第47話 伸るか反るか
※今回二視点且つ長文です。
(滅茶苦茶空気重いんですけど…。)
敵陣に張られたテントのような建物の中で俺達は部族長達と向き合っていた。
対面に座する族長達の目は敵意に満ちている。
「…話を聞く前にこちらから質問をさせてもらおう。」
壮年の年頃と思われる金髪の男と狐耳の妖艶な女性が口を開いた。
「イナリ、何故お前がそちら側にいる。」
「せやで、何しとるんアンタ。」
声を掛けられたイナリはビクッと震えた。
無理もない、彼女は元々あちら側の人間だ。
それが敵側について本陣に押し込むという事が相手から見ればどのように映るのか想像に難くない。
「い、嫌やわぁ皆そないに怖い顔せんでーー」
イナリがはぐらかそうとおちゃらけると金髪の男から殺気が溢れ出た。
「――言葉は選んで話せよ?場合によっては首が胴体と永遠に別れを告げると思え。」
これは…本気だ。
裏切り者がどういう扱いを受けるか想像はしていたが実際に目にすると身震いするものがある。
だが、イナリも生半可な覚悟でここには来ていない。
「…ウチは皆が手を取り合う未来に賭けた、それだけどす。」
気丈に言い切ったが固く握りしめた手は震えている。
だが、その目は真っ直ぐに金髪の男を見据え、瞳からは興味を微塵も感じさせない。
「イナリ…アンタって子は…。」
「…ふん。覚悟だけは確かなようだな。」
男はイナリから目線を外しゼオンに向けた。
「…まぁいい、お前の処分は後程話すとしよう。して、話とはなんだ。」
「うむ。」
ゼオンはこの場の人間の視線が全て集まるのを待ってから口を開いた。
「儂からの提案は一つだ。この戦いもうやめにせんか?」
あっけらかんと言い切ったが大丈夫なのか!?
そんなに軽いノリで話すもんじゃないだろうに。
「…我等は不退転の覚悟でこの戦いに臨んでいる、その理由が解らない程間抜けではないと思っていたが?」
ほらやっぱり。
男は眉をひそめ苛立ちをあらわにしている。
いきなり押しかけて「戦争やめようぜ!」なんて都合が良すぎる。
しかも向こうはこの戦いで食料を得なければ冬を越せずに何人も死者が出るのだ。
まさしく背水の陣、生半可な覚悟では無いのは分かりきっている。
「もちろんタダでとは言わん。儂達は主らにこれを託そうと思うておる。」
そう言うとゼオンは1つの野菜を族長たちの前に差し出した。
その野菜は青々とした葉に大人ほどの腕もある太さのピンク色の根をもった前世でいう大根のような野菜だった。
「何だこれは…?」
「【レベン】と言う野菜でな。主らの故郷の土地でも育つ作物だ。」
ゼオンがそう告げるとざわめきが起こった。
衛兵達も顔を見合わせ困惑の色を見せる。
圧倒的優位に立っている状況で和平を申し出に来た敵将が得体のしれない野菜を渡す?
一般常識のある人間なら精神科の受診を勧める展開だ。
「その様な戯言を我等が信じるとでも?」
俺たちは嘘をついていないがすぐに信じられる話では無いだろう。
辺りがざわめく中、族長たちは戸惑うことなく厳しいまなざしを保ったままだ。
「まぁ信じぬだろうな。だが其方の見目麗しい女性ならコレの真価を推し量ることが出来るのではないのかね?」
ゼオンが笑いかけるのはイナリに似た面影を持つ女性だ。
「そんなことまで話しとるんかウチの子は…。ほんまに身も心も売ってしまった言うことかねぇ…。」
イナリから事前に聞いていた情報だと、彼女はイナリの母親、名をミヤビと言うらしい。
彼女は一族きっての魔術師で鑑定の魔術も使えると聞いている。
「狐人の。この中で鑑定が使えるのはお前だけだ。」
「分かったわ…。ほな見させてもらうわ。」
そう言うとミヤビは顔をレベンに近付け鑑定を始めた。
実のところこのレベンという野菜の正体は堕落の種が成熟した姿だ。
今回の交渉のために植物を自在に操るジェノの魔法を使って1つ種から成長させたものを持ち込んだのだ。
魔法を使ったとはいえかなり成長は早く、実際に育てたら1.2か月で収穫できるぐらいにはなりそうだ。
連作障害があるかどうか等は追々確認していかなければならないが、ジェノ曰くそういった問題は無いらしい、正に夢の作物だ。
本当に鑑定が使える人間ならこの作物の凄さに気付くはずだが…。
(大丈夫そうだな。)
チラと顔を見やると最初は目に見えて胡散臭げだったミヤビの顔が驚きに彩られている。
「何やのこれ…!」
驚愕の表情を見せるミヤビに周りの族長達にも動揺が走る。
「どうした、狐人の。」
「毒草だったとかいうオチかぁ?」
族長達を含め皆口々に事実を疑う言葉を呟き俺たちに殺気が向けられる。
「どうもこうも…こりゃどえらいもんや。さっきの話は全部ホンマのことみたいやで。」
「何だと!?」
信じる気がもともと無かった族長たちは俺達とミヤビを交互に見返し表情は困惑に染まった。
「だから言ったではないか。」
この場面を見越していたゼオンはしたり顔でそう呟く。
その表情が琴線に触れたのか犬っぽい外見をした顔に傷のある男が声を荒げた。
「その話が本当だったとしたら話がウマすぎんだろぉ!?テメェら何企んでやがる?」
狼狽という言葉がぴったりなうろたえようだ。
相手の姿勢が揺らいでいるがここからどう落とし所に持っていくか城塞伯のお手並み拝見だな!
