迷宮の中心でリア充爆発せよと唱える
「それじゃ、今日も頑張って行こうねっ!」
更衣室で着替えを終えた後、ポータルへ向かう途中でハクアが華やいだ笑顔を見せる。
大半の男子ならば魅了が無くともコロリといってしまいそうな可愛らしさだが、生憎それを向けられた少女達にはそういった特殊な趣味は無かった。
「今日も、じゃないわよ。今日限りよ」
「預かり人もいる。慎重を期すぞ」
「……適当に」
モズ、フランチェスカ、アルフィナの三人娘は、それぞれ彼女にそっけなく応える。
「うぅ、やっぱりヒラク様に報告した方が良かったんじゃ」
一方モズから事情を聞いたリスィは、未だに煩悶していた。
彼女とて、主人の為に籠手やスキル振り直しの神器が手に入れられるならそうしたい。
だが、その為にモズ達が危険を冒すことを彼は望まないだろう。
「ふふ、リスィちゃんもよろしくね」
そんなリスィにハクアが微笑みかける。
「え、あ、はぁ」
あまり人を疑わないリスィにも、彼女が要注意人物だと言うことは分かっている。
分かっていても性格上敵対するような態度も取れず、リスィは曖昧な返事をした。
「こいつに手ぇ出すんじゃないわよ」
一方、性格上それができるモズはリスィを庇うように間に入り、ハクアに釘を刺す。
「なんで? 私が?」
が、当のハクアはきょとんとした顔を見せて首を傾げた。
この間の事件などすっかり忘れているかのような態度である。
もしくは、神業のないリスィに盗む価値など無いと言いたいのか。
測りかね、モズはまた複雑な気持ちになった。
「さ、時間が勿体ないし行こう」
再び笑顔に戻ると、ハクアはさっさと歩いていってしまう。
「だから仕切んじゃないわよ!」
モズがそれを慌てて追いかけ、顔を見合わせたフランチェスカとアルフィナも肩をすくめ、ついていくのであった。
◇◆◇◆◇
――迷宮地下二階。
「何か感じるか?」
「いいえ。いつもと一緒です」
神器の気配を感じるか。
それを問いかけたフランチェスカに、リスィは首を横に振る。
ネブリカが見つかってからも何度か迷宮には入ってきたが、リスィは何の反応も示さなかったのだ。
メンバーが入れ替わったからといって、それが変わる道理はない。
「ヒラク様が教えてくれたんですけど、ネブネブと私が共鳴できたのは近いタイプの神器だったからだそうです。それもネブネブが目覚めてからは無くなっちゃいましたし」
「地道に探すしかないってことね」
説明するリスィに、まぁ予想はしていたことだとモズは息を吐く。
とりあえず、後二時間ほどはハクアとの探索を続ける必要があるようだ。
「神器さん……どこに居るんでしょうか」
その辺に落ちていないか探すように、キョロキョロと周囲を見回しながらリスィが呟く。
彼女やネブリカのように生命体を模した神器は珍しいのだが、リスィにとっては同類を捜すという感覚のようだ。
「リンド婆はたまに適当な事を言うし……」
一方、期待するなと言わんばかりにアルフィナは呟く。
リンド婆とやらの元から帰った彼女は、予言が真実であるとの報告以外多くを語らなかった。
ただし、あれから彼女の婆評は妙に辛口の物となっている。
「まぁ、こうしてても仕方ないし進もっか」
悩む少女達を、ハクアが促す。
仕切るなともう一度言いたいモズだが、正論ではあるのでせめて一番前を歩くことにした。
そして、しばらく進んでから、彼女はふと気づいた。
「……そういや、明かりは?」
振り向いて尋ねる。
光苔のおかげで普通に進む分には問題が無い。
が、戦闘になれば光量があったほうが良いのが事実だ。
モズに視線を向けられると、ハクアはきょとんとした顔をする。
何故自分に振られたか分からないのだろう。
「ま、そりゃそうよね」
前を向き直して、モズは鼻から息を抜く。
ライトを修得できる光魔法のギフトは、レベルが上がれば敵を浄化、消滅できるような恐ろしい魔法も扱えるようになる。
だが、男子達の癒し役として人気を博しているハクアがそんな魔法を修得するはずはない。
そもそもそこまで行くには、他に脇目を振らなくとも相当のギフト数が必要なはずだ。
