表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
54/58

ハクアパンチは破壊力

 ハクア=リカミリアが魅惑(チャーミング)のギフトを取ったのは、6歳で初めてギフトを取ったときだった。

 別に友達がいなかったとか嫌われていたという訳ではない。

 ハクアは幼い頃から天使のような可愛らしさで、また、どうすれば人の好意を集められるか生まれながらにして分かっていた。 


 それに騙されなかったのは、彼女の父だけである。

 父、オクタ=リカミリアは、ハクアが生まれた頃には既に探索者からは引退していたが、それでも講演や新技術の意見番として引っ張りだこだった。

 父自身もそれに意欲的であり、将来有望な人材や新しい道具が発見されたと聞くやいなやそこへ向かっていたので、家にはほとんど寄りつかなかった。


 ……そしてどうやら自分は、その「将来有望な人材」として見られていないようだった。

 だから、彼女は父の気を引いてみたかったのである。


「お父さま!」


 魅惑(チャーミング)のギフトを取得したハクアは、久しぶりに帰ってきた父に、それを使って精一杯媚びた笑みを浮かべた。


 ――その時彼がハクアへ向けた、くだらないものを見るような視線。

 それを、彼女は未だに覚えている。



 ◇◆◇◆◇



 ハクアは苛立っていた。


「また行き止まり……」


 4階までは順調だった迷宮進行が、ここに来て急に行き止まりにばかりぶつかり始めたからではない。

 その度に一緒にいる少女達が、「何か」よく分からない間を生むからだ。


「今日はやたら多いわね」


 前を進むモズがついといった調子で愚痴る。


「……マッピングが無いから」


 それに、ハクアの横に立つアルフィナが答えた。


「別に、あいつがいたからって何とかなる訳じゃないでしょ」


 可能性は頭に浮かんでいるのだろう。モズは不機嫌な調子でそう返す。

 どうやら彼女達は行き止まりに当たる度、「彼」のことを考えていたらしい、 


 マッピングのスキルは今まで通った経路などを記憶しておくギフトだ。

 だが、学園から迷宮へ続くポータルは出現位置が複数ランダムにあるので、初めて通る場所で行き止まりに当たってしまう可能性は防げない。

 

