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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
52/58

する?/しない?

 仲間達から離れたアルフィナは、旧知の仲であるリンド婆に会うため授業をサボると一人、迷宮列車で一駅先にある学園長の邸宅へと向かった。

 その前に学園長本人も探したのだが、職員の話によると彼は出張中とのことである。


 彼の出張自体は珍しいことではないので、それもハクアの陰謀、などとは言えない。

 迷宮一階より列車へ乗り込み、降りた先の雑多な町を抜けるとやがて森に囲まれた一本道に出る。

 そこをまっすぐ行けば、学園長とハクアが暮らす屋敷である。

 学園に匹敵するほど大きな敷地。そして優に彼女の二倍はある門構え。


 一時は客人として扱われた自分だが、さすがに今回はここで門前払いを食らうかもしれない。

 

 そんな覚悟をしていた彼女だが、用件を伝えると執事然とした門番はあっさりアルフィナを通した。

 その後アルフィナを案内したのは、彼女が屋敷に滞在していた際に世話係を請け負っていた妙齢のメイドである。


「アルフィナ様がリンド様を訪ねてきた場合はいつでも通すよう、旦那様から言いつかっております」


 赤いカーペットが敷かれた屋敷の廊下を歩く中、すんなりと面会が叶ったことをいぶかしむアルフィナ。

 彼女に対し、メイドはそう説明した。

 気配だけで人の疑問やしてほしいことを察する有能なメイドだが、アルフィナは彼女が苦手であった。

 

「ところでお時間があれば、新作のヒラヒラフワフワがあるのですが」


 なぜなら彼女は、アルフィナへと毎度ヒラヒラフワフワした服を勧めてくるから。


「急いでるから」


 ちょっと後ろ髪を引かれつつもそう言ってアルフィナが断ると、メイドはあからさまにがっかりした顔をしつつもかしこまりましたと答えた。


「こちらです」


 そうして両開きの扉の前に立った彼女はアルフィナへ告げた。


 普段と変わらぬ無表情でありながら、握りしめた手に緊張を表すアルフィナ。

 メイド以上に、彼女はリンド婆が苦手であった。


 だが、そうは言っていられない。

 アルフィナが頷くと、メイドは扉を開け放ち脇へと退いた。


 そしてアルフィナが室内に入ると、そこには陽当たりの良い窓辺の席で微睡む老婆の姿があった。


「リンド婆」


 アルフィナが小さく呼びかけると、彼女はゆっくりと目を開く。

 それから、アルフィナの姿を認めて口を開いた。


「アンタが私のところに訪ねてくるなんてねぇ。驚いたよぉぉ」


 魂を少しずつ吐き出しているような頼りのない声。

 アルフィナのよく知るリンド婆に相違なかった。


 それにしても驚いたとは。

 部族で一番の……いや、世界でも十指に入る予言者だろうに。

 そんなアルフィナの視線の意味に気づいたのか。彼女はガマめいた顔で笑う。


「アタシの予言なんてぇ、分からないことの方が多いさぁ」


 そうして無口なアルフィナの内心を当て、馬車に轢かれたような引き笑いを漏らした。

 アルフィナが彼女を苦手とする理由の一つがこれだ。

 リンド婆は予言のギフトを使わずとも彼女の心境をピタリと当て、アルフィナを落ち着かない気分にさせるのだ。


「クリナハの両親の事も予言できなかったしねぇ。アンタには悪かったと思ってるよぉ」


 そんな彼女が、トーンを落として呟く。

 老木がたまたま人間の顔に見えるかのような皺だらけの表情からは、彼女の心境を推し量る事は難しい。


 そんなリンド婆の言葉に、アルフィナはゆっくりと首を横に振る。

 あの事態を引き起こしたのはあくまで自分だ。リンド婆が謝ることではない。


「……それより、聞きたいことがある」


「あぁ、何だいぃ?」


 彼女が話題を変えると、リンド婆はふひゅうと息を吐いてそれに応えた。


「スキルを振り直せる神器の事」


「振り直せるぅ……? あぁ、アレかい。アンタが探すことになったのかぁい」


 問いかけるアルフィナだが、リンド婆はしばらく何のことか分からなかったらしい。

 彼女は首をぎ、ぎ、ぎと動かし考え込んでから、そんな返事をした。


 やはり、あれはただの出鱈目ではなかったらしい。

 嘘にしても突拍子が無さ過ぎたの可能性は薄いと思ったが、改めて肯定されるとアルフィナでもため息を吐きたくなる。


「……アンタが使うのかぃ?」


 アルフィナが表情を動かすのを楽しそうにフガフガと見ながら、リンド婆は問いかけた。


「渡してみたい人間がいる」


 少し瞑目してから、アルフィナはそう答えた。

 

