第30.5話 火の無い所に煙は立たぬ
※久しぶりのシーラ視点のサイドストーリーです。
「またかい?」
目を通していた書類から顔を上げ従業員の報告に耳を傾ける。
ここはシーラ商会の執務室。
商会店舗の上に設けられた一室で、基本的に財務や一般顧客以外からの依頼を捌いたりするのに使われている。
「はい、近隣諸侯のオーベルヌ伯、ルージュ伯からもギム粉や干し肉、ビンズなどの商品の発注が来ています。」
「冬が近いとはいえ随分と多く頼むんだねぇ。」
最近はヴェルスタッドの街だけでなく、近隣都市へ配達するサービスにも手を出し始めた。
依頼を受けた相手に近い店舗から商品を直接発送するのだ。
幸い時間が経っても品質が落ちにくい商品の取り扱いも増えてきたので顧客は増えつつある。
今回の客もそういった関係で見つけた相手なのだが…
従業員が手渡してきた発注表を見ると通常発注の倍近い量の納品依頼が来ている。
「どう見るさね、肉大臣。」
執務室のソファにどっかりと腰掛け昼から酒を煽るハゲ頭、アドーラに水を向ける。
「おぉん?金が儲かるなら良いじゃねぇかシーラァ。」
アドーラは酔っぱらっているようだが、なるほど。
恐らくアタシが考えている事とアドーラが考えていることは同じかね。
「やれやれ、他に何か変わったことはあったかい?」
「え、えぇ!ルージュ伯の方は在庫が少ない場合は普段の1.5倍の額を払うからその時はよろしく、と。凄いですよ会頭!この短期間でこれ程の発注なんて!」
「まぁねぇ…。」
興奮気味に従業員は報告してくるが、彼の熱気とは裏腹に頭は冷静になっていく。
ルージュ伯はヴェルスタッドの街に結構な数の騎士団を派遣している貴族だ。
そこがこの動きを見せるって事は…いやな事を聞いちまったよ。
「有難う、仕事にもどんな。」
「はいっ!失礼します。」
バタン とドアが閉じられ足音が遠ざかっていった。
室内がシンと静まり返り、窓から通りの喧騒だけが響き始めた。
「シーラよぉ、こいつはいよいよキナ臭いぜ。」
頃合いを見計らってアドーラが口を開いた。
彼が口を開いたという事は盗み聞きされる心配がない、ということだろう。
先程は酔ったふりをしていたが、やはり話の内容だけに従業員の前で口にするのが憚られたのだろう。
こういう機転がきくからアドーラは頼りになる。
「そうだねぇ、わざわざ自分の領土からじゃなくアタシ達にこの量を頼むって事は誰にも感づかれたくない事情があるってことさね。」
「あぁ、冒険者ギルドの方にも城塞伯の臣下がちょくちょく顔を出してやがる理由が解った気がするぜ。」
「ギルドに城塞伯の…ねぇ。」
冒険者ギルドに城塞伯の臣下が来るって事は協力要請か。
これは近いうちに一波乱あるとみて間違いないだろう。
念の為鍛冶屋ギルドのあたりにも探りを入れて発注数が増えていたらいよいよ危険だ。
身の振り方を考えないといけないね、
「で、どうすんだ?食料の在庫はまだあるんだろ?」
「あぁ、発注には対応するけど買占めはさせないよ。」
金持ちに好かれる商人は確かに儲かる。
だが市民に嫌われるような商売をすれば波が去った後に客足が離れちまう。
何よりアタシが平民の出だからそういうことはしたくないね。
本当は避けたいけどこう言った発注はこれからどんどん来そうだねぇ。
在庫はあるけど普段より多めに仕入れなきゃダメそうだ。
「そうか、念の為俺の方も干し肉やボウズが教えてくれたリエット?だっけか。あれを多めに仕込ませるようにするぜ。」
「助かるよ、肉大臣」
リエットとは最近旦那が教えてくれたラードを使った保存食だ。
レイジボアやロコバードの肉をラードでじっくり煮て作るのだが、これがまたパンと相性がいい。
保存がきく上に滑らかな味わいと深い旨味を持ったこの料理は早くもブームになりつつある。
元のラードがタダ同然なので原価が相当安く庶民にも手軽に味わえる嗜好品だ。
