魔力の刻印と公爵邸の夜 2
グレンフィールド公爵邸に到着後、わたくしと旦那様が外で風にあたりつつ作戦会議をしていたところ、隣を歩いていたリリアがひょいっとわたくしの袖を引っ張りました。
「セレス、見て。あの執事さん、めっちゃこそこそしてる」
彼女の視線の先では、妙に落ち着きなく廊下を走り回る執事がちらちらこちらの様子を盗み見ています。何だか挙動不審な客がバイキング会場で泥棒しようとしている図みたい。思わず吹き出しそうになるのをこらえ、リリアに軽くウインク。
「私たちを見張っているつもりかしらね。かわいらしい小動物感が壮大に台無しですわ」
「セレスはそういうのっ、すぐネタっぽく言うんだから」
リリアは呆れ顔ながらも、クスクス笑いをこぼしていました。そこへカイがのこのこと合流してきて、まるで鬼ごっこを試合形式に解説するかのような口調で言い放ちます。
「いや、あれはどう考えても怪しいだろ。俺が追いかけ回してバシッと取り押さえてやろうか?」
「余計な騒ぎを起こさないでちょうだい。わたくしまで不審者の仲間だと思われますもの」
カイは「ふんっ」と鼻で笑うと、一瞬で走り出しそうな構えをとってしまいましたが……ああ、だめだこりゃ。大概こういう無駄な闘争心を燃やして事件を徒に増幅させるタイプなんですよ、この御仁は。
と、その時です。ディオンが突然ひざを折り、苦しそうに肩を震わせました。
「ま、また来る……この、強い――魔力の波……!」
「大丈夫、ディオン!?」
慌てて体を支えようとすると、彼は片手で頭を押さえながら、中庭の方角を指し示します。
「そっち……邸の奥から……妙に重苦しい波動を感じる。生半可な呪詛じゃない……!」
わたくしの胸元に下げている“青い鉱石”がじわりと温かくなっているのは、このせいでしょうか。いつもはただのキレイな石扱いなのに、まるで防犯ベルみたいに震え、警鐘を鳴らしているとしか思えません。
「セレスティア、こちらへ来てくれ」
そう声をかけてきたのは、いつもよりピリついた表情の旦那様です。なるほど、公爵殿下がわざわざわたくしの力を頼りにしてくださるなんて、ちょっと胸キュンしてしまいますわ。が、わたくしにできることは皮肉を投げかけて敵の心を折るくらいじゃないのかしら?
「よろしいの? わたくし、優雅な小言で相手を追いつめる程度の芸ですが」
「そんな技がむしろありがたい。あいつらの精神をがっつり折ってくれ」
まさかの全面肯定に、思わず「ええ!?」と素っ頓狂な声が出てしまいました。ディオンはまだ苦悶の面持ちですが、「そういう戦法もアリだ……」と震え声で同意。あら、何だか変な連帯感が生まれていますが、まあいっか。
旦那様は執務室にひっそり隠されていたという古文書をチェックしていたようで、そこに何やら公爵家伝来の秘密が記されているらしいのです。詳しく見せてもらっていないので何とも言えませんが、どうやら今の騒ぎと密接に関係しているような気配が漂います。
「もしかすると、あの執事もその秘密を狙って――って感じでしょうか?」
リリアが代弁するように尋ねると、旦那様は眉根を寄せて小さくうなずきました。
「可能性は高い。内部に協力者がいるなら、外部からの刺客を招き入れるのも容易いだろう」
「なるほど。じゃあ、大々的に引っ張り出して『はいざまぁ!』とやる準備が必要ですわね。わたくしの毒舌が活躍しそう」
「頼もしいな?……あ、いや、そんな痛快に言うことではないが」
旦那様は苦笑いを浮かべましたが、わたくしは真剣ですよ。悪役令嬢のざまぁ力をなめるとどうなるか、ぜひ思い知ってもらいましょう。
カイは「おまえらすごい顔して盛り上がってるのな」とぼやきつつ、リリアと共に地下の方へ捜索に向かいました。どうも客用の部屋や倉庫周辺に何者かが潜んでいる可能性があるとかで、足音や細工の痕跡をしっかり確認するらしいです。いやもう、こういうときのカイは頼りになるんだか、危なっかしいんだか。
わたくしは旦那様とディオンを伴って、中庭へ向かうことにしました。その道すがら、場所によって異様に床が冷えていたり、微妙に空気が濁って感じたり、じわりと嫌な感覚が背筋をなぞります。いつ何時敵が飛び出してきてもおかしくない。するとディオンがはっと頭を上げ、虚空を睨みつけました。
「この先……壁の向こうで、集まっている……複数、いるぞ……!」
壁の向こうって、普段は使わぬ納屋や倉が並ぶ一角。規模的にはパーティ宴会場の次くらいに広い場所ですが、暗くて人気もないので、いくらでも潜伏できそう。
「それじゃ、そろそろわたくしの出番ですわね。旦那様、どう攻めます?」
「むやみに突撃して怪我を負うより、こちらが先に囲んでしまいたい。ただ相手は魔力を使う可能性がある……危険度も高い」
ははーん、ではいけしゃあしゃあと現れて、相手を討ち取るスキを作る“囮役”が必要というわけですね? おまけにメンタルをゴリゴリ削る係も兼任するなら、わたくしにうってつけではありませんこと?
