捉えて一気呵成に畳み掛ければいいものを」
朱雀騎士団を率いる赤髪の青年騎士、ワンド・クラヴィスは、現地でノヴァ軍と相対するアガトラ軍の姿勢を批判する。アガトラ王国はスヴェントヴィトの庇護を受けており、政治や軍事においてその意向が強く作用していた。
だが、ワンドはスヴェントヴィトの決定した意向に納得が行かない様子だ。それは、筆頭騎士の最年少、青龍騎士団のブレイズ・シュペルタも同意している。
「皇帝陛下の御意向を理解出来ないなら、さっさと滅んでくれればいいのにねー」
「否。敵を討ち滅ぼすだけが戦ではないぞ、二人共」
そう言って、先走る二人の若い騎士を制したのは、この場の最年長となる禿頭の騎士。白虎騎士団のペンタルク・ダイアーだ。
彼は、眼前の戦果ではなく、戦後を見据えた視点から発言していたが、ワンドとブレイズはそのような腹芸が出来る器用さはまだ持ち合わせていない様子。
自分の言葉の意味を理解するまでに、まだまだ時間を必要とするであろうと、ペンタルクはその禿頭を指でなぞった。
「それよりも、我々が気にかけるべきは、ネビュリア、ザーズ、そしてエムスに現れたこの機体……」
そう言って、チャリスは立体映像の画像を切替える。
そこには、真紅の装甲に身を纏ったスートアーマーの姿。否。正確にはこれはスートアーマーではない。
逆井一世の乗るアルカニック・ギア、オルベイルだ。
「こいつは、世界のアルカニック・ギアか」
「左様。三百年前、帝国に牙を剥き、星渡りの船で星の海に廃棄された忌むべき機体だ」
ワンドの言葉に、ペンタルクが補足説明を加える。
「お空の上に捨てられた機体が、何で地上に居るのさ」
ブレイズが天を指差しながら皆が抱いているであろう疑問を代弁する。
「おそらくは、何らかの事故で星渡りの船と共に地上に落下して来たのでしょう」
チャリスが、予想されるであろう原因を導き出す。
オルベイルは、三百年前に単機でスヴェントヴィト帝国に反逆し、その末に封印さた機体だった。その存在は代々の皇帝と筆頭騎士にのみ受け継がれるのみであったが、それが再び帝国に牙を剥く危険性を考慮すると、この機体の今後の動向に注視する必要があると、四人は結論を出す。
幸いにして、スヴェントヴィトは各地に間者を派遣・潜伏させており、彼らによって高度な情報網が構築されている。スヴェントヴィト帝国がノヴァやアガトラの情勢を手早く入手出来たのも、この情報網の存在が大きい。
だが、オルベイルを追跡出来たとして、そこから先の扱いについては決めかねていた。
「だが、世界の変は首謀者となった当時の搭乗者の死により平定された。現搭乗者が、その遺志を受け継いでいるとは思えない」
ペンタルクの発言に、他の三人は皆口を閉じる。そう、事は三百年前。今回も、この機体が帝国の前に立ちはだかるとは言い切れないのだ。
それ故に、彼らは自分達の上位存在……即ちスヴェントヴィト帝国の皇帝、キール・ハザマ・スヴェントヴィト四世に指示を仰ぐ事とした。
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まだ幼さを残した顔立ちの少年が、その身長とは不釣り合いの玉座に座した。
その目付きは鋭く、冷徹さすら伺わせた。玉座の背後に座した機体と共に、放たれるオーラには年齢というハンデを物ともしない「威厳」が伴っている。
彼こそは、スヴェントヴィト帝国の最高責任者、キール・ハザマ・スヴェントヴィト四世その人だ。
そして、彼の背後の機体は、帝国の象徴たる皇帝機。
皇帝機とは、その名の通り歴代の皇帝が乗るべきスヴェントヴィト帝国最強にして最後の戦力。そして、この国の象徴となるべきアルカニック・ギアだ。この国の皇族は、政治や歴史、文学などに優れても帝位を得る事は出来ない。この機体に搭乗し、棺と適合する事によって初めて「皇帝」と名乗る事が出来た。
キール皇帝が若輩ながらも皇帝の座に着く事が出来たのも、当然この機体に適合したからこそだ。
そして、その威光を示すかのように、彼との謁見に望んだ四人の筆頭騎士達、そして彼らに付き従う従騎士達は、幼帝の前で皆一様に頭を垂れている。
「なるほど。確かにこれは、かつて我が国に敵対した世界のアルカニック・ギア。三百年前の仇敵に他ならない」
筆頭騎士から提出された資料を確認すると、キール皇帝はそれに記された機体がそうであると確証する。
皇帝の前で跪いていた四人が、一斉にざわめく。キール皇帝が静かに右手を上げると、彼らはまるで示し合わせたかのようにピタリと口を閉じた。
それ程までに、この少年の持つ権力は絶大なのだ。
「しかし、機体が同じでも、搭乗者がまで同じとは限りません。それが何者であるか、見極めてみる必要はあると思われます」
ペンタルクが、筆頭騎士を代表して取り纏めた意見を口にする。
「ふむ……しかし、目下の敵はこの機体だけではなさそうだ」
提出された資料に目を通し、キール皇帝は言葉を紡ぐ。
「と、言いますと?」
「導師ジョウ、その息のかかった者が、同行している……月のエクリプスがな」
導師ジョウ。その名を耳にした途端、その場が一気にざわめき立つ。
「三年前の、あの男が暗躍していると」
「左様。ならばやる事は一つしかあるまい。攻撃を行うだけの口実は、こちらにはある」
「ではその役目、私めにお任せ貰えないでしょうか」
キール皇帝のその言葉を待っていたかのように、ワンドの背後に控えていた騎士が、一歩前に出た。
「痴れ者め! 本来貴様のような下賤の者が、皇帝陛下の御拝謁を賜る事自体、奇跡に近いというに……ッ!」
何の前触れもなく皇帝に意見したその騎士に、ワンドは思わず怒鳴り声を上げる。その怒りは、皇帝への不敬、そして己を介さない越権行為に向けられたモノだった。
「よい。貴様は確か……」
「はい。流れ者であった私めを騎士に取り立てて頂いた御恩、ここで報いたいのです」
この国で騎士になるには、血筋か武勲の他に、もう一つ手段がある。それは、アルカナの棺との適合。
この国は九つの棺を保有しており、皇帝機に搭載されている物を除き、その内の一つと適合出来た者は無条件で騎士として取り立てられる事になっていた。
そこには愛国心も、忠誠も必要無い。だが、騎士に選ばれた時点で、皇帝による支配による束縛が成される。
それが、キール皇帝の持つアルカナの棺の能力だった。
そしてキール皇帝は、騎士の目を見て、決断を下す。
「では、今回の一件はお前に任せよう」
その言葉に、騎士は頭を深く下げ、感謝の言葉をひたすらに繰り返した。