 自分がそれを使うことを、考えない訳でもない。

 しかし自分に何ができるのか。何がしたいのか。彼女にはまだ分かっていない。


 彼ならば、どうするだろうか。

 彼がそれを使うにしろ使わないにしろ、ただ、彼の答えが見てみたかった。


 何にせよ、突然そんな物持って行ったら思い切り慌てふためくのだろうが。

 アルフィナがヒラクのそんな表情を想像していると。


「惚れた男だね」


 不意に、やけに断定的な口調でリンド婆が呟いた。


「違う」


 そういうのじゃない。彼にはどちらかと言えばクリナハの責任を取ってもらわねばならないのだ。


「あぁ、これは予言じゃなく経験からくる勘さぁ」


 珍しくムキになったアルフィナを見て、肩を振るわせリンド婆は笑う。


「そうじゃなく……そういうのじゃなくて」


 懸命に否定しようとするが、普段からの口下手が祟って上手く言葉が出ない。

 それを見て、リンド婆はもっと嬉しそうな顔になる。

 これだがら自分は、この老婆が苦手なのだ。

 褐色の肌をなお紅潮させながら、アルフィナは考えた。


 ――その後、結局誤解は解けぬまま、彼女はリンド婆と別れる羽目になった。

 帰り道でメイドが意味ありげにヒラヒラフワフワを再度勧めてきたが、ぶっきらぼうに固辞してアルフィナは学園へと戻ったのだった。 



 ◇◆◇◆◇



 同時刻、男子寮。


「ヒラク様ー、喉は乾いてませんか?」


 そこには、病床についた主人を甲斐甲斐しく世話するリスィの姿があった。


「いや、もう水は大丈夫……っていうかもうお腹がたぷたぷと言うか」


 一方患者であるヒラクは、腹をさすって息を吐く。

 体を内側から膨らませるような熱が出ており、節々も痛い。

 迷宮探索には赴けそうにないが、起きあがれない程の重病でもない。


 だと言うのに、朝起きてヒラクが風邪を引いたと分かってから、リスィはずっとこんな調子であった。

 ヒラクの肌に一滴の汗があればこれを拭い、排出した以上の水分をひっきりなしに補給させる。

 献身的に世話を焼いてくれるリスィの気持ちは嬉しい。

 が、彼女はどうにも過保護すぎて、本音を言うと若干気疲れしてくる。


「と言うことはそろそろトイレに行きたいんじゃないでしょうか!? えーと、尿瓶尿瓶……ポーション瓶で良いんでしょうか?」


 やんわりと水を断ると今度はこれである。


「いや、トイレぐらい自分で行けるから! ていうか尿瓶の代わりでその選択は無し!」


 いくらヒラクでも、頭痛が増してくるのは避けられない。

 何やら弾んだ様子で荷物を漁りだしたリスィをヒラクが必死で止めていると。


 トントン、ドンドン。


 と、二種類のノックが外から響いた。


「はぁーい、どちら様ですかー?」


 尿瓶もといポーション瓶を置いて、リスィがドアへ向かう。

 そして彼女がそれを開けようとする前に、扉は勝手に開け放たれた。


「あ、ちょっと!」


 そこに立っていたのは、鼻下に筆先のような髭を蓄えた二人の紳士だった。

 二人は身長が頭二つ分ほど違ったが、同じようなシルクハットを被り体操服に身を包んでいる。


「ど、どちら様ですか?」


 こんな珍妙な知り合いは自分にはいない。

 見るからに怪しい人間から病床のヒラクを守ろうとしたリスィの前で、背の低い方が床にシルクハットを脱ぎ捨てた。


 その下から現れたのは、長い黒髪だった。

 彼、もとい彼女は鼻の下から付け髭をむしりながら叫ぶ。


「アタシよアタシ!」


 彼女と、その横でシルクハットを取りポニーテールを露わにする金髪の少女を見てリスィはようやく気づいた。


「おぉ、モズさんとフランチェスカさん!」


 それは間違いなく、ヒラクの学友であり探索仲間であるモズとフランチェスカであった。


 あまりに見事な変装に驚くリスィ。