光魔法を取るのならばとことんまで。
それはモズでなくとも知っている常識であり、たかが明かりの為に光魔法のギフトを取得する人間など、酔狂の極みである。
あいつがおかしいのだ。
「ふぅん」
モズがここにはいない少年の顔を思い浮かべていると、ハクアは意味ありげな声を出した。
「うむ。私もついつい忘れてしまったな!」
何だその反応はと食ってかかろうとしたモズだが、彼女とハクアの間にいるフランチェスカが何故だかそんなことを堂々と宣言し、それを遮った。
まぁ、そもそもこの女がそんな細々した用意をしてくるとは思えない。
とはいえ、自分も戦闘で使う以外の品物は持ってきていないのだが……。
「あ、明かりなら鞄の一番左に松明が入っているそうです」
どうしたものかとモズが考えていると、リスィが不意にそんなことを言った。
リスィの視線はアルフィナに向いており、彼女の肩には普段は持っていない大きめの鞄が下げられていた。
「……分かった」
頷いたアルフィナは、歩きながら言われた通りの場所を探る。
するとそこには、確かに木製の松明が入っていた。
「光魔法も持ってるくせに、何で松明まで用意してんのよアイツは」
その用意の良さに、呆れて呟くモズ。
「これはこれで、あると便利なんだそうです」
リスィもそれは思わないでも無いのか。主人に似た困り顔で説明する。
アルフィナの持つ鞄は、ヒラクが申請書を書いて彼の倉庫からリスィに出庫させたものだった。
中には普段使いの鞄を紛失した時――もしくは今回のように自分が探索に出られない時を想定して、量は半分ほどだがその分厳選した様々な道具が入っている。
「マメなんだねー。私そういう男の子って好きだなぁ」
感心した声を出したハクアが、そのまま反応を窺うようにモズの顔を覗きこむ。
「……そういうのは本人に言いなさいよ」
彼女が自分をからかっているだけなのは分かっている。
どちらかというとこれがからかいになると思っているのがムカつくが、乗ってやる必要はない。
「言って良いの?」
「だーかーらー私とアイツは……!」
と、クールにハクアをかわしたつもりのモズだが、ハクアがしつこく聞いてくるので即座に我慢できなくなってしまう。
「……どうどう」
そんなモズをアルフィナが宥めた。
扱いが思いきり馬だが、それにしてもあのアルフィナが喧嘩の仲裁なんぞするとは。
ヒラクの代わりでも務める気か。
「ったく、喉乾いてきたわ」
なんだか毒気を抜かれた気分になり、モズは矛を収めた。
「ポーションなら右のポケットに入ってるみたいですから、疲れたら遠慮せずに言ってくださいね!」
こちらもヒラクの穴埋めに張り切っているのだろう。
リスィはここぞとばかりに声を張りアピールする。
「便利な鞄だね」
「それはもう! ヒラク様厳選ですから!」
先ほどまでは怯えていたはずのハクアにも、誇らしげに答える。
「あはは、バッグがあればヒラクくんいらずだね」
「そ、そんなことは……ないです」
だが、直後にそう返され、彼女は不覚にも一瞬言葉に詰まった。
確かにヒラクが厳選しただけあって、これさえあれば迷宮内での彼の仕事は大抵肩代わりすることができる。
いや、でも多分ヒラクにしかできないことだってある……はずである。
オイルとか、オイルとか。
……うぅ、やはりこの人は意地悪な人だ。
「うふふ、冗談だよぅ」
リスィが彼女にできる精一杯でハクアを睨むと、彼女は朗らかに笑ってそれをかわす。
「……相手してたら日が暮れるわよ」
経験則からモズがアドバイスをすると、ハクアはひどいなぁとへにゃり笑った。
「そう言えば、二人は昔からの知り合いなのか?」
すると、フランチェスカが耳ざとくそんな事を尋ねてくる。
「学園長が昔、探索者だったモズちゃんのお父様と組んでいたんだって」
「……組んでたっつっても、短い間だけよ」
何が嬉しいのか。人の家庭の事情をペラペラと話すハクア。
それに、辟易としながらモズは訂正を入れる。
父はよく、探索者時代の冒険譚を得意げに話していたが、要約すれば強い人間にくっついて潜っていたところ、偶然財宝を見つけたというだけだ。
