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14 きょんきょんスタンプ

 翌朝。食欲をそそる匂いで目が覚めた俺は、顔を洗って風呂場で着替えを済ませてからキョン子と一緒に食事を始めた。


「いただきます」


 今日はピザトースト。サラミやピーマンが乗っていて、齧るとチーズが伸びる。


「美味しいよ。ありがとな」

「きょんっ!」


 キョン子は俺の感想を聞いてから一口食べる。美味しかったのか、幸せそうに頬を弛めた。

 仲直りしてから最初の食卓。しばらくは洗脳されて咲耶さんのことしか考えていなかったから、普段キョン子とどんな風に接していたか距離感が掴めない。

 心なしか、前より表情が柔らかい気がする。


「きょん?」


 見ていると、きょとんと首を傾げてもぐもぐするキョン子。

 あれ、コイツこんな可愛かったっけ? いつもなら「こっち見ないで。ご飯中なんだから気持ち悪くさせないで欲しいきょん」とか言ってきそうなのに。


「あんまり見ないできょん」

「……」


 おかしい。罵倒してくれない。なんでそんなもじもじしてるんだ。


「トイレ大丈夫か?」

「何急に。気持ち悪いきょん」


 身の危険を感じたのか、キョン子は自分の身体を隠すように抱いた。

 これこれ。この蔑みの目だよ……じゃないだろ。何喜んでるんだ俺は。


 俺にそっちの趣味はない。突然キョン子が優しくなったから驚いただけ。最近は険悪なムードだったし嫌がらせもしてきたから慣れてないだけだ。


 あれ、さっきからキョン子のことばっか考えてるな。

 何意識してるんだよ。相手はキョン子じゃないか。


「ごちそうさまでした。俺は学校行ってくるな」

「いってらっしゃいきょん」


 手を振って見送ってくれるキョン子に、俺は戸惑いながら振り返して学校に行った。



 学校には早めについた。講義室に入るとまだ生徒は少なく、開始まで二十分もある。一限は寝坊する生徒も多いため俺は優等生だ。……後で聞ける人がいないだけだけど。


「げ、鈴人くん」


 声の方を見上げると、黒髪ロングの似合うミスコン一位の咲耶さんがいた。

 俺は狂ったように恋していたが、サキュバスの洗脳が解けた今では可愛い女の子の一人にしか映っていない。てか、なんでそんな睨むの?


「おはよう、咲耶さん。もうあそこには住んでないの?」

「あ、はい、そうですよ。バーの二階で暮らしてます。えっと……」


 咲耶さんは俺の隣に腰かけ、コッソリと。


「内緒にしてくださいね?」

「ん? ああ、夜な夜な一人で──ッ!」


 おもっきし足を踏んづけられた。咲耶さんが涙目で怒っている。


「そっちは忘れてください! そっちじゃなくて……サキュバスのことです」

「ああ、そっちか。言わないから安心して」


 今は尻尾も羽根も生えていない。どうやら食事──甘い記憶や感情を食べる時などはサキュバス本来の姿に戻るらしい。食事の方法はキスだ。首筋でも微量に吸えるが、口の方が濃厚で美味らしい。吸われても害はないが、キョン子が俺の初めてを守ってくれた。


「鈴人くんは鬼畜です」


 ぷくっと膨れて怒りを表す咲耶さん。全然怖くない。

 あと、性格もだいぶ違う。こっちの方が親しみやすいな。


「ごめんて。勉強はこれからも教えてあげるから」

「結構です。わざと出来ない子を演じてたので」

「腹黒いなぁ。でも他の男には言わないから」


 ふと、教室にいる男を見る。咲耶さんと一緒にいる割には嫉妬の目が無い。


「もしかして、もうバレてる?」

「失礼ですね、私は黒くないですよ。毎日付きまとわれても鬱陶しいので魔法で好感度を調整してるだけです。告白とか食事の誘いとか追い払うのが面倒なので」

「俺には無縁の悩みだな」

「あ、そうだ! 鈴人くんが彼氏役してくださいよ。事情も知ってますし、たまにちょっと食べさせてもらうだけでいいので」

「やだよ。なんか不純だ」

「少しキスするだけなのにですか?」

「十分だよ! 貞操観念が全然違うな」


 欲求不満なのだろうか。魅力的なのに一線は超えてなさそうだし……。


「残念です。でも、ウィンウィンだと思いますよ?」

「何の話?」

「解消しないと苦しくないですか? その、キョン子ちゃんと一緒に住んでると──」

「──ッ⁉ べ、別に心配しなくても大丈夫だよ!」

「大変だと思ったら吸ってあげますね。あ、ソッチの意味じゃないですよ? 少しは発散できると思います。サキュバスのお仕事ですから」


 ソッチってどっちだ????????


「大丈夫! 必要ない!」

「そうですか。遠慮せずにいってくださいね?」


 咲耶さんは残念そうに肩を落とす。

 猥談ばかりであれだから、俺はキョン子に聞けないことを聞いてみた。


「咲耶さん、魔界とこの世界って簡単に行き来できるの?」


 咲耶さんも魔界から移住してきて日本でひっそり暮らしている。


「簡単と言えば簡単です。私の場合は転移する魔法具を使ったのですが、高度な術式を使えれば可能だと思いますよ」


 ということは……。いや、考えても仕方ないか。


「キョン子が帰りたくないって言ってるんだよな。成仏したいらしいんだけど、どんな未練があるのか教えてくれなくて困ってるんだ。女の子目線で心当たりとかない?」

「え、本気で言ってます?」


 咲耶さんは引き気味に答えた。俺をまじまじ見ると諦めたように息を吐き、


「鈴人くん、キョン子ちゃんのこと好きじゃないんですか?」

「え、いや別に。なんとも思ってないけど」

「えっちしたいって思わないんですか?」

「っ⁉ お、思うわけないでしょ! キョン子は友達みたいなものだし」

「へぇー。ニマニマ」


 うわ、なんかムカつく。なんだっていうんだよ。


「うふふっ、私からはなんにも教えてあげませんっ」


 咲耶さんはあざとく笑うと、その辺の男ならころっと落ちるウインクをした。


「あ、私から一つ」


 弛んだ頬を引き締めて神妙な顔をする。


「私は聞きかじった程度ですが、キョンシー軍は悪名高いです。キョンシーだと気づいた時は私も本気で戦わなきゃって思いました。まあ、キョン子ちゃんを見てすぐにこの子は安全だって思いましたけどね」