「ああ、わかった。先ほど仰せのとおり、悪役令嬢の毒舌パワーでじわじわ追いつめるといたしましょう。ご期待あれ、殿下」
「大丈夫か……?」
旦那様はやや心配そうですが、冷える夜道の中でわたくしの青い鉱石がますます熱を帯び始め、まるで「突撃ーっ!」とエールを送ってきているように思えます。まったく、おかしな力が隠されているのかもしれませんが、都合よく背中を押されるなら好都合。
「さあ、行きましょうか。わたくし、こう見えて根性だけはありますの。スクラップと呼ばれたら倍返ししてやりますわ」
「やれやれ、口だけは一級品だな……頼むぞ」
ディオンはまだ痛みをこらえつつも、真剣な眼差しをこちらに向け、「僕も可能な限り加勢する」と下唇を噛んでいます。そこまでして協力を申し出てくれるのは心強い限り。
一方、静かな庭園の闇が深まるにつれ、敵の気配もいよいよ濃厚。わたくしはタタッと中央付近の小道に出て、大袈裟に咳払いなんぞをかましてみせました。
「あらあら、お隠れになっている方々? そんな陰に隠れてコソコソしていないで、出ていらしたらいかが? 悪役令嬢が直々に“ご挨拶”してあげますわよ?」
この言葉に反応したのか、じっとりした空気が一瞬震えたように感じます。まさかすぐに飛び出してくるわけもないでしょうが、これで一歩目を揺さぶってやるわけです。
――そう、今夜はどこまでが陽動で、どこからが本命なのか混乱の真っ只中。こんな危険を飼育する屋敷、現実なら「助けてママ~!」と泣き叫びたくもなるところ。でもここは乙女ゲーム(だったかもしれない)世界、しかも当のわたくしは婚約破棄ルートやら破滅フラグを避けるためにがんばってる悪役令嬢なんですもの。どんな展開が来ようとも皮肉と笑顔でねじ伏せてみせます。
「さて、旦那様。次なる手はお任せくださいませ。しっかり悪党の皆様を芝居がかった言葉で追い詰めますわ。――ざまぁの開幕は目前です!」
わたくしは心の中でそう宣言しながら、背後に控える旦那様とディオンに向けて合図を送りました。暗がりに漂う嫌な圧力を、思いっきり打ち返してやるために。
さあ、見せつけて差し上げます。悪役令嬢の真骨頂――粘着質な嫌味と堂々上から目線のコンボは、たとえ陰で画策している者たちが誰であろうと容赦なく突き刺さるでしょう。どうせなら派手に歓声をあげていただきたいものですわね。わたくしが繰り出す「ざまぁ」劇場、覚悟してご拝聴くださいな!
こうして、公爵邸に張り巡らされた暗い謀略の網を、わたくしどもはちまちまと破り始める決意を固めたのです。ここからが本番。今夜は長くなりそうでございますわよ?




