浄法寺に伝わる蕎麦種
10、浄法寺に伝わる蕎麦種
退職して時間ができた杉下は週に2回は蕎麦を打つようになった。蕎麦粉は練習用という事で中国産の安い蕎麦粉を用意した。技術を最上級にするためにこね方、打ち方、切り方を徹底的に学習した。週に2回出来上がった蕎麦を食べることは大変だった。知り合いに声をかけて、食べることに協力してもらった。
退職して時間もたくさんできたのでゴルフに行く機会も増えた。中学生の時から同級生として仲良くしてきた東村君や高田君、行田君はゴルフを通じた長い付き合いである。その日も土曜日を利用して県内のゴルフ場に出かけた。4人とも同級生だが完全にリタイアしたのは杉下だけでみんなまだ仕事を続けている。ティーグランドで前の組がセカンドショットを打ち終わるのを待っている間に東村君は
「親の介護大変やな。」
と話題を振った。杉下も
「うちの親父も大変なんやって。95歳で介護認定2、毎朝デーサービスに出すのに苦労してるよ。」
と答えた。
「ところで、おれ、蕎麦打ちの研究しているんやけど、蕎麦の種類ってどんなのがあるのか知ってるか。」
と問いかけてみた。高田君はJA関係の仕事なのでもしかしたらと思っていたが
「福井県産蕎麦粉とか書いてあるけど蕎麦の品種については分からないわ。」
という事だった。行田君も
「僕の家は永平寺の門前だけど蕎麦は永平寺の寺でも食べられているし、門前のお土産屋さんでは大量に使っているよ。でも品種までこだわってはいないよ。」
という事だった。杉下は東村君に
「浄法寺は山間だから昔から蕎麦の栽培はさかんでなかったんか?」と聞いてみると
「浄法寺山から流れる的川の谷あいでは田んぼ作るのも大変やで、蕎麦もたくさん作ってたとは聞いたことがあるわ。でもその品種がどんなものなのかは聞いたことないな。」
結局、大きな成果はなかったが、みんなに聞いてもらって結果が出たのは数日後だった。
次の週の土曜日、杉下が中国産蕎麦粉で蕎麦打ちの練習をしていると、東村君から携帯電話に着信があった。何だろうと思い携帯電話で応答した。
「もしもし、杉下ですけど。」
「東村ですけど、この間、蕎麦粉のこと言ってたやろ。うちの嫁さんに話したら、近所の主婦でやってる野菜作りのグループのおばさんたちに話してくれて、年配のおばさんが言うには浄法寺にはとてもいい品種の蕎麦があったけど、今はほとんど作っていないらしい。でも大きな百姓だった東村さんのおばあちゃんだったらその種を持ってるんでないかと言われたんだ。それでうちのばあちゃんに聞いてみたら、蔵の中に種があるかもしれんと言うので、うちの嫁さんが蔵の中を探したら、袋に入った蕎麦の種がでてきたんだ。袋の表には『的川蕎麦 浄法寺の宝 持ち出し禁止』と書いてあるんや。ばあさんに見せたら『あーこれやこれや。昔から浄法寺ではこれを作ってたんやけど、収量が少ないでほかのもんに変わってしもたんや。でもおろしそばにすると香りが違うんや。私はこの蕎麦が好きやな。』って言ってたよ。使ってみるか。」
と教えてくれた。
「すごいな。それはまさに浄法寺の宝やな。うちは浄法寺ではないけど少し種を分けてもらえないやろか。」
と頼むと
「どうせこのまま使わずにいつか捨ててしまうやろで使うんなら大事に使ってくれ。」
と言われて種を1キロほど分けてもらうことになった。
「今、蕎麦打ちの練習をしている最中だから夫婦で食べにこいや。」と言ったら
「ほんなら、種を持っていくで蕎麦食べさせてくれ。」
ということになり交渉成立となった。1時間ほどすると東村君は夫婦で杉下家を訪れた。東村家の夫は杉下とは中学生のころからの付き合いだが、奥さんは県外から嫁がれた方なのでそこまで親しい間柄ではなかったが、杉下が東村家を訪れるたびにお世話になったり、杉下が赴任した学校でPTAの役員をしてくれたり、旧知の仲だった。台所に入ってもらい座席に着くと挨拶もそこそこに杉下はすぐに1杯目のおろし蕎麦を出した。
「まあ、食べてみてくれ。」
杉下が言うと
「私までついてきてしまい申し訳ありません。」
と奥さんが言っていたが
「僕が2人で来てくれと頼んだんです。さあ、食べてください。中国産の安い蕎麦粉だけど打ちたて、茹でたてです。どうぞ。」
と言って4人とも蕎麦を食べ始めた。
「中国産でも打ちたてはやっぱりうまいな。切り方も茹で方もなかなかやるな。」
と東村が感想を述べてくれた。
蕎麦を食べながら杉下が
「この的川蕎麦の種はいつごろ採取した種かな。」と聞くと東村君の奥さんが
「さっきお母さんに聞いてきたけど、『50年ほど前に最後の収穫をした時の蕎麦の実の残りで50年もたっていると発芽させるのは難しいかもしれないよ。』って言ってましたよ」
と教えてくれた。
「50年もたっている種は乾燥しきっているので難しいけど、縄文時代の種でも発芽に成功した例はあるから、いろいろ試してみるよ。僕には秘策があるんです。」
と答えた。




