第三十四話 運び屋ベンス
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ベンスの船に案内され、一世とザリアーナは整備の行き届いた設備に感銘を受けた。
ネインの砂上船も、ハンドメイドでありながらそれを感じさせない出来栄えだったが、構成部品にジャンク品が混ざっていた事もあり、エンジンや舵が機嫌を損ねる事も多かった。
一方でベンスの船は、何度も塩風に揉まれ錆も所々浮いているが、機械部品の手入れは行き届いており、持ち主をして「直線距離ならこの海で、最も速い」とまで言わしめている。
船は二つの船体をアーチで繋げたような双胴構造をしており、船体の間に大型のカーゴを抱えている。
カーゴには、スートアーマーを五〜六機は詰め込めるだけの余裕があった。
「ようこそ、我が赤カモメ号に」
ベンスに言われるまま船に乗り込んだザリアーナと一世は、早速ベンスと仕事の話に取り掛かった。
無論、事情が事情だけに、獣憑きになったアルエやアルカニック・ギアについては伏せた上で、だ。
「なるほど、お客さん五人にスートアーマーが三機をゾリャー大陸まで、ね」
「ああ。行き先はマハリまでで構わないよ」
「あそこまでは何事も無ければ三日程度だな。ちょっと待ってな……」
依頼内容を確認し終えると、ベンスはすぐに電卓を叩き銭勘定を始める。
「スートアーマー三機は結構な大荷物だし、ざっと五万といった所だな」
「生憎、こちらの出せる額にも限度があってね。二万五千で頼みたいんだ」
ベンスの提示した金額の半分を払うと言うザリアーナ。だが、ベンスも引き下がる訳にはいかず、四万と少し値を下げて来た。
ザリアーナは三万を提示し、ベンスは間を取って三万五千で手を打つと言ってくると、彼女はそれで快諾した。
「まったく、逞しい女性だよ、アンタは」
その後、ベンスとザリアーナは詳細な航海プランを検討しあい、出発は二日後の朝という事で最終的に合意した。
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翌日。まだ日の上がらない早朝。
甲高いサイレンの音が、突如としてエムスの街に響き渡った。
それは、アガトラ軍の襲撃を知らせる避難警報。
この襲撃に一番驚いていたのは、ザリアーナとベンスだった。二人の予想では、攻撃は三日後だという結論が出ていただけに、この急襲に対して困惑の表情を見せずには居られなかった。
一世達は、ベンスの船に集合すると、彼の指揮のもとすぐに赤カモメ号に荷物の積み込みを始める。
「ちょっと、出発は明日だった筈でしょ?」
「予定が変わっちまったんだよ、お嬢さん」
ベンスがそう言って、アルエを船内にエスコートし、その後ろにネインが続く。
ネインは自分の船と別れる事になるのを名残惜しく思っていた。どちらにしても、砂上船で海は渡れない為、ここに置いていくしかない事は理解していたが、その覚悟を決める時間は、理不尽にも奪い去られた形となった。
再びここに戻って来て、船が無事であるかは運次第。そう考えると、彼の目尻から熱いものが流れ落ちていた。
「ここの人間は、守らないのか?」
一世に、シイナが聞いてくる。いつぞやの意趣返しか、と考えるが、一世は「少なくとも、必要な時を除いて人間とは戦わない」とだけ答えた。
「スートアーマー乗りの人らは、各自の機体で船に乗り付けてくれ。それで荷物を抱えた方が、時間の短縮にもなる」
ベンスのその言葉に一世達は従い、効率的な荷運びによって赤カモメ号の出航準備は僅か三十分足らずの間に終了した。
「よし、赤カモメ号、出航だッ!」
エンジンがけたたましく唸りを上げ、そこから生じた動力が船尾のスクリューを回す。
「おぉーい! 俺らを忘れんなって!」
そう言って、マルコとポーロの二人が、愛機であるフォウォレと共に船に飛び乗って来た。
「おいおい、何のつもりだお二人さん」
カーゴから顔を出したザリアーナが、首を傾げる。