そして、その強い人間の中でも群を抜いて強かったのがハクアの父。
学園長であるオクタ=リカミリアである。
「その関係で、私達も昔から仲良しなんだよねー」
「おぞましい冗談やめなさいよ」
にこやかに同意を求めるハクアを、モズはすげなく拒絶した。
確かにその関係で彼女とは幼い頃からの知り合いだが、同じ探索者を志す今はもちろん、病弱引きこもり時代からモズがハクアに心を開いたことなど一度もない。
「昔からモズちゃんは、私のこと避けてたもんね……」
しゅん、と、ハクアは肩を落とす。
伏せた睫が動くたび、涙がこぼれるのではないかと心がざわめく。
「それは……」
……のだろう、健康な男子ならば。
モズが言葉に詰まったのは、別にその表情に罪悪感を覚えた訳ではない。
ただ、自分が彼女を避けていた理由を思い出したからだ。
「おぉ、階段だ」
暗い回想へと落ちかけるモズ。
そこに、フランチェスカのはしゃいだ声が響いた。
前方を向き直すと、確かに3階への階段が目に入る。
今回は、ポータルから階段の位置がかなり近い位置に飛ばされたようだ。
「幸先良いねぇ」
先ほどの沈んだ顔はどこへやら。
にっこりとハクアは笑う。
「幸先良い……ね」
だが、普通に探索することが神器発見に繋がるのか。
そもそもこの女と普通に探索していて良いものなのだろうか。
悩みながら、モズは階段を降りた。
◇◆◇◆◇
それからしばらく進んだところで、モズは曲がり角の先に何か蠢くものの気配を感じた。
手で制すと、身長差のせいかそのバカでかい胸のせいか気づくのが遅れたフランチェスカの腹に手が当たり、彼女は「ひゃんっ」と声を上げる。
ぶりっこな声を出しやがってと彼女を一睨みしてから、モズは背後に視線をやった。
ハクアは前衛のやりとりを見て微笑ましげな笑みを浮かべている。
が、アルフィナのほうはモズの意図を察し、鞄から火口箱と松明を取り出すと松明に火をつけてモズへと差し出す。
昔は家にもいたメイドを彷彿とさせる察しの良さである。
どこかで学んできたのかと考えながら、モズは松明を受け取った。
曲がり角から顔を出したモズは、下手投げで松明を投げ込む。
するとそこには、足の短い四足獣型の魔物が複数いた。
頭がない代わりに胴体から直接湾曲した牙が生えており、これを魔物名鑑ではワイルドボアと呼ぶ。
この魔物は個体によって大きさがまちまちで、深層にいるものほど大型になる傾向がある。
今目の前にいるのは、手足を伸ばしてもモズと同程度とかなり小ぶりだ。
ただし数は8体と、この階層にしては大きな群れとなっている。
迂回するか? いや、分岐があった箇所は随分前だ。
「臆したか?」
モズが考えていると、迂回など元々頭にない脳筋フランチェスカが尋ねてくる。
「あぁ!? ……行くわよ」
彼女にスラムのごろつき並のガンつけをしてから、結局モズは戦いに赴くことにした。
「ちょっと待って」
だが、そんな気合いに満ちあふれた彼女の手を、ハクアがぎゅっと掴む。
「な、何よ!?」
突然の事にモズが動揺して振り向くと、ハクアはダンスのようにモズを半回転させてその両手を取った。
戸惑うモズの前で、彼女は手を握ったまま目を伏せ何か呟く。
「我が愛しき者を守り給え」
最後に彼女が唱えると、モズの体がカッと熱くなった。
「これは……」
ついにハクアへの禁断の愛が目覚めたか。
などと勘違いするモズではない。
「おまじないの強化魔法。詠唱は気にしないでね」
睨みつけるモズに、ハクアは首を傾げにっこりと笑った。
詠唱はあくまで精神を集中させる為の物なので、決まった文言である必要はない。言葉に意味があるわけでもない。
だが、今時探索者になろうなどという非モテ街道まっしぐらの男どもがこれをやられたら、魔法をかけているのだと分かっていても落ちてしまうだろう。
「ほら、フランチェスカちゃんも」
「ちゃ、ちゃんは止してくれまいか」
モズが指を開閉しながら考えていると、隣ではフランチェスカもハクアの強化魔法の餌食になっていた。