「それでも、構造上行き止まりしかなさそうな場所は教えてくれたからな」


 フランチェスカがアルフィナをフォローするように呟いた。

 とはいえ彼女自身が彼を求めている事は、口調にも表れている。


「ヒラク様もちょっとずつ地図を作っているらしいんですけど、跳ばされる位置の座標? とやらが分からないと役立つ物は作れないらしくて」


 申し訳なさそうに、妖精が呟く。

 モズは警戒していたが、ハクアにとっては彼女など興味の対象外だ。

 神業云々は関係なく、四六時中このやかましい生物と生活するなどハクアには耐えられそうにない。 


「……に、しても多い」


 かと言って、今ぼそりと呟いた陰気な少女と暮らすのもごめんである。

 息が詰まる。

 彼女がしばらく同居すると聞いてプチ家出を敢行した自分の判断は、正しかったと言わざるを得ない。

 どうして父は、このような変わり者にばかり目をかけるのか。

 不思議で仕方がない。


「もしかしたら彼は長く迷宮に潜ることで、階段発見のコツを掴んでいるのかもしれないな」


「はぁ?」


「植物も長いこと迷宮の魔力に晒されると変化するという。もしくは人間である彼も、幼少の頃から長時間迷宮に潜ることで迷宮に適応した迷宮新人類に……」


「無い。絶対無い。アンタはアイツを買い被り過ぎ」


 ハクアの疑問を増幅させるような阿呆な会話をかわしてから、二人はこちらへ振り返る。 


「まぁ、仕方がないな」


 肩をすくめ、フランチェスカがハクアの横を通り過ぎる。


「仕方ないわね……何よ」


 同じく通路を引き返そうとしたモズが、ハクアの顔を見て怪訝そうな顔をした。


「何が?」


「ブーたれた顔してるわよ」


 理由が分からず首をひねるハクアに、彼女は唇を尖らせて正に「ブーたれて」見せる。


「し、してないよぉ」


 そんな不細工な表情は、生まれてこの方したことがない。

 それでも不安になって、ハクアは思わず頬を押さえた。


「なら、良いけどね」


 彼女の顔をじっと見てから、モズは鼻から息を吐いて横を通り過ぎた。

 ハクアも遅れてそれに続く。


 まさか本当に、表情に出てしまっていたのだろうか。

 頬を揉みながら、ハクアは考える。

 ハクアの苛立ち。その原因はこの場にいないあの男――ヒラク=ロッテンブリングだった。


 リンド婆が例の予言をしたのは本当だ。

 だが、その探索をハクアが父に依頼されたなどというのは真っ赤な嘘である。

 あの父が、ハクアを当てにすることなど無い。


 リンド婆特製の予言書。それを日頃から父の部屋で盗み見していた彼女は、今回の機会にそれを利用したに過ぎなかった。

 いや、ここまで自分に都合が良い予言が為されていたということは、神がハクアにチャンスを与えたのだと思ったのだが……。


「……あと三十分ぐらい」


 鞄の中から時計を取り出したアルフィナが、無感情に呟く。

 チャンスであるはずの時間が、何の成果もないまま過ぎようとしている。


 チャンス、そう、チャンスだ。

 父に特別スカウトされたモズやアルフィナ。そして彼がもっとも注目しているヒラク=ロッテンブリング。他一名。

 彼らの仲を引き裂き、あまつさえ父所望の神器を自分が見つけてしまうチャンス。

 神器が見つからなかったとしても、今回でハクアの有用さを植え付けてしまえばパーティーに楔が打てるはずだった。


 やはり普通の回復役。普通の補助要員がいた方が探索が楽だ。

 モズ達にそう思わせてしまえば、即座にとはいかずともパーティーの仲はギクシャクする。

 そうなれば後はどうとでもなる。そんな算段だった。


「ヒラク様。お腹すかせてないでしょうか」


「……あんだけ腹パンパンならしばらく平気よ」


「完全に水袋と化していたがな」


 それなのにこの連中ときたら、ヒラクヒラクとあの男ばかりを当てにする。

 自分と彼のどこが違うというのだ。


 人の後ろについて、楽をして得をする人間。

 その点は自分と彼に変わりはない。

 むしろ自分の方が役立つはずだ。


 それなのに彼は少女達に信頼され、そして、父に期待されている。

 理不尽だ。非常に理不尽だ。

 その上彼は、自分がせっかく同類だと認めてあげてアプローチをかけても、頑なな態度を崩さない。

 なんたる傲慢であろうか。


「ちょっと」


「ふぇっ!?」


 ハクアがぶちぶちと考えていると、いつの間にかモズが足を止めていた。

 それに気づかなかったハクアの胸が、モズの頭へと当たる。


「何してんのよ! 鈍くさいわね」


 おそらく怒りポイントが複数あったのだろう。

 振り返ったモズが牙を剥き出す。


「あ、あはは」


 誤魔化し笑うハクアだが、彼女にも言い分はある。

 まず、自分は鈍くさくなど無い。

 優秀な探索者である父の血を受け継いだ影響で、運動だって人並み以上にできるのだ。

 探索中、人に守ってもらうようなポジションにいるのは、あくまでも楽をするためである。

 そして……。


「……ホントに大丈夫?」


 つらつらとハクアが自己弁護を続けていると、気がつけばモズがこちらの顔をじっと見つめていた。

 他の少女達も足を止めている。

 その瞳に浮かぶのは、同様に気遣わしげな色。


 ハクアはモズが好きだった。

 男たちに貢がれ守られている自分。

 その横に効率を出そうと一人空回っている彼女を置いておくと、人生の素晴らしさをより実感できるから。


 そんな彼女が、自分を哀れんだ目で見ている。

 そう思うと、ハクアの中に制御不能な激情が沸いてきた。


「大丈夫だって言ってるでしょ!」


 我慢できず、彼女は叫びとともに再び壁を叩く。

 すると――。


 ボゴォ! ととんでもない音が鳴り、何者にも壊せないとされてきた迷宮の壁 に穴が空いた。


「ハ、ハクアさんが壊した!」


 いけないんだ! とでも言いたげにリスィが壁を指さすが、あり得ない出来事にハクアを含めた周囲の少女達は呆然とし、動くことさえできない。


 しばらくの沈黙。一番先に立ち直ったのは、フランチェスカであった。

 彼女は壊れた壁に近づくと、その穴から首を突っ込む。


「見ろ。この先に通路が続いている」


 壁にめり込んだような状態のまま、フランチェスカはそんな報告をした。


「アンタが邪魔で見えないわよアホ」


 そんな彼女の尻をぺちんと叩いて、モズが退くよう促す。

 