「あ、そうだった。そこの二人には、道中の護衛頼んでたんだわ。ウチの船は基本非武装だからな」
「そういう事だ。よろしく頼むぜ御一行」
一世達は、皆口を揃えて「聞いてない」とマルコとベンスに突っ込んだ。
恐らくは、ベンスがザリアーナと契約を交わした後に護衛を依頼したのだろう。そこにこの騒ぎが重なり、連絡が行き渡らなかったと考えれば、無理もない。
「お客さん達。お喋りを楽しむのはいいが、前方に注意だ」
ベンスの言葉に反応し、一世は船の進行方向に視線を向ける。まだ日が登りきっておらず、視界も暗いが、モニターには多数の金属反応がある。機雷が、湾の出入り口を塞ぐように展開されていた。
機雷原までまだ距離はあるが、しかしベンスは進路を変えようとはしない。むしろスピードを上げて、まっすぐとそこに突っ込んでいくではないか。
「一気に突っ切るぞぉッ!!」
ベンスが叫ぶと、舵の脇にあるスイッチを勢いよく押した。
船首から、ワイヤーのようなものが飛び出し、機雷原に飛び込んでいく。
爆導索だ。
それが機雷に接触すると、周囲を巻き込んで連鎖反応的に爆発し、進路が開かれる。
「なんて無茶苦茶な?!」
「そうしないと、この商売はやっていけないんでね」
一世の言葉にそう応えつつ、ベンスは進路を調整しながら、赤カモメ号を機雷原へと突入させた。
通り道は船幅ギリギリ。少しでも進路を外れたら、この船は木っ端微塵に吹き飛ぶだろう。
だが、ベンスの手慣れた舵取りによって、赤カモメ号は機雷原に開いた穴を寸分違わず突き抜けていく。
そうこの船は、彼にとって商売道具であり、手足の延長線にあるようなものなのだ。
一世達はその操舵技術に息を呑み、その間に赤カモメ号は機雷原の突破に成功する。
だが、機雷原を抜けたと思ったら、今度は湾の外からアガトラの軍艦が姿を現わす。
軍としても、港から逃げ出そうとしている存在、ましてや機雷原を突破して来たそれをみすみす見逃すような事はしなかった。
「停船せよ! こちらには貴船を攻撃する用意がある!」
「定型文通りの警告だな」
当然、ベンスはその警告をスルーした。主砲が、赤カモメ号の方へと向けられる。
砲撃が、船の後方に放たれ、巨大な水柱を生み出す。
その衝撃と轟音、そして振動に、アルエは思わず悲鳴を上げる。
「威嚇射撃だ。向こうも今の所はこっちを沈めるつもりは無い!」
アルエに対して、ベンスが怒鳴る。
「それに、こういう時の為に護衛の方々が居るんだよ」
そう言いながら、ベンスは船首に視線を向ける。そこでは、ポーロのフォフォレがロングライフルを構えていた。
単眼を思わせるカメラ・アイは、静かに獲物を見定めているように見えた。
そして、物干し竿もかくやという長砲から、弾丸が一発、放たれる。
弾丸は主砲の砲口へと入り込み、そこから弾薬に引火。砲塔を吹き飛ばした。
「今だ!」
ベンスがその隙に舵を操り、主砲を無力化した軍艦の艦尾へと接近する。
「何で近付くんすか!?」
ネインが叫ぶ。ベンスは「ポーロの指示だ」と言って黙って事の顛末を見守った。
ロングライフルのリロードを終え、ポーロは再び狙撃体制を取る。
軍艦の艦尾、そこにある舵と推進用のスクリューを破壊する為だ。
それさえ破壊してしまえば、相手は追ってこれなくなる。
ポーロが銃爪を引くと、軍艦の尻から大きな水柱が上がった。
艦尾から、黒煙が上がり、軍艦は航行不能に陥る。ベンスはそれを好機と捉え、全速力で軍艦から離脱した。
「全く、まるで海賊だ」
事を終え、一世がその荒々しいやり口に愚痴をこぼす。
だが、ベンスは「俺達は海賊とは違うぞ」と言って一世の頭をくしゃくしゃとかき回した。
あまりにも激しい手付きなせいか、髪を留めていたヘアゴムが床に落ちる。
「俺達は仕事の為とは言え相手の荷物は奪わない。そこが海賊との大きな違いだ」
「そういう、もんですか」
一世はため息交じりにそう答えつつ落ちたヘアゴムを手に取り、ボサボサの髪をゴムで束ねた。