彼女は緊張で背筋をピンと伸ばしながら、手を握られている。
手のひらにため息を吐いて、モズは大剣を背中から取り外した。
そして――。
「それじゃぁ頑張って。回復魔法も使えるけど、無理したらダメだよ」
まるで新妻のようなけなげさで、ハクアはモズ達を送り出す。
強化魔法をかけられたのに、何故だか気勢が削がれた気がする。
フランチェスカも同じ気持ちなのだろう。
彼女は例の名乗りもせず、モズと同時に魔物へと近づいていく。
そして彼我の距離5メートルほど。
魔力関知範囲に入ったことで、魔物達がぴくりとモズ達の方を向く。
ギランと牙が松明に反射して光る。
次の瞬間、彼らは一斉に突撃してきた。
「ぐっ」
どん、どん、どん、どん。
大剣の腹で、砲弾のような突撃を受け止めていくモズ。
普段なら怪我は負わないまでも衝撃で体勢を崩されるところだが、敵の攻撃が見た目より軽い。
いや、正確には――モズの力が増大しているのだ。
「なるほど、ね!」
納得の声を上げながら、モズは鉄板を押し込もうとしている魔物達を、まとめてはじき返した。
まるでゴム鞠のように、魔物達が壁にぶつかりバウンドする。
その内の一匹に狙いをつけた彼女は、横薙ぎに大剣を振るって一刀両断にした。
――大剣がいつもより簡単に保持でき、振るう力も少なめで済む。
モズも過去に強化魔法の使い手と組んだことがあるが、ここまではっきりと効果が実感できるのは初めてだ。
ハクアが言った回復魔法とやらも、ヒラクのように痣程度でペタペタ触る必要はない物なのだろう。
媚びを売って取り巻きを増やすだけではない。
ハクアは探索者としても、真っ当な活躍ができる人材なのだ。
そして、だからこそ、モズはハクアを恐れていた。
真に効率を出すのであれば、彼女のように強い人材に取り入り、そいつらを使役するべきではないか。
それができないなら、せめて普通に打ち解け、敵を作らないように生きるべきではないか。
ハクアを見ていると、そんな疑問が際限なく沸いてくるからだ。
思い返しながら、モズは大剣を振るう。
が――。
「いっ!」
そこまで考えに没頭していたつもりは無かったのだが、大剣が敵を両断しても止まらず大きく振れてしまう。
「うっ」
同様に隣で戦っているフランチェスカのうめき声。
ガチン。と、次の瞬間フランチェスカとモズの得物がかち合う。
横を見るとそこには、モズ同様に驚いた表情をしたフランチェスカの顔があった。
――そうか。普段より武器が軽いので、お互いの感覚がズレてしまっているのだ。
だが、見つめ合って確認している場合ではない。
二人の武器をくぐり抜け、猪が一匹背後へと通り抜けていた。
まぁなんとかなるかと一瞬考え、モズはその考えを慌てて打ち消す。
今彼女達の背後にいるのは、あの男ではないのだ。
「隠れなさい!」
通路の真ん中でおそらく回復魔法の準備をしていたハクアに、モズは警告を飛ばす。
彼女を助けに行こうにも、それを阻むように前方からは魔物が襲いかかってくる。
モズがそれを迎撃している間に、曲がり角に隠れていたアルフィナが飛び出した。
「やっ!」
そんな彼女の首根っこを掴み、ハクアが躊躇無く盾にする。
盾にされたまま太股にマウントしたナイフを素早く取り出したアルフィナは、それを魔物の魔核へと突き上げる。
開錠士としての経験を活かし相手の魔核を直接破壊するアルフィナの荒技――魔核破壊だ。
だが――。
「……外した」
それも必中というわけにはいかない。
いきなり振り回されては尚更だ。
魔核とナイフが当たる鈍い音が響き、双方が後方に弾かれる。
アルフィナの後ろに隠れたハクアが、尻餅をつくアルフィナに押しつぶされて「ぎゃん」と声を上げた。
「ア、アルフィナさんハクアさん!」
声を上げるリスィ。
二人が動けないでいる間にも、魔物はぽよんぽよんと跳ねつつ再び突撃の体勢を整える。
「フランチェスカ!」
モズが咄嗟にフランチェスカの名を呼び、前方の魔物から彼女を庇うように大剣を構える。
「おうっ!」
それに応えたフランチェスカが、斧槍を振りかぶりながら反転。
