魔力の刻印と公爵邸の夜 3
わたくしが夜の中庭で「出てらっしゃいませ~、悪役令嬢のご挨拶つきよ~♪」などと甘ったるい声を響かせていると、遠く暗がりの端からギシリと金属音が鳴り、何者かがこちらへ一歩踏み出す気配を感じました。あらあら、案外素直にお出ましくださるのね? こちらから探し回る手間が省けて助かりますわ。そう思ってにっこり笑みを貼りつけたまま、わたくしはターンでもするようにスカートの裾を翻してみせました。
「やあね、わざわざこんな遅い時間に遊びに来るなんて、よっぽどお暇なんでしょう? それとも公爵家の何かがそんなにも欲しいのかしら」
ピクリとかすかに木霊する声。それが威嚇か嘲笑か判別できませんが、ひとつ確かなのは、相手にとってわたくしの存在が想定外に鬱陶しい――ということ。
(おやおや、早くもイライラなさってますのね。イライラは美容の天敵ですのに)
内心でそう呟くと同時に、背後から旦那様とディオンがスッと配置を変えてくれました。囮役のわたくしが正面に立ち、二人は左右から回り込む。単なる突撃より、先に敵陣を包囲する狙いです。目の前の物陰に無数の足音が絡み合っているのがわかる。こんな夜中に人が大集合する理由なんて、ろくでもない動機に決まってますわよねぇ。
「それ以上近づくな。こっちとて暇じゃないんだ。あとで痛い目を見たくなければ、引き返せ」
旦那様が低めのトーンで言い放ちますが、返事はありません。代わりにカサッとわずかな衣ずれ音がして、こちらに向けられた冷たい視線が背筋を舐めるように走りました。んまあ、わたくしとしては「言うこと聞いてもらわなくちゃ困るわ」というより、「徹底的に泣きつかせて最後にざまぁを献上したい」と思っておりますので、むしろ反抗してくれる方が都合がいいんですけど。
そんな黒い願望を秘めてウキウキしていると、ディオンが耐えかねたように顔をしかめ、「何人か、結界技を操る奴がいる」と震え声でささやきました。なるほど、その気配か。肌にチリチリとまとわりつくような魔力の質が増している。こりゃ本気で仕掛けてくるつもりね。
「いいじゃない、せっかくですもの。存分に遊んでいってちょうだい。――ただし、帰る頃には敗北の二文字だけがお土産ですけれど」
はっきり言い切ると、物陰からすかさず声が飛びました。
「生意気な……女にしてはなかなか度胸があるな」
「もうちょっと気の利いた悪口はございませんの? それじゃ日曜のお笑い番組にも勝てませんわ」
ひゅっと嘲りの口笛が聞こえ、続けて何かを合図するように光がひとつ瞬きました。その瞬間、辺りを満たしていた空気がバリバリと電流じみた波動を帯び──魔術式が展開され始めた?
パチンと指を鳴らしたかのように、目の前の風景が歪んだかと思ったら、わたくしの足元からじわりと黒い線が伸びてきます。呪縛系の魔力? 奥ゆかしい手を使ってくるのね。ディオンの表情が苦痛に曇ってゆくのを横目で見つつ、わたくしは思いきり口角をつり上げました。
「ちょっと待ってくださいな。わたくし、そういうドロドロの呪いは専門外ですのよ? ただの“悪役令嬢”ですから~」
そう言いながら、胸元の青い鉱石を軽く握る。するとほんの数秒前までの黒い線は、わたくしに触れる直前、何かを嫌うようにピタリと動きを止めました。あら。自分でも驚くほどあっけなく遮断されてるじゃありませんか。やっぱりこの石、ただのきれいなお飾りではなかったのね?
