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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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26 サヒンダ乱心

「うわあああああ!!!」

「やめろおおお!!」

「弓を触らせるなあああ!!」


 全員が駆け出す。


「え?」

 雪崩れのように駆け出してくる男達に、大弓に足をかけて矢を引いていたミトラが 驚いて手足を離す。


 突然緊張を解いた大弓は弓ごと頭上に舞い上がる。


「うわああああ!」

 弓と矢はミトラの頭上に舞い上がり、一直線にミトラ目掛けて落ちてきた。


「アッサカ!!!」


 視線の端に捉えたアッサカの名を呼んで、アショーカはミトラを庇うように飛びかかる。

 アッサカはヒラリと飛んで剣の背で矢と弓を弾き飛ばす。

 あさっての方向に飛んだ弓と矢をヒジムとナーガが、はしっと受け止めた。



 一瞬静寂が広がる。

 


 そして誰からともなく、安堵の長いため息が漏れた。


 アショーカに一歩及ばなかったスシーマは、ほっと息をついてミトラの側に座り込んだ。


「あの……?」

 自分の周りに群がって、それぞれため息を漏らす男達にミトラは呆然とする。


「おま……お前は……お前というやつは……」


 ミトラの体を覆っていたアショーカは起き上がり、怒りに顔を引きつらせている。


「ご、ごめんなさい。

 あの……弓を引くマネをするだけのつもりだったのだが、みなが怒鳴るものだから驚いて……」


 言いたい事は山のようにある。

 ありすぎて言葉が出てこない。

 いまだかつて戦の時ですら、これほど慌てふためいた事はない。


「に、二度と武器に触るな!

 小刀ですら手にするな!

 そなたらにも伝えておく。

 ミトラに武器を触らせた者は死罪だ。

 分かったな!」


 アショーカはミトラと周りの男達に命じる。

 衛兵達は青ざめたまま深く頷いた。


 そんなアショーカとミトラに、ただならぬ殺気の男が近付く。


 ブルブルと体を震わせ、肩をいからせる。

 地から湧き出る冷気に鳥肌が立つ。


 突如として常夏のタキシラに場違いな冬を呼ぶ寒気かんき


 男の影がアショーカの背を覆い、次いでミトラの体に黒い闇を広げる。


 その恐ろしい形相に、はっと気付いてミトラは蒼白になった。

 振り向いたアショーカも、その常軌を逸した殺気に、冷や汗を流す。



「ミトラ様あああっっっ!!!」



「は、は、はいいっっ!」

 久しぶりに聞く叱責にミトラは反射的に姿勢を正す。


「ま、まて……落ち着け、サヒンダ……」

 アショーカが慌ててとりなす。


 貴公子のような顔をアッサカよりも恐ろしいインドラの形相に変えて、サヒンダがミトラを睨み付けていた。


「これが落ち着いてられますかああっっ!」


「いや、気持ちは分かる。だが落ち着け」

 ワナワナと震えるサヒンダをなんとか落ち着けようと間に入る。


「もうミトラ様には近付かないつもりで、今日一日……我慢に我慢を重ね……、何度も何度も目を瞑り……腹の底から湧き上がる怒りを抑えに抑え……今の今まで耐えて参りましたが……もはや……もはや限界っっ!」

 サヒンダの握り締めた両手が怒りに震えている。


「わ、分かった。

 分かったからそう怒るな」

 アショーカが必至に宥める。


「これが怒らずにいられますかああっ!

 いい加減にして下さい!

 ミトラ様っ!

 あなたは式典をぶち壊すつもりですかっっ!

 次から次へとトラブルばかり起こしてっ!

 人が黙っていれば勝手な事ばかり!

 勝手な事ばかりっ!」


「ご、ごめんなさいっっ!」


「謝って済む事と済まない事があります!

 今度バカな事をしたら、縛り上げて部屋から一歩も出さないようにしますよっ!

 分かりましたかっっ!」


「は、はいいっ!」

 ミトラは地面に正座をしたまま叫んだ。


「サヒンダ、何もそこまで言わなくても……」

 普段自分が言ってる事も、人が言うと気の毒になるものだ。


 しかし怒った時のサヒンダは無敵だった。


「アショーカ様っ!

 あなたもあなたです!

 あなたが甘やかすからミトラ様が勝手な事ばかりするのです!

 女に甘いのもいい加減にして頂かないと私にも考えがございます!」


「か、考えとは何だ。

 いや、言わなくていい。

 分かったから。

 これからは気をつけるから。

 そう怒るな。サヒンダ、な?」


「いいえ、もうアショーカ様のその言葉には騙されません!

 私は決心致しました。

 ミトラ様には今後近付かないと宣言致しましたが、あれは撤回させて頂きます。

 今後は逐一ちくいち目に付くたび、小言と嫌味を言いまくり、小姑のごとくいびり倒す事に致しました。

 どうぞお二方共、覚悟頂きましょう」


 ミトラとアショーカは青ざめる。


 ヒジムは、しかし、くくっと笑い出す。


「やっぱり今日一日持たなかったね。

 はい、サヒンダ乱心に賭けた僕の勝ちね。

 みんな一パナずつ払ってね」


 ヒジムは嬉しそうに騎士団からお金を集める。


「ヒジム――――っ! 何の賭けだああっ!」


 サヒンダが怒鳴って、ついに堪えきれず、みんな笑い出した。



次話タイトルは「祭りの後の思惑」です

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