第三十六話 アナンタ・テリトリー
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アナンタの獣のテリトリーの存在を知り、ベンスは赤カモメ号の修理を打ち切り、すぐに出航の準備に入った。
船体のダメージは軽視出来る程度であり、損傷箇所も船上で作業が可能な部位が殆どだ。
「マルコが戻ったら、すぐに出発するぞ! お前ら、忘れもんには気を付けろよッ!」
ベンスの号令に、乗組員達が一斉に「了解」と大声で返す。
だが、一世とアルエは、事態を飲み込めずにいた。
「どういう事だよ、アナンタのテリトリーって壁峰の向こう側だけじゃないのか?」
思わず、ザリアーナとネインに尋ねる。
「壁峰の向こう側にあるのは、世界最大のテリトリーよ。小規模な物なら、世界中に幾らでも散らばってるの。ここも、その一つね」
「アレは獣の繁殖場みたいなもんで、放置しておくとどんどん増えてくんですよ。ノヴァにも、まだ手付かずのモノが三十箇所はありますし」
ザリアーナとネインの言葉に、思わず一世は頭を抱えた。
それは、ゾリャー大陸へ向かっても、アルエがアナンタの獣に狙われる事に変わりが無いという事と同義だからだ。
「確認されたテリトリーはその大半が人里から隔離され、適宜駆逐されているものの、それでもこういった未確認のテリトリーもまだ幾つも残っているんだ」
「そう。だからこいつらの出番ってワケだ」
ザリアーナと一世の会話に割って入って来たベンスが、手に持った筒状の装備を二人の前で地面に突き刺した。
「それは?」
「テリトリーの存在を報せる為のプローブだよ。これを打ち込んでおけば、電波発信で周辺の海域に船はここにアナンタの獣が居るとひと目で分かる」
周囲を見ると、他の乗員もプローブを地面に打ち込んでいる。プローブは先端を地面に突き刺すと自動的に本体が地下に潜り込むように出来ていた。
三つから四つを等間隔に配置し終えるのと同時に、マルコのフォウォレが戻って来た。
「よし、さっさとズラかるぞ野郎ども!」
ベンスの号令と共に、赤カモメ号は錨を上げた。
だが、一行がその場を離れようとした瞬間、「敵」が現れた。
「行かせないよ」
赤カモメ号の船首に、黒衣を身に纏った少年の姿。そう、アナンタの使徒サメフだ。
「な、なんだこのガキは」
事情を知らないマルコ達は、それを人間と認識して接する。
だが、サメフはアナンタの獣の上位存在。それを承知している一世は、咄嗟に叫んだ。
「気を付けろ、そいつは敵だ!」
サメフが笑い、船の周囲にアナンタの獣が姿を表す。
敵の存在にマルコは武器を手に取り、攻撃を開始する。
とは言え、ここはテリトリーが近く、アナンタの獣が際限無く現れるのは必然だった。島の中心から、次々と獣が生み出され、赤カモメ号に差し向けられてくる。
「キリが無い……!」
マルコが舌打ちしつつ、機体を赤カモメ号の甲板に立たせた。
船が全速力で後退。敵陣の強行突破を試みる。先刻のダメージが残るだけに無茶は出来ないが、それでもその場に留まるよりはマシだ。
ポーロもカーゴから顔を出し、ロングライフルで援護を始める。
進路上の獣を蹴散らし、退路を確保していく。
だが、諸悪の根源、サメフは未だに船首に涼しい顔で立っている。
「必死に逃げても、無駄なのに」
そう言って、サメフは黒い外套を翻す。黒衣の下から、小型……とは言っても全長二メートルはあるバグズが三体現れ、船に放たれた。
「何だって!?」
その埒外の状況に、マルコもポーロも混乱する。ネビュリアの時もそうだったが、常識と言う物がこうも立て続けに覆されると、自分が正気なのか疑いたくなる。
小型のバグズにマルコは銃を向けたが、既に船内に入り込んだ後。
ならば、と機体を翻し、黒衣の少年の方へと向き直った時には、少年は既に姿を消していた。
「くそっ!」
マルコは仕方なく、外から迫る敵の迎撃に専念する事にした。