「企みといえば企みかのう。そうだのう…ここから先の説明はお主に任せようかの。」
そう呟くとゼオンは目線をこちらに向けた。
…。
(え、俺?!)
俺が自分の顔を指差すと深くゼオンは頷いた。
マジかよこのクソ爺俺に丸投げしやがった。
何が大人の交渉術だチクショウめ。
みんな俺の方見てるし…やるしかないのか…。
「えーっと…ご紹介に預かりました、料理人のレオン=リズベルグです。」
ーーーーー
…なんだこの少年は?
今まで気付かなかったが身に宿る魔力、そして身のこなし…只者ではない。
「料理人だと…?嘘を言うな、お前の身のこなしは一流の戦士のそれだ。」
「食材調達の一環で魔物を狩りますので武芸の嗜みはそれなりに。」
嗜む程度でこれほどの域に達する訳があるまい。
此奴の実力、底が見えん…!
「あのー、お話進めてもよろしいですか?」
自然体でいるが油断ならん…。
どの様な話をしてくるかも読めん、これは気を引き締めて相手をせねば。
「うむ。続けよ。」
しかしてその直後このレオンという少年から語られた提案は信じられない内容ばかりだった。
まず、最初の驚きはこの話をのめばシーラという女商人が条件付きで3年間我等の食糧を無償で供給するというのだ。
その条件とは二つ。
一つ、余ったレベンや我々の主食である魔獣の乳や卵の買い取りを優先的に取り付けること。
二つ、此奴等が指定する魔獣を飼育し産出された肉、乳、卵、毛皮等を販売すること
以上だ。
なぜ今まで見向きもされなかった我らの食糧にまで興味を持つのかよく解らんが、城塞伯も納得の上だというのだから不思議なものだ。
さらに我等を混乱させたのは提示された支払い額だ。
提示された額が本当であれば商隊や輸送隊を襲って得る利益よりもはるかに高く、安定かつ安全に収入が得られることが出来る。
これが実現するのであればまさしく我が描く未来に手が届く
…だが、話がうますぎる。なぜここまでする必要があるのだ?