「駆けろ雷! 切り裂け次元! ディメンションシューター!」
かけ声もとい独自の詠唱と共に、彼女は斧槍を魔物へと投擲した。
雷を纏った斧槍は轟音と共に中空の魔物に刺さり、アルフィナを掠めるとそのまま壁へ串刺しにした。
同時に、モズも並んで突撃してきた魔物達を刃を横にし一斉に薙払う。
三頭の魔物が次々に両断され、それで魔物達は全滅した。
……最初からこうすれば良かった。
思いながら、モズは背後を振り返った。
「ち、力の加減を間違えた! すまない! ごめん! ごめんなさい!」
するとそこには、いつも通りの無表情を晒しているアルフィナに、口調を崩し必死で謝るフランチェスカの姿があった。
おそらくあの一撃は、補助魔法の効果で勢いがつきすぎてしまった結果なのだろう。
「……大丈夫。うん、大丈夫。大丈夫」
「ちょ、アルフィナさんの魂が抜けかけちゃってます! 気付け薬気付け薬!」
顔はいつも通りだが、虚ろな声で返事をするアルフィナ。
よく見れば、瞳にもまるで光が無い。
その様子に慌てたリスィとフランチェスカは、ヒラク特製の気付け薬を鞄のある曲がり角まで取りに行く。
「ちょっと、平気?」
あたふたとしている彼女たちと入れ替わりにアルフィナに前へ立ったモズは、そう尋ねた。
「え、えへへ、アルフィナちゃんってお尻は意外と大きいかも」
すると、その下から弱々しい声が聞こえる。
補助魔法がかかったままのモズは、固まったままのアルフィナを持ち上げそっと脇にのけると、その下からハクアを発掘した。
意外と大丈夫そうじゃない。そう思いながら、モズはハクアに手を差し出す。
「え?」
すると、ハクアの目がまん丸と見開かれた。
今までで……いや、曲がりなりにも腐れ縁を続けてきた中でも見たことがないような表情だ。
「……いらないなら良いけど」
こいつに情けなど掛けたのが間違いだった。
手を引っ込めようとするモズ。
「あ、ううん……ありがとう」
だが、そんな彼女の手を取ってハクアは立ち上がった。
それから彼女は、髪についた埃を心底厭そうな顔をしながら取っていく。
この女も、一人で戦えるわけではない。
モズと同じように一介の探索者なのだ。
それが急に実感でき、様々な意味でそんな場合では無いというのにモズの気が緩みかける。
「すまなかったな」
そんな時、アルフィナへ薬を取りに行っていたフランチェスカが、戻ってきてハクアに謝罪した。
「謝る必要なんてないわよ。こいつの自業自得なんだから」
「まぁ、味方を盾にするという行為は誉められたものではないが……」
モズが言ってやると、フランチェスカは盾にされたアルフィナの口に丸薬を放り込みながらそう返す。
びくん! 丸薬を口に含んだアルフィナの体が跳ね、彼女の瞳に光が戻った。
「そうだよね……ごめんねアルフィナちゃん」
「だい、ひょうぶ」
演技臭いしゅんとした表情に戻り、ハクアはアルフィナへ頭を下げる。
アルフィナはそれに、呂律の回らない言葉で答えた。
「ま、まだボンヤリしますかアルフィナさん!? もう一粒行きますか!?」
「……いい。絶対にいらない」
リスィが両手で持った追加の丸薬を持ち上げると、彼女は今度こそはっきりした言葉でそれを拒否する。
あの薬は相当エグい味らしい。世話にはなりたくないものだ。
「それでも我々には、後衛を守るという意識が欠けていた。これは反省点だ」
モズがそんな事を考えている内に、窮屈そうに腕を組み、フランチェスカが呟く。
「一緒にしないでよ」
「一緒にしてやったのは温情だ。貴公にはそんな意識ひとかけらもなかろう」
「当たり前じゃない」
「効率が落ちますもんね!」
こちらへと飛んできたリスィが、モズのセリフを先回りして言い放つ。
そのドヤっとした顔にイラっときて、モズは彼女の頬を引っ張った。
「いひゃひゃひゃ」
あぁは答えたが、モズとて後衛を守る気持ちが無いわけではない。
例えば後衛が強力な魔法の使い手ならば、攻撃はそいつに任せてモズは防衛に専念した方が効率が出る。
そもそもモズが背後を気にしなくなったのは、こいつの主人が悪いのだ。
