第三十五話 海の上で
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一世達を乗せた赤カモメ号は、ノヴァの外海に出て、ようやく一時の安らぎを得ていた。
攻撃が迫るエムスから脱出し、機雷原を抜け、軍艦とドンパチを繰り広げれば、ただ海の上を航海しているだけで平穏と言えるだろう。
ふと、一世がノヴァ大陸の方を見やると、遠方にまるで壁のように聳える巨大な山脈……壁峰が、その存在を誇示していた。
大陸にいた頃には気にも留めていなかったが、これ程までに大きな物がすぐ側にあったのかと、一世は大陸を離れて初めて気付かされた。
一世は実物を見た事はないが、ヒマラヤ山脈とエベレストも遠くからはこう映るのだろうか、と感慨にふける。
「うわぁ、凄いっすね、この大量の水!」
ネインも、初めて出た海に、テンションを上げている。
元々海沿いの街に住んでいた一世としては、海を渡る船など見慣れた物だったが、対するネインはこれまで砂の海で生活してきただけに、はしゃぐのも無理はなかった。
ましてや、これから大陸を渡って全く異なる環境を目の当たりにするとなれば、彼も一世達と同じく未知なる物に触れる側の人間となる。
「ノヴァから、水運国家マハリを経由し、レシェア大河を遡ってペラウン樹国に向かう。これが今後の私達の移動ルートだ」
そう言って、ザリアーナは地図を指差し、今後の移動ルートについて説明を始めた。
水運国家マハリは、レシェア大河に沿ように構築された国家だ。水運国家の名が示す通り、水運によって外貨を得ており、世界的な輸送網の中継地点としても有名だった。
そして、レシェア大河の上流に位置するのが、この世界最大の樹海と名高い、ペラウン大樹海だ。
「マハリからペラウンへ向かう場合、最短で行くなら水路がいいんだけど、生憎ベンスとの契約はマハリの玄関口、カワロまで。そこからはスートアーマーで歩いてペラウンまで向かう」
口で説明しつつ、ザリアーナは地図上のレシェア大河を指でなぞる。
「言っとくが、水路を使えたとしても、ペラウンとマハリの国境までが限界だ。ペラウンに上がりたければ、自力で何とかするんだな」
上がる、という言葉に一世は疑問の言葉を投げかける。
「ペラウンは巨大なテーブルマウンテンの上に国土を有しているんだ。そして、マハリとの国境にはレシェア大河に流れ込むレシェア大瀑布が存在している」
国境線をまたぐ大河の部分を指でつつき、ザリアーナは一世の疑問に応えた。
「船長さん、会議中すまないが、こっちに何か向かってくるみたいだ」
船外で見張りをしていたマルコが、無線で赤カモメ号に接近してくる物体の存在を報せた。
ベンスはアガトラの追手と考え、すぐに操舵室へと向かい、舵を取った。自動航行では、どの道追いつかれるからだ。
船のスピードを上げ、追手を振り切ろうと試みるベンスだが、敵もかなり速く、中々振り切れない。
そこに、マルコから追跡者の存在についての続報が届く。
「敵は青銅色! アナンタの獣だ!」
獣が、目視で確認出来る距離まで接近する。
その姿は、何処かザリガニやロブスターを思わせる物があったが、体色はやはりアナンタの獣特有の青銅色だ。
ザリアーナ曰く、あの獣の固有名称はクラブズ。水場での活動を目的とし、年に幾隻もの船を沈めている難敵だという。
クラブズが、赤カモメ号に肉薄し、ハサミの付いた腕で船体にしがみついて来た。
「船を押し潰すつもりか……先生がた、やっちまって下さい!」
ベンスの号令と共に、赤カモメ号のカーゴが開く。
「全く、ここでアナンタの獣とはね!」
マルコとポーロが、愚痴をこぼしながらも機体に乗って出撃する。
カーゴから出たマルコ機のマシンガンが、船体に取り付いたハサミを撃ち抜く。
その一撃によってダメージを受けたクラブズが赤カモメ号を手放す隙を突き、ベンスは最大速度でその場から離脱する。
だが、敵の追跡は止まらない。
「執拗に狙ってくる……やっぱり、私を狙ってるんだ」
船窓から追跡者の姿を見やり、アルエは自分に身についてしまった体質を疎んじた。
これからも、こういう事が続くのかもしれないと考えると、以降の旅にも不安を抱かざるを得ない。
「俺達も、加勢した方がいいか?」
「案ずるな。今のお前達はお客さんだ、この場はプロに任せて、じっと席に座ってろ」
一世が加勢しようとするが、ベンスは船をコントロールしながらそれを制する。ベンスの言葉に、一世は渋々ながらも従う。
それに、一世が加勢するまでも無く、決着はついた。ポーロがロングライフルでクラブズの頭を撃ち抜き、異形の甲殻類がその身を大海へと沈めたのだ。
「やったか!」
マルコがそうつぶやき、敵が海上に上がって来ない事を確認する。
一世とアルエはそういったセリフは仕留め損なった敵の襲撃を受けるからやめておいた方がいい、と心の中でマルコに突っ込みを入れる。たが、敵を倒したのは紛れもない事実であり、赤カモメ号のソナーも、海中に目立った動態反応が無い事を改めて確認した。
その事実に、一行は溜飲を下げる。
だが、船体に追ったダメージを確認する必要性から、船は予定進路を外れ、近場の無人島に錨を下ろす事になった。
調査はクラブズに掴まれた部分を中心に行われ、十分もしない内に結果が出る。
幸い、機関部などに損傷もなく、浸水の危険性も少なかったが、船の速度は三十パーセント減退するという結果を受け、やむなく損傷部分の修理を行う事になった。
マルコとポーロが周辺警戒を行う中で、赤カモメ号のスタッフ総出で修理が行われる。
修理完了まで、せいぜいニ時間弱。
一世達も、その間に再度の敵襲に備え、準備を進める事にした。
……しかし。
「船長さん、修理は早々に切り上げた方がいいかもしれないぞ」
島の周囲を確認していたマルコが、出逢いたくもない代物と遭遇し、皆に危険を報せるべく通信を送ってきた。
赤カモメ号の停泊している無人島は、岩肌を晒し、植物も殆ど生えていない。
それもそうだ。
そういった場所には、必ず「先客」が存在しているからだ。
この島は、アナンタ因子の温床。島の中心にある窪地には、アナンタの獣の繁殖場……テリトリーが広がっていた。