敵の一味が「あれ?」と戸惑う声をもらすより早く、わたくしはこの機を逃さずニッコリと手を振ってみせます。
「動揺しているところ悪いのだけれど、あなた方、もう少し感謝されたいって願望ないの? こんな程度の呪いを見せられても、わたくしのリアクション薄くてつまらないでしょうに」
「何を……!」
明らかに相手が苛立った声をあげ、今度は複数の方向から光の矢が飛んできました。そちらには旦那様が一直線に駆け寄り、ぐっと腕を振り払うような仕草で魔力の奔流を防いでいます。そう、あの“病弱”疑惑の公爵様がこの瞬間だけやけに派手な動きを見せている事実が、ふつふつとテンションを上げてくれるんです。
「顔が見えないままじゃ、どんなざまぁ劇をお届けしてあげればいいのかわかりませんわ。それともお名乗りいただけませんこと?」
言葉尻に毒をまぶして問いかけると、物陰から飛び出してきた数名がこちらに一直線。彼らの目は殺気よりも焦燥が混じっているのが面白い。なるほど、本命はどこか別の場所にいると見て間違いなさそう。リリアやカイが地下を探っているあたり、そちらで何か動きがあるのかもしれませんわね。
そう考えた直後、突如として奥の方から重々しい金属のぶつかり合う音が轟き、この邸全体を震わせました。ディオンがはっと伏し目がちに呻き声をこぼし、視線を交わした旦那様は険しい表情を向けてくる。どうやらこっちだけでなく、あちらも一触即発状態のようですわね。
「いいでしょう、ここは手早く済ませて差し上げます。あなた方、御覚悟はよろしくて?」
わたくしの台詞を合図に、ディオンが最後の気力を振り絞って魔力感知を全開にしたようで、敵の動きや陣形がクリアに見え始めました。わたくしの背筋にも微妙な震えが伝わってきます。今夜はもう、お眠りタイムなんか期待できそうにないわね――なんて、頭の片隅で苦笑したその時。
「セレスティア、正面から二人来るぞ!」
旦那様の声に素早く反応し、わたくしはくるりと腰を落としてスカートを気にせず足を踏み込んだ。そのまま“土壇場悪役令嬢”の仮面を最大限に発揮し、人差し指をぴっと突きつけます。
「ちょっと、必要以上に近寄るなんて何様のつもり? わたくしのプライベートスペースを侵すなら、その蛮行をしかるべき場所でたっぷり話題にして差し上げますわよ!」
これに相手は面食らったのか、目をひん剝いて足を止めた。ざまぁ加減はまだまだ甘いけれど、ほんの少しビビッてくれたようで嬉しい限り。
すると旦那様が横合いから一撃を加え、もう一人の男を取り押さえた。ガッと床に叩きつけられたらしい衝撃音が響き、ああもう、こういう展開を待ちわびてたわたくしのテンションは急上昇。気分が乗りすぎて薄暗い庭に向かって思わず高らかな笑い声を放ちそうになるところを、ぐっとこらえる。「悪役令嬢」なんだから、あくまで優雅にいくべきでしょう? まあ、内心は超スカッとですけどね。
そんなこんなで混乱真っただ中にもかかわらず、わたくしの頭には一つだけ疑念が渦巻いています。いったい彼らは“公爵家の古文書”とわたくしが持つ“青い鉱石”のどちらをメインに狙っているのかしら。両方とも奪うつもりだと言われればそれまでですが、そこには何かカラクリがありそうなのです。
(その答えは……たぶん、この一夜が明ける頃にはわかるのでしょう)
激しく燃え上がる闘争心とざまぁ心を胸に、わたくしは再び敵対者たちへと声を張り上げます。
「あなた方にはお気の毒ですが、わたくしが絶対にこの邸と宝物を守りますわ。どうぞ、敗北街道まっしぐらの味をしっかり堪能してくださいませ!」
“悪役令嬢”の真骨頂、ここにあり。揺れる青い鉱石から感じる不思議な鼓動は、まるで「そのまま継続――ざまぁスパイラル上等!」と後押ししているかのようでしたわ。今宵、薄闇の公爵邸で空転する陰謀劇。その幕引きは、わたくしが優雅に飾らせていただきましょうとも!




