28 剣術大会 優勝者達
武士階級の優勝者は北部の広大な領主の次男坊ギルギットという生真面目そうな青年だった。
兄がすでに家督を継ぎ、今は副領主として補佐しているが、やがてはその息子達にとって代わられ、辺境に追いやられるのは目に見えていた。
そして辺境に行くには惜しい武と智を兼ね備えた男だった。
平民階級の男は大商人の、こちらは五男坊で継ぐべき家も財産もなく、かといって金に困る事もなく、気儘に好き勝手に悪さもしてきた不良青年という感じだ。
ラワビンディという名の浅焼けた男は、声がでかく品も無いが、どこか真っ直ぐで憎めないタイプだ。
裏社会の人脈はかなりあるらしい。
(この二人は使えるな)
アショーカと側近三人が面談し、その日のうちにギルギットはサヒンダの補佐官として、ラワビンディは衛兵の隠密部隊への入隊を言い渡した。
次に奴隷階級で優勝した覆面男が部屋に入ってきた。
近くで見ると、案外華奢な男だ。
背はアショーカよりも低く、ヒジムと同じぐらいか。
しかしヒジムよりは肉付きはいいように見える。
なにぶん体中を衣装で覆っているので分からない。
「覆面を外せ。顔が分からぬ」
アショーカが命じると男は首を振った。
「ご容赦下さい。
私は幼き頃ひどい火傷を負い、顔も体も引きつれ、太守様のお目を汚す容姿なのでございます」
「火傷だと? 構わぬ。
俺は戦場で無残な死体も多く見てきた。
少々の火傷痕を見た所で驚かぬ。
見せてみよ」
「顔はどうかご容赦下さい。
されどお疑いであるのなら、左腕だけでもお見せ致しましょう」
男はそう言うと、左腕の袖をまくり、ぐるぐるに巻かれた包帯を外し始めた。
厳重に巻かれた包帯の中から赤く引きつったケロイドの腕が現れる。
所々抉れたようにへこみ、その火傷の酷さを物語っていた。
アショーカはその腕を覗き込み、それから、覆面から僅かにのぞく黒く真っ直ぐな大粒の瞳を見つめた。
「なるほど。ひどい火傷だな。
だが目の周りは無事だったようだな。
美しい目をしている。
火傷がなければ美しい男だっただろうに」
素材が美しいだけに、なお残酷さが増す。
「すべてはすでに失ったもの。
もはや人並みな幸福など望んでおりません」
男は静かに告げる。
「では何を望む?」
アショーカの問いに男は澄んだ視線を真っ直ぐ合わせた。
「ただ武功のみを」
「武功か。武士階級になりたいのか?」
「いいえ、騎士団のトップに」
「騎士団の? 誰か目指す者でもおるのか?」
「はい。そちらにおられるヒジム様を目標に致しております」
「ヒジムを? 珍しいヤツだな」
アショーカは後ろに控えるヒジムを見た。
「どういう意味だよ。
僕に憧れるヤツは多いんだからな。
なんせ剣の腕だけでも凄いのに、その辺の女より美しいんだから」
ヒジムはフンと息巻いて腕を組んだ。
「まあ奴隷階級ならどちらにせよ騎士団の所属になる。
そういえば名前を聞くのを忘れておったな」
「ルジアと申します。
幼き頃に捨てられ、シュードラの村を転々としてきました。
家族と呼べるものもございません」
「ふむ。今日帰る所もないという事か。
このまま今日から騎士団に入るか?」
「そうして頂ければ助かります」
「では折角だからヒジム、お前が面倒を見てやるか?」
多分嫌な顔をするだろうと思いながらアショーカはヒジムを見た。
ミトラの事は珍しくよく世話しているが、そもそも人を傍に置くのが嫌いな性質だ。
しかしヒジムはしばし考え込んでから、二つ返事で請け負った。
「いいよ。ちょうど身の回りの世話をしてくれる子分が欲しかったんだ。
僕の個室の従者部屋を使っていいから雑用を頼んでいい?」
この提案には、さすがにみんな驚いた。
「部屋に人を入れたがらないお前が珍しいな。
どういった心境の変化だ?」
だからサヒンダとトムデクにはそれぞれ専用の下僕がついているのに、ヒジムの従者部屋だけは空室になっていたのだ。
サヒンダが真っ先に不審がる。
「べっつに。
アショーカが人使いが荒いから身の回りの雑事に手が回らないだけだよ。
僕、綺麗好きだからさ、部屋が片付いてないと落ち着かないんだよ。
たくさんの衣装や宝飾もきちんと手入れしたいしさ。
ルジアだっけ? 出来る?」
「は、はい。片付けは得意です」
願ってもない事だったらしく、どこか暗い雰囲気だったルジアの目に明るい光が横切る。
「じゃあ早速今から僕の部屋片付けといて。
騎士団に案内させるから」
「は、はいっ。分かりました!」
ヒジムは外に控える騎士団の一人を呼んで指示を与え、ルジアはそそくさと出て行った。
アショーカ達はそれを見送り、すぐにヒジムを質問攻めにした。
「お前よく初めて会ったヤツを部屋に入れるな。
ただの盗人だったらどうするんだ」
「そうだよ。
ヒジムは高価な宝石もたくさん持ってるのにさあ」
トムデクが心配する。
「お前らしくないな。何を企んでる?」
サヒンダはひたすら怪しむ。
「企んでなんかないよ。
でも彼は宝石を盗んだりなんかしないよ。
そんな事を望むなら、剣術の試合なんか出ないでしょ?」
「それはそうだが……刺客とかだったらどうするんだ?
素性も分からないんだぞ」
「大丈夫だって。
彼の事は僕に任せといて」
「なんだよ。親に捨てられたって聞いて、自分の境遇と重ねてるのか?
だからと言って、いきなり信用しすぎだろ?」
「まあ……気をつけるよ。
いいから次呼ぼう。
早く宴会に戻らないと、いい加減スシーマ王子も怒り出すよ」
アショーカは仕方なく次を呼んだ。
最後は騎士団で優勝したウソンだ。
この男のために今日中に面談したのだ。
次話タイトルは「剣士 ウソン」です




