27 祭りの後の思惑
夜には主だった貴族や部族長を交えた宴会が開かれた。
これには大勢の女官や踊り子達が参加して、おおいに盛り上げるのだが、貴族や良家の女が出席する事はない。
ヒンドゥでは妻や娘を人前に晒すのを極端に嫌う習性がある。
特に酒の席には絶対出さない。
ミトラも部族長といえども却下され、それでなくとも今はサヒンダと顔を合わすのも恐ろしいという事もあって、大人しく部屋に帰った。
ヴェールを外し、部屋の窓から夜闇の広がる中庭を見下ろす。
今日はいつもより多くの篝火が焚かれ、踊り子達の音楽とあちこちから聞こえる笑い声が賑やかだ。
ミトラはほうっと息をつく。
「お疲れになりましたか?」
ソルが湯浴みの準備をしながら尋ねる。
「そうだな。でも楽しかった。
ソルも少しは式典に参加出来たのか?」
今日は、ソルにとっては久しぶりの休日だった。
「ええ。城外に出てパレードを見る事が出来ました。
それに町を少し散策出来ました。
たくさんの屋台が出て、楽しかったですよ」
「町を散策したのか?
どうであった?
私は宮殿の外に出た事がないのだ」
パレードで象の上から垣間見る事は出来たが、ほとんど人ごみしか見えなかった。
「シェイハンでは見た事のない食べ物や品々がたくさんあって、面白かったですよ。
そうだわ、こんな物が売ってたので買ってしまいましたわ」
ソルはふと思い出したような素振りで、平たい石を差し出す。
「これは……」
手の平ほどの大きさの石には、色粉を使って人の顔のようなものが描かれていた。
白い顔に茶色の髪を右肩に垂らし、藍色の瞳が涼やかな男性の姿。
頭には羽飾りのついたターバンと白い礼装。
「スシーマ王子?」
「そうでございます。
木簡に描かれた物もありましたわ。
村娘達が買い漁り、すべて飛ぶように売れてましたわ」
パレードの女達の騒ぎを思い出す。
そして白い礼服のアショーカを思い出して頬が染まった。
思い出しただけで胸が苦しくなる。
アショーカには気分が悪くなると言ってしまったが、もっと複雑な想い。
甘い惚粋と危険な警告。
時間と共に警告が強くなり、やがてすべての想いはどこかに霧散してしまう。
手放したくなくて、必至に胸の奥に滞めようとするのに、微かな塵を残して消え去ってしまう。
しかし、その微かな塵が少しずつミトラの心の奥深くに積もり始めていた。
これだけは手放すまいと、必至で死守する想いの残像……。
しかし、それが何なのか理解するにはあまりに淡いほのかな欠片だった。
ソルはしかし、ほのかに染まったミトラの頬がスシーマに対するものだと思った。
(普通はそうですわよね)
アショーカ王子よりもスシーマ王子の方がいいに決まっている。
王子の絵姿にしても、アショーカ王子の物もたくさん売れてはいたが、やはり一番人気はスシーマ王子だった。
気性の激しそうなアショーカ王子よりも、ソフトで大人なスシーマ王子の方が人気もあれば、将来も安泰だ。
「ミトラ様。
これはミトラ様のために私、他の女を蹴散らし、買って参りましたの。
差し上げますわ」
ソルはスシーマの平石を差し出す。
「え? そなたの給金で買ったのだろう?
私はいいからそなたが持っていればいい」
そもそも亡くなったアロン王子の肖像とは違って、そんなものを欲しがる意味がミトラには分からない。
「いいえ。これはミトラ様がお持ち下さい。
私からの贈り物ですわ。
どうかミトラ様の幸福な未来のために受け取って下さい」
「私の幸福な未来?
それとこの絵が関係あるのか?」
「ええ、ありますとも。
今は幼く無垢なミトラ様には分からなくとも、いずれ分かる時が来ますわ。
ですからどうか受け取って下さい」
ソルはミトラの手を取り、石を乗せた。
「そうまで言うなら、分かった。
ありがたく頂く事にしよう。
お守りのようなものなのか?
では私はアショーカの絵を買ってきてそなたに贈ろうか。
強力な護符になるぞ」
魔王ラーヴァナさえ撃退してくれそうだ。
「け、結構ですわ!」
ソルは慌てて断る。
どうせならスシーマ王子の方がいい。
本当は自分用にも買おうと思ったほどなのだ。
※ ※
その頃アショーカは宴会を抜け出し、太守室で今日の剣術大会の優勝者と面談をしていた。
宴会の主役ではあるが、スシーマ皇太子に取り入りたい貴族も多く、娘達の縁談話に取り囲
まれているのを幸いに抜けてきた。
今日の内に面談を済ませておきたい理由があった。
次話タイトルは「剣術大会優勝者達」です