 一から十まで話さずとも言いたいことは分かった。

 キョン子は、それだけ過酷な環境に身を置いていたということだ。


「そっか、ありがとう」


 ほどなくして講義が始まり、俺はいつもより少し集中できなかった。

 学校が終わって夕方。


「ただいまー」


 いつもより早い時間の帰宅。まだ日が昇っているためキョン子と出かけるには早い。


「お帰りなさいきょん」

「……」

「どうしたきょん?」

「いや、なんでもない」


 ──キョン子ちゃんのこと好きじゃないんですか?

 急に咲耶さんのセリフが思い起こされた。俺がキョン子を好き? いやいやないだろう。

 可愛くてスタイルもよくて料理も出来てノリもいいし助けようとしてくれた。

 でも俺のことバカにしてくるし嫌いって言うし中身は子どもっぽい。


「きょんきょんきょきょん、きょんきょんきょきょーきょん♪」


 今だってインクを塗り合うゲームを、ジャイロ機能に合わせてぽよんぽよん胸を揺らしながら、きょんきょん言ってプレイしている。……あ、倒された。煽られてんじゃん。


「今日はどこか行きたいところあるか?」

「んーとぉ、本物のイカを見たいきょん!」

「じゃあ水族館だな。日が沈んだら行くか」

「きょ──んぅ……」

「どっちのテンションだそれは」

「お金あるきょん?」


 キョン子が心配そうに見上げてくる。真珠みたいな瞳が切なげだ。

 言われてみれば最近は出費が痛い。単純に生活費は二倍になったし、毎日のように出かけている。バーでもかなり貢いでしまったし、キョン子の服なども高かった。


「じゃあ、一緒に稼ぐか」

「きょん?」

「キョン子をモデルにしてスタンプ作って売りさばこう」

「きょん⁉」


 キョン子はぎょぎょっと目を見開く。この子は表情が豊かでスタンプ化したら汎用性が高いだろう。いろんな「きょん」を集めたきょんきょんスタンプを作ればきっと界隈でバズる。ゆくゆくはVTuberなんかもやって、そして流行語大賞を勝ち取り一攫千金だ!


「いつも使ってるメッセージアプリあるだろ? お前ほとんど『きょん!』って返信するけど顔見えないからわかりづらいんだよ。そこで、絵が付いてたら喜怒哀楽が一発で表せるだろ? 俺たちの普段使いもできるしお金も稼げる。一石二鳥だ!」

「そんなことできるの⁉ どうやるきょん⁉」


 興味津々に食いついた。


「スタンプ作るアプリがあるんだ。写真撮って、俺が編集ソフトでデフォルメしてマスコットっぽくするから、そしたら文字とか入れて審査に出す。そうすれば販売も出来る」

「よくわからないけど凄い! すぐやるきょん!」


 ということで、まずは写真撮影を始めた。

 いろんな表情のキョン子をお楽しみください。


「きょん!」これは肯定する時に使うYESの顔。

「きょん!」こっちはむすっとした、NOの顔。

「きょおおおおおおおん!」激怒してる顔。

「きょ~ん」寂しそうな顔。

「きょんっ⁉」驚いた顔。

「きょん?」とぼけた顔。

「きょっきょっきょっ」嘲笑う顔。

「きょんきょん♪」とびっきりの笑顔。


 エトセトラ──


「よし、こんなもんだな。見てみるか?」


 鏡は見れないが、写真なら見ても平気だ。


「写真撮られても魂取られないって本当なんだ。よく撮れてるきょん」

「あー、昔はそんなこと言われてたっけ? こうして見るとどれも可愛いな」

「きょ……きょん」


 キョン子は目を伏せて赤くなってしまった。

 俺はそれがどういう表情かよく分からなかった。


 写真をパソコンに転送して、アニメチックなデザインに起こす。絵柄に合わせて「きょん」の文字を入れて、背景効果を微調整。そう時間もかからず試作品が完成した。


 自分でもかなりいい出来栄えで、キョン子も喜んでいる。

 あとは申請するだけなのだが……俺はこれを販売するか決めかねた。

 デフォルメしたとはいえ、キョン子をみんなに見せることに抵抗を感じた。

 世にはアニメのスタンプも多いし、キョン子がキョンシーだとバレることはないだろう。


 でもそうじゃなくて、俺以外の人間に使わせていいものか。

 キョン子の可愛さを世間に知らしめて、金を貰って、俺は満足なのだろうか。

 ──見せたくない。

 俺はそう思ってしまった。柄にもなく。認めたくないが。二人だけの思い出にしたい。

 この気持ちは、もしかして。もしかしなくとも──


「リン? 申請しないきょん?」

「……まだ手直ししたいからな。後は俺でやっておくよ」


 俺はパソコンを閉じながら、一旦思考を切り上げる。

 きょとんと不思議そうに見つめてくるキョン子を見ながら、身体が熱くなるのを感じた。

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