幾つか浮かぶ疑問の中で最大の疑問を目の前に鎮座する少年に投げかける。
「一つ良いか?」
「何でしょう?」
「何故これほどの物を我々に託す?どこでも育つ植物ならば他にも土地はあるだろう。」
そう、此奴の提案の相手は我々でなくとも成り立つはずの話なのだ。
我等を打ち滅ぼした後に他の者に売り払えば巨万の富が得られるだろうに。
「その実レベンは寒ければ寒いほど良い味を出す野菜なのです、そして私が知る限り皆さんがこの近隣で最も北で生活を営まれている、となれば皆さんにお任せするのが一番です。それに…」
淡々と我の質問に答えた後、少年は破顔しながら続けた。
「今後皆さんとは良き隣人で在りたい、そう思うからお願いしたいのです。」
良き隣人…とな。
遥か昔に我等の祖先がこの地に追いやられてからそのような関係を築いたと言う話は聞いた事がない。
誰も叶えた事がない夢物語をこの少年は信じてやまないのか。
一見純真無垢な少年の語る夢物語を聞いて眉間に皺を寄せて居ると一人、頭を下げつつ声を上げるものが居た。
「御大将、ウチからもお願いします。もう誰も傷つかん、誰も飢えで死なんようにする為に手を取ってもらえまへんか?」
裏切り者の狐人、イナリだった。
「イナリ、貴様どの面を下げて…」
「どないな罰でも受けます、そやさかいいっぺん考えておくれやす。」
昔から人を騙すことに秀で、本心を決して見せることのない小娘が人に頭を下げた。
普段であれば演技だと捨て置くところだが、今のイナリからはそう言った気配を微塵も感じない。
嘘の可能性も否定はできないが、込められた気迫に驚嘆の眼差しを向けると城塞伯が割って入った。
「お主は知らんだろうがこの娘もな、レベンの種を得んが為にレオンと共に命を賭してダンジョンに潜ったのだ。」
城塞伯は頭を下げるイナリを優しい眼差しで見つめながら語る。
その眼差しは我が子の将来を期待するかのような温かさを感じさせる。
「この光景を見てお主は何とも思わんか?」
「…何がだ。」
「主らの部族の者と我らの街の者が共に手を取り合い、互いの未来を守るために進まんとしている。儂らが長年出来なかった事を既に彼等はしているのだ。」
確かに、同族同士が手を組むのにもこれだけ時間がかかったのに、こ奴らはこの短い期間で言葉を交わしあい、手を取り、一つの可能性に向けて切磋琢磨し、迫る軍を掻き分けてここまでやってきた。
その行動は今まで誰もなしえなかった新たな道を指し示す光かのようだ。
「どうだ。彼等の提案に賭けてみんか?」
どう…だろうな。
確かにこれは賭けだ。
今回の話を飲むとなると、我々は大きな借りを城塞都市に作ることになる。
今後一つでも動きを間違えればその先に待っているのは友好ではなく別離、最悪隷属する立場に堕ちる事があるかもしれない。
一族の将来を決める決断、それゆえに簡単に話を飲むわけにはいかない。
だが、無下に踏みにじる話でもない。
心が揺れ思わず弱気な発言が口から漏れ出した。
「我らが断ち切れなかった負の連鎖はそう容易く乗り越えられる物ではないぞ。」
しかしそんな我の苦悩を笑い飛ばすかのように目の前の老人は笑った。
「だから我々大人が居るのだろう、同じ失敗を次の世代にさせぬようにな。」
そう、か。
互いに積み上げてきた負の歴史も裏を返せば成功への道標になるのか。
「…ッフ」
皮肉なものだ、見方さえ変えれば我にも出来たのかもしれない。
皆が手を取り合う未来を創り出すことが。
だが、今この立場ではしがらみが多すぎる。
故に、他の者に託すしかないか。
何色にも染まっていない純白の志に。
「少年よ。」
「はい。」
大人しく我々の会話が終わるのを待っていた少年はピンと背筋を伸ばして我の言葉に耳を傾けた。
「我ら部族は皆誇り高き兵達の集まりだ。もし、我等の誇りが穢された時、その牙はお前達の首元に突き立てられると知れ。」
「それってつまり…。」
少年の問いかけに答える事無く立ち上がり声を張り上げた。
「誇り高き獅子人の族長、レツオウが宣誓する!!!」
その声は天まで届くように響き、戦線で立ち尽くす兵士、そして遠く城壁に囲まれた街の中にも響き渡った。
「今日ここで我ら北方部族は城塞都市ヴェルスタッドと和平の契りを交わす!!」
声を発して数秒後、壁の向こう側から地響きのような歓声が上がり、こちら側の兵達は静まり返った。
我は兵達を扇動し夢を見させ…そして裏切った。
今後どのような仕打ちを民から受けるか解らない。
一族を売った最悪の長として語り継がれるかもしれない。
だが、変わらぬ事実が一つだけそこにあった。
「もう、戦いは…終わりだ。」
お読み頂き有難うございました。
ブクマや評価だけでなく感想まで頂けて「嬉しい」という表現しかできないのが悔しいぐらいです。
本編ですが北部戦争が終結しました。
いやぁ今回は書くのに本当苦労しました…。
結果としてこの一話に4日もかかってしまって、
キャラの一人称とか呼び方とかぐちゃぐちゃになってないか心配です。
2章に関する思いはエピローグで綴ろうと思います。
この章も残りわずか、お楽しみください!