 彼女を何故か哀れんだ目で見てから、モズは髪の毛をばさばさと振った。


「……どうしたの、その格好」


 こんな妙な仮装をする学校行事などあっただろうか。

 考えながら、上半身を起こしたヒラクは尋ねる。


「しょうがないでしょ! 男子寮に潜入する為なんだから!」


 するとモズは、半ばヤケクソな調子でそう言い張った。

 自分の変装クオリティーをある程度把握はいるようだ。


「だが受付には誰もいなくてな。気合いを入れて損をした」


 こちらは特に自らの格好に疑問をもっていなそうなフランチェスカである。

 彼女の肩が上がり脇が開いているのは、おそらくその胸を平坦に見せるために質量を横に流しているからだろう。

 思わず内部図解を想像し、また熱が上がったヒラクは枕に頭を預けた。


「あまり良くはなさそうだな」


 それを見て勘違いをしたフランチェスカが、枕元へと寄ってきて問いかける。

 背後ではリスィが未だ物珍しげに変装を解いたモズを見ている。


「ていうか……まだ授業中じゃないの?」


 リスィにそれをやめさせて、ヒラクは尋ねた。

 一度寝たので正確な時間は分からないが、リスィが昼食等を勧めてきていないということはまだ昼休みでは無いはずだ。


「あぁ、それなのだがな……」


 ヒラクの質問に、フランチェスカが口を濁す。

 リスィをすぃと押しのけて部屋には行ってきたモズも、同様に押し黙った。


 二人が急に重い雰囲気を醸しだし始めたので、どうしたものかと案じるヒラク。

 しばらくして、二人はどちらともなく顔を見合わせる。


「君が心配だとモズが泣くのでな」


 それから、フランチェスカが改めてヒラクに言った。


「泣いてないわよ! ってか心配だなんて言ってすらない!」


 目線での打ち合わせと違う結果だったらしい。

 モズが慌ててそれを否定する。


「そっか。ありがとう」


「アンタも納得しない! 外放り出すわよ!」


 ヒラクが笑顔で礼を言うと、彼女は本気でそうしかねない勢いで身を乗り出した。


「や、やめてください! 病人ですよ!」


「もがっ」


 リスィが慌ててモズの顔に取り付き、それを防ごうとする。

 病人でなくても放り出されるのは勘弁してもらいたいので、ヒラクは話題を変えることにした。


「……今日は、三人で迷宮の中に入るの?」


 問いかけると、リスィを振りほどこうとしていたモズの動きが止まる。


「あぁ……少々心細いがな」


 代わりに、フランチェスカが若干の躊躇いを含みながら答えた。


 普段からなりきりをしているとはいえ、フランチェスカも嘘が上手いほどではない。

 おかげでヒラクは、彼女達が自分に何かを隠していると察することができた。

 だが、それを指摘しても答えてはくれなそうな雰囲気だ。

 考えたヒラクは、モズの顔にへばりついたままのリスィへ呼びかけた。


「リスィ、悪いけどみんなについて行ってくれるかな」


「えぇ!?」


 ヒラクの依頼に、リスィはあからさまに不満げな声を出す。

 彼女は床へ置いたポーション瓶を見、自分には仕事があるとアピールした。


「僕は大丈夫。それより、皆を手伝ってほしいんだ」


 どちらにせよ、リスィにそんな仕事をしてもらう訳にはいかない。

 が、ただの厄介払いではない事を分かってもらう為、真剣な表情でリスィの顔を見てヒラクは彼女にお願いをした。


「こんなチビがいても役に立たないわよ」


 ベッド脇で、モズが唇を突き出し呟く。

 ヒラクは知りようもないが、神器探索なのだから、リスィがいれば例の共鳴現象が起こって目的の物が見つかるかもしれない。

 だが、この間のネブリカ盗難事件を考えると、ハクアとリスィを一緒にはしたくない。

 そんな気持ちが、彼女をぶっきらぼうな態度にさせた。

 もちろんリスィはムッとした表情を見せる。