「ひゃっ! ちょ、ちょっと待て今ので髪が引っかかって……」


「あぁもうめんどくさい! 穴広げるわよ!」


「ひ、広げるって……!?」


 悲鳴を上げるフランチェスカの尻に、業を煮やしたモズが大剣の腹を向けて振りかぶる。


 そして――。


「……隠し通路」


 松明をかかげたアルフィナが、遺跡に空いた人間大の穴を照らしながら呟く。

 その先には岩壁の通路が延々と続いていた。


「アンタ……これを見つけるためにさっきから壁叩いてたの?」


 散々フランチェスカと喧嘩した後で、少々やつれた様子のモズがハクアに尋ねた。


「え、あ、うん……」


 未だにショックから立ち直れず、そんなに頻繁に叩いていた訳ではないと弁明するのも忘れ、ハクアは頷いてしまった。


「なるほど……。確かに我々だけでは見つけられない仕掛けだったな」


 一方で尻をさすりながらフランチェスカが呟く。


 迷宮の壁に隠し通路が存在する例はいくつかある。

 しかしそれを探す労力が成果に見合うことは少なく、調査する人間も稀である。


「あはは……」


 ハクアが待望していた、彼女の手柄である。

 しかしきっかけがきっかけなので、素直に喜ぶことはできない。


「ええと、それじゃぁ神器をゲットしちゃおっか」

 

 それでも表情筋をかき集め笑顔を練り直したハクアは、一行を促した。

 神器さえ手に入れば、きっと後はどうとでもなる。

 自分に言い聞かせるように、心の中でそう呟きながら。



 ◇◆◇◆◇



 通路の先は、緩い下り坂が続いていた。

 天井はフランチェスカが少し屈まねばならないほど。

 そして――。


「何か暑くないですか?」


 リスィが呟く。

 確かに進むにつれ洞穴内部の温度は上がり、少女達の顔には汗が浮かんできた。


「まさか、先は焼却炉ってオチじゃないでしょうね」


 頬に張り付いた髪を払いながら、モズが愚痴る。

 

「あはは、その時は私の帰還(ポータル)で戻るから平気だよ」


 手で顔を仰ぎながら、何やら上機嫌に戻ったハクアが返す。

 逆を言えば、帰還するかどうかはこの女の判断一つで決まるのだ。


 承知で飛び込んだとはいえ、命綱を握られているのは厭な気分である。

 考えながらモズが歩いていると、やがて通路の先に赤い光が見えてきた。


「……出口」


 そこから慎重に顔を出したモズだが、周囲を見回しその光景に絶句することになる。


「何よ、これ……」


 岩作りの広い円形の広間。ただし床までは十メートルほどある。

 上を見上げれば、迷宮内が異空間であると再認識させられるような高い天井。

 どうやらモズ達のいるこの横穴は、巨大な縦穴の途中に掘られた物のようだった。

 同じような横穴が、周囲にいくつも空いている。


 だが、その中でも一番特異なのは、壁の岩肌から生えた無数の枝達が煌々と燃えている様であろう。

 それらは決して燃え尽きる気配が無く、縦穴の壁を照らし続けている。

 