だがラード等の食材の調達もダンジョンがあるとは言え冬を迎えたら供給量が減る。
その為にも早めに手を打つに越した事はない。
「旦那が戻ったらこの事は伝えないとねぇ。」
「あー、そうだな。ボウズは今アイツとダンジョン潜ってるんだっけか。」
うちの顧問ことレオン=リズベルグは修行と称して今ダンジョンに潜っている。
ギルドに所属していない人間がダンジョンに潜るなんて異例中の異例だ。
だがその異例を通した人物をについてアドーラは知っているらしい。
「アイツって誰か知ってるのかい?」
「ほれ、シーラも見ただろ。あの烏羽の魔術師を。」
最近旦那の家に居候しているあの魔術師のお嬢ちゃんか。
随分と不思議な雰囲気を漂わせる子だったので記憶に新しい。
「あの銀髪のお嬢ちゃんかい。」
「アイツはお嬢ちゃんなんて玉じゃねぇよ。」
アタシがそう言うと思わずアドーラが顔を顰める。
「何か知ってるのかい?」
これだけ露骨に嫌そうな顔をするアドーラは初めて見た。
ちょっと荒い所はあるものの器がデカくて面倒見がいいこの男がこれだけ苦い顔をするのに興味が湧いた。
「アイツはなぁ…。万象術士の通り名を持った凄腕の魔術師さ。」
「へぇ、若いのに大層な通り名だねぇ。」
「若かねぇよ、アイツは俺より年上だぞ。」
「…どういうことだい?」
聞けばあのハルヴェニーという魔術師はアドーラが駆け出しの頃にこの街に滞在していた事があるらしい。
その頃から破格の強さを誇っており、アドーラが稽古をつけてもらった事があるらしい。
「他人の空似ってことはないのかい?」
アドーラは首を横に振りながら答える。
「いや、あれは本人だ。この前ギルドにダンジョンの入場許可証を取りに来た時に目が合ってな。まさかと思って見ていたら釘を刺されたぜ。」
「何をされたのさ?」
「魔法でな、声を飛ばしてきたんだよ。『内緒じゃぞ』ってな。」
「…それはまた随分だねぇ。」
そこまで証拠が揃っているなら本人なのだろう。
しかし何十年も姿を変えずに生きているとは長寿の亜人達でも難しい話だろう。
「一体何者なんだい?」
「さぁな、昔の噂じゃ魔術師ギルド創設メンバーの一人だとか言われてたぞ。」
「なんだいそりゃ、随分と尾ひれがついた話だね。」
魔術師ギルドの創設は300年以上前の話だ。
流石に出鱈目だと思いたいが…本当だったら凄い人物だ。
旦那は色々と引き寄せる人だ、そういう稀有な存在を引き寄せていてもおかしくはない。
「まぁでもそんな奴がボウズに何でついて回るのか俺にはよくわからんな。」
「あー。アドーラはそういうの解ら無さそうだねぇ。」
「おぉ?!シーラお前は解るのか?」
「まぁねぇ。」
商売柄人をよく見る仕事だってのもあるけど
その前にアタシは女だからね。
脈の有り無しぐらいは勘で解るさね。
「なんだよ、勿体ぶらないで教えろよ!」
全く…。このハゲはそういうデリカシーが無いからねぇ。
ここでアタシが下手な事言ってアドーラに広められたら可哀そうだし黙っておこうかね。
「アドーラの旦那には難しいんじゃないかねぇー。」
「おい!ちょっとぐらい良いじゃねぇかよぉ!」
「ははは!ちょっとはその光る頭を使ったらどうだい、えぇ?」
さてさて、凄腕魔術師さんのお手並み拝見といこうかねぇ。
お読み頂き有難う御座いました。
お陰様で評価ポイント400に届きそうです!
増え続ける数字が嬉しくてなんだかんだ毎日更新続けられてます。
さて本編。
久々のシーラ登場です。
最近レオンかハルの目線でしか書いてなかったから一話挟み込みました。
ダンジョンに潜っている間に動きがありそうですね。
はてさて今後どうなっていくのか。
前々から言っていますがこの章結構長くなりそうです、許しておくんなましー!
※あとリエットとても簡単で美味しいし作るだけでデキる人っぽくなるのでオススメです。
それでは次回もお楽しみに!