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赤カモメ号の船内では、侵入してきた小型バグズの迎撃の為に、船員が奮闘していた。
通路にバリケードを張り、どこに仕舞ってあったのか重機関砲を持ち出し、応急陣地とする。
しかし、敵は重機関砲の直撃もものともせず、バリケードに突撃して来た。
一撃で、横たえたテーブルに角が突き刺さる。
「まずい。このままじゃ破られる!」
「おい、待て!」
乗組員の一人が、バリケードの外に刀を腰に下げた少女の姿を見る。
シイナだ。
その場にいた誰もが彼女に下がるよう呼びかけるが、シイナは聞く耳を持たない。
どころか、刀を抜き放ち、迫りくるバグズへと振りかざした。
刃を引き、バグズの頭が左右に割れる。
すかさずもう一撃を喰らわせ、確実にバグズにとどめを刺す。
「あの男との約定だ。犠牲者は出させない」
「す、すげぇ……」
乗組員の一人が呆けている間に、もう一匹のバグズがシイナの背後に現れる。
だが、シイナはそれを一刀の下に伏し、やはり先程の一体と同様に解体して見せた。
「残るは一匹。だが、狙いは恐らく……ッ!」
敵の狙いを察し、シイナはアルエの居る船室へと急いだ。
果たしてその読みは的中し、シイナが船室に入るや否や、その場に出現したサメフとかち合った。
シイナは一切の躊躇なく、サメフの首を落とすべく刀を振るう。
「やれやれ、進歩がないね」
案の定、シイナの一撃はサメフの眼前で止められ、刃はその不気味なまでに整った顔に届く事は無い。
しかし……。
「お前から、アルエを引き離せれば十分だ」
シイナに遅れて部屋に入ってきたザリアーナが、アルエを連れて船室から飛び出した。
事前にアルエを部屋から連れ出すよう、示し合わせていたのだ。
「逃がすものか」
「行かせるものか」
シイナの投げたナイフが、サメフの足元に突き刺さる。
その隙を突き、彼女は再度、刀を振るった。
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ザリアーナはアルエを連れ、カーゴへと向かう。
そこには、残されていた敵……バグズが待ち構えていた。恐らくはポーロが外に出た時に、ここに入り込んだのだろう。
そして、ここに潜んで待ち人を……アルエを待っていたのだ。
「……!」
バグズが、二人の美女に飛びかかる。
ザリアーナはそれを間一髪で避け、エアルフのコクピットへと飛び込んだ。
「生きてるかな、お姫様?」
「……何とか」
シートに座しつつ、ザリアーナは機体を起動させ、即座に機銃の銃爪を引いた。
カーゴの床に穴を幾つか開けながらも、バグズを蜂の巣にする。
「このまま外に出るよ。流石に護衛の二人だけじゃ、テリトリーから出てきた獣には対処出来ない」
「わ、分かった!」
カーゴの外に出て、ザリアーナは出会い頭に現れたアナンタの獣、ウィップズにブロア・アルファを撃ち込んだ。
だが、その背後から、鎌を構えた機械ともアナンタの獣ともつかない新たな敵が現れる。
ザディス。
その姿を認め、アルエは全身が凍るような感覚に襲われた。そう、これに囚われていた時の記憶が、感覚が、彼女に恐怖を与えているのだ。
しかし。
遅れてやってきた一世のオルベイルが、その拳をザディスの胸部へと打ち付けた。
「もう二度と、アルエには手を出させない」
その怒りを乗せた光の杭が、ザディスの右半身を貫き、吹き飛ばした。
人質も、能力も発動出来ないならば、これは所詮機械に取り付いたアナンタの獣でしかない。
ならば、対抗する手立ては幾らでもある。
だが、ザディスは右半身を再生させながら、バグズをその身から生み出してオルベイルへとけしかける。
「そうはいかない。僕達の目的の為にも、その娘は貰っていくよ」
そして、その胸部の結晶体には、黒衣の少年……サメフの姿があった。




