Ep①どんな病も傷も治す魔女
残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
注意:この作品はフィクションです。作中の診断や治療を現実に行うことは大変危険が伴います。実際の健康上の問題に関しては必ず医師や医療機関にご相談ください。
アンジェリカがその日収穫した薬草を井戸水で洗い終えた時だった。
突如、馬のいななきが屋敷の前に響いた。
井戸のある裏手から、慌てて玄関に回ると、まだ若い騎士とその傭兵らしき二人が馬に乗っているのが見えた。
すぐ後から二人の騎士たちも到着した。皆どこかしらに包帯が巻かれている。
傭兵を乗せた騎士はひと際立派な甲冑を身に着けているが、二人とも兄弟かと思うほど、顔も背格好も良く似ている。
しかし傭兵らしき方は頭に包帯と腕は折ったのか添え木がされていた。
「こちらにどんな傷や病も治す魔女がいると聞いたが、間違いないか」
ケガ人を乗せてきた騎士の質問には答えず、アンジェリカはケガをしている男の方をみた。
意識が朦朧としているようだ。
「とにかく中へ」
アンジェリカがそういうと、連れの騎士がケガ人を背負って屋敷の中へ進んだ。
「お父様、患者です」
既に準備を始めていた父親に声をかけ、騎士たちを台所のすぐ隣の診察室へ案内する。
傭兵を寝台に寝かせると、すぐに父親が診察を始めた。
隣の台所ではアンジェリカが湯を沸かし始めた。その間に消毒用のアルコールと清潔な布、煮沸消毒された器具類を隣の診察室に運ぶ。
傭兵の上半身を脱がすと肩にも矢じりが刺さっていた。毒矢だろうか。周辺の皮膚が変色し始めている。中の矢じりを抜かねば命に係わる可能性もある。
けが人を連れてきた騎士たちに向かって父がいった。
「これから肩の矢じりを抜く。この手拭いを噛ませて。それと、君たちはその間、暴れないように体を抑えておきなさい」
アンジェリカがアルコールをかけた小さな刃物を父に渡す。
矢じりがめり込んだ肩に刃物が入っていく。
猿ぐつわをされた男は大きなうめき声をあげた。
痛みで顔面が紅潮し、額には血管が浮き出ている。
あまりの痛みにもがこうとするが、けが人と言えど屈強な騎士達に抑えられて、身動きが取れない。
アンジェリカが桶を持って待ち構えるとコトンと音を立てて矢じりは出てきた。
激痛から解放され、顔面蒼白となったけが人の息はまだ上がっている。
しかしこれでは終わらない。すぐさま傷口を洗浄、消毒し、軟膏を塗る。
先ほどではないが、傷の手当に傭兵は小さなうめき声をあげた。
額にも裂傷があるが、父の判断で消毒と軟膏での処置となった。
アンジェリカが清潔な布で覆いと包帯で巻く。そのあと少し落ち着いたタイミングで痛みの緩和と解毒に効く茶を飲ませた。
「…ありがとう。君は?」
ぐったりしながらも傭兵はかすれた声で礼を言った。
「アンジェリカよ。あなたは?」
「ああ、、、えっと…トムだ」
少し言葉に詰まったような気がしたが、傭兵は自分の名前は言えるようだ。アンジェリカは安堵の表情を浮かべた。
「催眠効果もあるお茶だから、ここで安静にしていて。」
しばらくするとけが人の男は静かに寝息を立て始めた。
他の騎士たちの怪我は打撲や裂傷が多いものの簡単な処置で済んだ。
「助かった。感謝する。申し遅れたがミハイルだ」
ひと際立派な甲冑を身に着けていた騎士がそう口にした瞬間、アンジェリカは内心驚いていた
ミハイル?確か帝国の第2皇子だったはずだ。
しかし父は何も言わずうなずく。
「ジョージ・レイブンです。ところで、戦闘はどちらで?」
「村の近くだ。住民たちは教会の方に避難しているが…」
「そんなところまで?」
「ああ、辺境伯が隣国イングリット王国を怒らせてしまってこの有様だ。あわてて中央に援軍の要請があったが…」
それを聞いた父ジョージが一瞬苦い顔をした。
「そうでしたか。それで、先ほどの患者は?」
「ああ、そっくりだろう。私の影武者だ。…私が席を外していた間にこんなことに」
「ここのことは誰からお聞きに?」
「失礼かもしれないが…村人に聞くと、人里離れた山のふもとにどんな傷でも病でも治す魔女がいると聞いてあるいは、と」
「なるほど」
ジョージは慣れたものと言わんばかりの表情で頷いた。
「私は間もなく戻らねばならないが、またケガを負った者を連れてきても構わないか」
「ええ、構いません。ただ今日はもう遅い。村までの道中はならず者や狼もうろついているでしょう。今夜は泊まっていきなさい」
そうして騎士と傭兵の一団はこの人里離れた屋敷で一晩過ごすことになった。
翌朝ミハイルはトムが目覚めたのを確認すると再び騎士の一人と共に村の方へ戻っていった。
目を覚ましたトムは診察室のすぐ隣の部屋でしばらく安静となった。
まだ体を動かせないトムにアンジェリカがヤギのミルクで作った粥と、昨日と同じ茶を口に運んでやった。
「昨日はみっともないところを見せて面目ない。それにしても君すごいね」
毒はそれほど強いものではなかったのか、あるいは治療が功を奏したのかトムは随分話せるようになっていた。
「何が?」
トムの包帯を巻きなおしながらアンジェリカはそっけなく答える。
「あんな傷を見ても平気なのかい?」
「ええ、もう子供のころから慣れているわ」
「そうか。手際も無駄がなくて素晴らしいね」
「この辺りは人里離れているとは言っても国境付近だし、領内の治安も良いとは言えないからけが人や病人がよく運ばれてくるの。でもお父様は誰でも彼でも受け入れてしまうのよ」
「素晴らしい父君だね」
「ええ。それより、あなたまだ熱っぽいわ。毒矢と骨折のせいだろうけど、油断しないで安静にしててね。それとこの水をたくさん飲んで」
ベッドわきに置かれたピッチャーの水には利尿作用のあるハーブを漬けてある。
とにかく、体から毒を出さねばならない。
「いろいろとありがとう」
まだぐったりとしているが、話は出来るようだ。
トムの言葉に微笑んでうなずくとアンジェリカは部屋を出た。
「…魔女どころか、天使じゃないか」
トムはアンジェリカのいなくなった部屋で彼女の美しい顔を思い浮かべて呟いた。
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まだ続きを上げていきますので、お気に召しましたらお読みください。