「そんなこと無いよ。リスィには迷宮のことを色々教えたし」


 苦笑したヒラクが語りつつ、リスィに「ね?」と視線を送る。

 すると彼女は膨らんだ頬を戻してぶんぶんと頷いた。

 それを確認してから、ヒラクは「それに」と言葉を足した。


「リスィがいれば、危なそうなら引き返してくれるでしょ?」


 彼女たちは何か、普段とは違うことをしようとしている。

 風邪引きの自分ではそれを止められそうもないが、リスィを預けておけばきっといつもより慎重に動いてくれるはずだ。

 そんな思惑があっての提案だった。


「そう、だな。承知した」


 少々躊躇いながら、フランチェスカが首を縦に振る。


「ひ、ヒラク様の代わりになるよう、しっかり務めます!」


 一方大切な役目を仰せつかったと感じたリスィも握り拳を作る。


「ったく、勝手にしなさいよ」


 ……このチビがお目付役にされるぐらい、自分は信用されていないのだろうか。

 思いはしたがそれを表に出すのが屈辱で、モズはそう言い捨てた。



 ◇◆◇◆◇



「何で、あいつに言わなかったのよ」


 男子寮からの帰り道。再び髭にシルクハットの出で立ちとなったモズはフランチェスカに尋ねた。

 彼女がヒラクの部屋へ行こうと言い出したとき、モズはてっきりフランチェスカが彼にハクアの事を告げようとしているのではと思っていたのだ。


「何のことですか?」


 モズが被るシルクハットの中で、リスィが不思議そうな声を出す。

 が、とりあえず後回しである。


「それでも良かったのだがな」


 付け髭を紳士然と撫でながら、フランチェスカは呟く。

 良かった、と言うわりに、意志の強そうなその瞳からはそんな気配は微塵も感じられない。


「ヒラクには乗馬も教えてもらわねばならないし、アドヴァンスド・レジスタンスの訓練もしてもらわねばならない」


 前半は初耳だし、後半の初めて出た単語は、ヒラクがハクアの魅了に抵抗するため使っている技術だろう。

 だが、フランチェスカが珍しくヒラクの名前を口にしたこと。

 その慣れない響きに体がむずりとなり、モズはつっこみを忘れた。


「あの女に何度も拘されている場合ではないのだ」


 そんな彼女の様子に気づかずに、フランチェスカは前を見ながら低く呟いた。

 付け髭をつけたその横顔だが、何故か女の戦いという単語がモズの頭に浮かぶ。


「ま、アタシもあの女に邪魔されて、効率を落としたくないしね」


 ……アタシは別に、こいつみたいな理由でハクアの挑戦を受けるわけではないけれど。

 そこはきっちり主張しておき、モズは気合いを入れ直した。

 あんな媚び売り女にいつまでもビビっている訳にはいかない。


「ですから何の話なんですかー?」


 モズが決意を固めていると、シルクハットを内部からコンコンと叩きながらリスィが急かす。


「うっさいわね。今説明するわよ!」


 彼女に叫んで、モズは説明を開始した。

 この厄介ごとに乗り込むことになった経緯を。

 アドヴァンスド・レジスタンス

 ヒラクが使っている技術。精神抵抗のギフトを応用し、自身に働きかけられている精神作用系の魔力を探知する。

 命名はフランチェスカだが、開発者は別にいる。

 これを修得する際には他人に精神操作系の魔法をかけられなくてはならず、かける相手が女性だということでカムイはヒラクの技術修得を大変渋った。

 が、他の人間にいきなり魅了をかけられるよりマシだろうという論法でヒラクが根気よく説得。見事にアドヴァンスド・レジスタンス(仮)を修得した。


 男装セット

 ヒラクが女装した際、被服室で発見したブツ。

 何故チュルローヌがこれらの物品をストックしているのかは謎である。こk

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