第三十八話 河の国
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暗い闇の中で、サメフは辛うじて意識を覚醒させた。
オルベイルの放ったビームが直撃する瞬間、自身のコアをどこでもいいから転移させ、辛うじてではあるが一命をとりとめたのだ。
だが、死神のアルカナの棺によって付けた傷は深く、その権能によって容易に身体を再生させる事が出来ない。
何処かも分からない空間で、深手を負ったまま、再生もままならず消滅を待つのか。
思考能力や記憶まで著しく低下しようとしていたその時、まだ自身にはもう一つの切り札が残っている事を思い出す。
ザーズから持ち出したアルカニック・ギア。取り込ませるべき人間がおらず、前回の襲撃で用いる事のなかったそれを最後の力を振り絞って呼び出すと、サメフは自らを半機半妖の機体に融合。機体のリソースを使い、自己の保存を優先する事とした。
一度休眠状態に陥れば、いつ起きる事が出来るかも分からない。それ程までに追い詰められた事に、サメフは強い憤りを覚えるしかなかった。
だが……。
「ふん、これがサメフの執着していた玩具か」
「敵の装備を鹵獲する。それを非効率だとは言わないけど、私達が使えないモノを使おうとして身を滅ぼしたのは愚かだよねぇ」
サメフが呼び出した機体を見下す二つの影が、そこにはあった。同じ意匠の黒衣を纏った老人と少女。彼らもアレフとタヴの名称で呼ばれるアナンタの使徒の一体である。
「だが、これは見方によっては我々が有利に事を運ぶ事が出来るだろう」
老人型の使徒、アレフが言う。
「どーいうこと?」
タヴが、赤みがかった髪をいじりながら、アレフの言葉に首を傾げた。
「これが我々のテリトリーにある限り、二十二の棺は揃う事は無い。その間に、六六六の再生を急ぐ」
そう言ってアレフが指を鳴らすと、彼らの足元にテリトリーが現れる。だが、それはサメフがアルカニック・ギアに投げ込まれた物とは規模が違う。
そう、これは壁峰の向こう側に存在する、アナンタの本陣そのものだった。
アレフはその深淵に、サメフごとアルカニック・ギアを沈めさせた。
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「着いた……ここが!」
「そう、マハリ最大の都市、カワロだ」
一世達を乗せた赤カモメ号は、大なり小なりダメージを負いながらも、水運国家マハリの玄関口である水上都市カワロへとたどり着いた。
ここは、マハリの国土を流れるレシェア大河の河口付近に建設された、文字通り水に浮かぶ都市だ。
マハリはレシェア大河を中心にして発展を遂げた国であり、カワロは河口付近に点在する中州を起点として、それを埋め立て橋を繋ぎ、港湾施設を整えた上で成り立っている。
世界中から集まる物資の中継地点であり、世界有数かつ最新鋭の港湾設備を有する事でも、特に有名だった。
これらの施設が整備されている事については、スートアーマーの恩恵が強いのだと言われており、そのジェネレーターや部品を供給する機甲ギルドは、マハリ政府から様々な便宜を引き出しているとされる。
「赤カモメ号は、ここでドック入りが決定した。あんたらとの旅も、ここまでだ。お嬢ちゃんが治ったら、また船旅と洒落込もうや」
ベンスはそう言って、船を降りた一世達を見送った。
一世は彼の事を、強面だが気さくで付き合いやすい人だった、と改めて評価し、別れを告げる。ベンスは気恥ずかしそうにしながらも、姿が見えなくなるまで手を振っていた。
ここからは川伝いに陸路を進み、ペラウンへと向かう事になる。だが、その前に一世達はここでクリアしなければならない問題を一つ抱えていた。
路銀だ。
実のところ、先のゴタゴタでベンスに迷惑料として追加料金を支払ってしまい、懐が心許ないのだ。
先立つ物が無ければ、食料も買う事は出来ない。それはどんな世の中であっても変わりはない。無論、川を遡る旅で船を使う事など、夢のまた夢。
だからこそ、ザリアーナは街の機甲ギルドの支部で近隣の集落への輸送依頼を片っ端からあさり、実入りの良さそうな依頼を三つ、勝ち取って来た。
だが、結局は機体に乗って「徒歩」で移動する事に、変わりはない。大河に沿って陸を移動し、目的地のペラウン樹国まで少なくとも一週間はかかるという。