戦局を決める魔法を詠唱するわけでもないから、守る必要がない。
例え背後に敵を流してしまっても、それはそれで何とかする。
ついでに鞭や嫌がらせの魔法で敵の足止めをする。
あいつと行動している内、モズは自分の相手だけに集中することにすっかり慣らされてしまったのだ。
……このまま他の人間と組めないような体にされてしまったらどうしよう。
「いひゃ! モズひゃん!? ほっぺた伸びちゃいまひゅ!」
気づくと、リスィは大分面白い顔になってしまっていた。
そのまま頬が戻らないと不気味なので、モズは彼女を解放することにする。
「まだまだ学ぶことは多いということだ」
そんな二人の様子にため息を吐いて、フランチェスカがまとめに入ろうとした。
「……乗馬とか?」
だが、そんな彼女へ、アルフィナがぼそっと呟いた。
「な、な、何故それを知っている!?」
あからさまに動揺するフランチェスカ。
乗馬の件は先ほど彼女が自分で話していたのでモズも知っているのだが、どうやら無意識だったらしい。
「聞いてたから。他にも……」
「へぇー、どんな恥ずかしいことしたの」
慌てふためくフランチェスカに、アルフィナは更なる暴露を重ねようとする。
もしかしたら先ほどうっかりぶち殺されそうになったことを根に持っているのかもしれない。
「し、してない! してないもん!」
動揺が頂点に達したらしく、フランチェスカの口調が久々に大きく崩れる。
このまま押し込めば幼児退行までしそうな勢いである。
さすがに勘弁してやるか。そう思ってモズが矛を収めかけたところで。
「あ、でも乗馬と言えば、モズさんも下着姿でヒラク様へ馬乗りに……」
リスィが悪意無き口調で、モズへと被害を延焼させた。
「誤解させるような話題の繋げ方すんじゃないわよ!」
「ほほぉ……」
その言い方では、自分がまるで恥ずかしいプレイを敢行していたようではないか。
至急訂正を求めるモズに、アルフィナは口だけで興味深げな音を出す。
表情は鉄面皮だが、この女は絶対に楽しんでいる。
「アンタだって授業中、アイツのことじっと見てんでしょーが!」
死なば諸共という気持ちで、モズはアルフィナへも矛先を向けた。
いや、モズ自身は別にやましいことをした覚えなどひとっ欠片もないのだが。
ともかく気配消去で気づかれないのを良いことに、アルフィナはじっとヒラクの横顔を凝視していることがある。
そのことを、モズは知っていた。
「……人間観察が趣味なので」
顔を横に逸らし、アルフィナはしれっとそう答える。
「初耳よそんなの!」
「というかその事に気づく貴公も、授業中にどこを見ているのだ」
「な、何ですか皆さん。負けませんよ!」
そこに持ち直したらしいフランチェスカと、何やら対抗意識を燃やしたリスィも加わり、迷宮の中とは思えない華やいだ雰囲気が満ちる。
そうして、三人と妖精が姦しくやっていると。
ガンッ!
と、壁を叩く音が響いた。
何事かとモズ達がそちらを見ると、いつからか黙り込んでいたハクアが拳を壁に叩きつけている。
「ど、どうしたんですか……?」
彼女らしからぬ行動に、リスィがおそるおそる尋ねる。
「あ、ごめーん。ちょっとよろけちゃって」
すると、ハクアはけろりとそう答え、笑顔を浮かべる。
笑顔を浮かべる前の彼女はどんな表情をしていたか。
ちょうど影になっていた……ようで、リスィはそれを思い出すことはできない。
「話が過ぎたな。先へ進もう」
彼女の変調には触れず、フランチェスカが周囲を促す。
普段なら仕切るなと言ってやるモズだが、ハクアの変調が気になってその機会を逸する。
ハクアもそれ以上喋らず、一行は黙々と深層へと進んだのだった。
出庫申請
本人以外が倉庫から荷物を引き出す場合、出庫申請書に持ち主が出庫内容を書き、印をする必要がある。
入学時の学内手引きにはこの書類が1枚挟まれていたのだが、ただの入学手引きだと勘違いして捨ててしまう生徒が数名いた。
再度購入の際は購買部で。これを格安で昼食と交換し、後で後悔した生徒もいるとかいないとか。