「裏七階……」


 モズの後ろからにゅるりと顔を出したアルフィナが呟く。

 確かに縦穴の周囲に無数の横穴という構造は、七階と同じだ。

 しかし流れ続ける水に比べ燃え続ける炎という、地上ではあり得ない光景に加え、先ほどの進入経路。


 異様さは段違いである。


「こんな場所があったとはな……」


 同じく顔を出したフランチェスカは、警戒と好奇心が半々といった具合で周囲を見回した。

 そして、その視線がある一点で止まる。


「気をつけろ」


「……分ぁってるわよ」


 鋭く警告の声を上げるフランチェスカに、モズは不機嫌に答えた。


 彼女達が見ているのは同様に地の底。 

 幅にして50メートル四方ほど、円形の闘技場のようなその場所に、半分ほどの面積を占める巨大な生物がいた。

 大きさの半分は、太く凶悪な背鰭のついた尻尾。

 周囲の炎に照らされ輝く、紅の鱗。

 背中から生えた翼。


「守護獣……」


 リスィが緊張とある種の確信を以て呟く。

 それは間違いなく彼女を守っていた……そして魔力を奪い取りすぎて殺しかけた物と同じタイプの守護獣。

 竜、だった。


「でも、チャンスっぽいね」


 最後に顔を出したハクアが、のほほんと呟く。

 確かに角度からして判断がつきにくいが、顎を伏せたその姿は眠っているようにも見えた。

 神器が見あたらないのは、単に遠目だからか竜が腹の下に敷いているのか。


 とにかく、ここからが本番だ。

 ハクアは補助魔法の準備を始める。

 しかし、そんな時――。


「引き返すわよ」


 モズが突然、信じられないことを口にした。

 眼下にお宝があるというのに、それを諦めるというのか。


 あの効率厨で身の程知らずで背伸びしたがりのモズが。


「……了解」


「あぁ、リスィ嬢を無事に返さねばならないからな」


 他二人も、それに同意する。

 フランチェスカの方はモズの素早い決断に一瞬驚いた表情を見せたが、彼女を止めることはしない。

 ……これでは、自分の計画が狂ってしまう。


「モズちゃんは前にも守護獣を倒したんでしょう? 今回も大丈夫だよ」


 だが、それだけではない。

 理由の分からないショックに見舞われながら、ハクアはモズを説得しようとした。


「あれは……」


 だが、それに対しモズは視線を逸らし口ごもる。


「それとも、ヒラク君がいないと無理なの?」


 あぁ、やっぱりそうなんだ。


 その理由に察しがついて、ハクアはわざと挑発するように尋ねた。

 ハクアの中に、ぽこぽことマグマのような激情が沸き上がってくる。 


 あの男がいれば守護獣は倒せるのに、自分とでは無理だというのか。

 またそうやって自分を見下そうとするのか。

 お前はヒラク=ロッテンブリングがいないと戦えないほど、堕落してしまったのか。


 彼女の性格なら、そんな訳はないと反発するはずだ。

 そうしたらそれを証明してみせろとけしかければ良い。


 ほら、いつも通りのモズだ。

 だが――。


「……かもね」


 唇を歪めながら、モズは答える。


 もちろん、モズがそんな事を素直に認めるはずがない。

 ただ単にハクアの相手が面倒になり、「勝手にそう思ってれば良いわよ」ぐらいの気持ちで答えただけだ。


 だが、モズの想像以上に追いつめられていたハクアに、そんな彼女の内心を計る事などできない。

 その結果――。


「えいっ」


 半分は無意識に。

 気づけば、ハクアはモズを穴の外側へと突き飛ばしていた。


「え?」


 突然の出来事に対応できず、口を開けた間抜けな表情のままモズは落下していく。

 

「も、モズさーん!」


 妖精リスィが悲鳴をあげる。

 それすら心地よく思いながら、ハクアは久しぶりに心からの笑顔を浮かべたのだった。

 隠し通路

 実際、迷宮の低層にも未だ発見されていない隠し通路が無数にあると言われ、それを専門に調査する探索者も存在はする。

 しかし隠し通路を発見する方法は、今のところ壁の反響音を探る以外に無く、地図のある階層ですら多大な労力を支払う羽目になる。

 その上、隠し通路を発見したとしてもその奥は大抵単なる行き止まりか階層に見合わない強さの魔物である。

 今回の件を聞けば隠し通路専門探索者がハクアをスカウトしにきてもおかしくはない。


 裏七階

 あくまでアルフィナ個人の感想であり、七階との関連は不明。

 四階から下った場所だが、迷宮は異空間であるため本当に七階の深度にある可能性は存在する。

 また、魔王が討伐された際にそれを行ったパーティーは、「魔物の存在しない風の渦巻く回廊」を通って一気に深層へと移動したという。

 この回廊は未だ再発見されていないが、同じような物が複数ある可能性も指摘されている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