それ程までの長距離を移動しなければならないのかとげんなりしつつ、一世達は出発の準備を進めた。
「あーあ、もう出発か」
カワロの賑やかな街並みを、アルエが名残惜しそうに眺めている。
港や市場は行き交う人々によって活気に満ち、スートアーマーも物資の運搬や都市施設の修繕などに活躍していた。
活気の「質」という意味では、恐らくノヴァの比ではない。
特に街を行き交う人々の中に獣憑きの姿が認められるのが、ノヴァとの大きな違いと言えた。ザリアーナ曰く、彼らは世代を経て生まれた、獣憑き達の子孫だという。
彼らは、変質した身体的特徴はそのままに、アナンタ因子だけが取り除かれた存在だ。動物的な能力を持つ為、普通の人間には無い能力も備わっているという。
しかし、アナンタ因子がなくとも生まれつき普通の人間には無い能力が調和を乱す事も多く、彼らもまた人々に無意識下で疎まれているのだ、とザリアーナは語った。
他人との間に壁を作るモノは、どの世界においても健在なのだと、一世とアルエは思い知らされた。
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カワロを出発し、一世達は最寄りの集落に荷物を届けつつ、レシェア大河の流れを遡るように、その脇に整備された街道を進む。
道中、一世達は自分達の横を流れる大河の壮大なスケールに目を奪われた。向こう岸が見渡せない程の川幅など、地元の一級河川の比ではない。
一世はオルベイルのセンサーを使って興味本位で測量してみたら、自分達の世界の単位に換算し、三十キロはあるという結果が出て来た。
「こりゃまた、凄い広いな。この川は」
「当たり前さ。ゾリャー大陸、ひいては世界最大の川幅と長さを誇る大河だからね」
「へぇ」
ザリアーナは解説を続ける。
ペラウンの北の山脈から流れるレシェア大河は、昔からペラウンがマハリに木材を輸送する為に用いられて来た。
そして、マハリも海外から得た物品をこの川を遡ってペラウンへと運んでいる。
二つの国は、この川によって共生関係にあるのだと、ザリアーナは言う。現に、この二つの国の関係は極めて良好であり、世界で最も安定した地域であると言っても過言ではなかった。
長く隣国との戦争やアナンタの獣との戦い、そして遺跡の発掘に明け暮れていたノヴァとは大違いであると、ネインは特にそのギャップを肌で感じている様子だ。
幼い頃からそういったアウトローな環境に身を置いていただけに、到着してから何かと落ち着きが無い。
「大丈夫か、ネイン?」
「だ、大丈夫っす。アニキに迷惑は、かけたくないんで!」
オルベイルのコクピットに同乗するネインに、一世はそうやって声をかけるが、返ってくる言葉はいずれも少しぎこちない。
平和によって人が不安になる事もあるのかと、一世はまた一つ学ぶ事になった。
だが、彼は知らない。この平和の裏で、秘密裏に繰り広げられている「戦争」と、それに自分達が既に巻き込まれているという事実を。
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「あいつらと一緒に居ると、中々退屈しないもんだったな」
「ええ……」
一世達と別れたマルコとポーロは、彼らが街を出ていく様子をカワロの街とその外を隔てる壁の上から見届けていた。
とは言え、二人も二人でわざわざ見送りを行う為に、このような場所に馳せ参じた訳ではない。
やるべき事が、彼らにはあった。
「お待ちしておりました、マルコ・イスタジェル卿、ポーロ・デンベリン様」
マルコとポーロの前に現れた男が、畏まった様子で二人に声をかけた。
「卿はよせ。俺達はまだ騎士団に戻った訳じゃあ無いんだ」
マルコは飄々とした態度で男にそう応えるが、男はまるでそうはいかないといった様子で、彼の言葉に言って返す。
「いえ、あなた方には騎士団から火急の命が下りました。早急に、ナカルに向かい、他の騎士と合流して下さい」
「どういう事だ?」
「帝国の仇敵……世界のアルカニック・ギアの討伐を、皇帝陛下がご決断されました」
男のその言葉を耳にした瞬間、マルコとポーロの二人の表情が、一変した。
その顔は、金と自由を愛するギルド所属の傭兵の物ではない。それは、使命感と義務感を背負った「騎士」としての顔だった。




