詐欺じゃないんです
菜穂子が、アパートのドアを開けた瞬間に、携帯電話が鳴った。
「誰よ?もしもし?」
久美からの。電話だった。
「これわたしの番号だから。それと、今から少し時間ある?八事のイオンの前で待ってるから。すぐ来てね。じやあ、あとで」
一方的に話すと返事の隙もなく、電話は切れていた。やっぱり人の話を聞かないと思った。
荷物を部屋の中に放り込むようにして、開けたばかりのドアに、もう一度鍵をかけた。
八事は、名古屋の学生街の中心地区だ。尾張大学以外にも多くの大学が、町を囲むように建っている。
菜穂子のアパートから八事にあるイオンまでは歩いて10分ほどだ。一人暮らしの学生の多くは、ここで生活品を購入している。
菜穂子は、豊橋市の出身だ。自宅から通学しようと思えばできないこともない。しかし、高校の多くの先輩が、一人暮らしを薦めた。いくら文系学部でも、天下の国立尾張大学だ。授業内容も多い。レポートなどで11時近くになるらしい。愛知県内でも、名古屋から出れば真夜中は、真っ暗になる。
菜穂子の家は、豊橋でも更に郊外で、バスは、夕方の7時が最終だ。両親も娘の安全を考えて一人暮らしを薦めてくれた。
菜穂子がイオンの玄関について30分ほどした頃に久美がやって来た。服は、ミニのワンピースに替わり、縛っていた髪も綺麗にブローされている。
「あれ、服変えてないんだ。出掛ける前には、着替えとシャワーは、女子の必須条件じゃない」
菜穂子は、あんたが呼びだしたんでしょと言いかけてやめた。彼女は、そういう性格なのだと考えた。
菜穂子の経験則からいえば、こういう人間は、自分に甘く。人には、厳しいに違いないからだ。
「まあ、いいわ。とりあえずお茶いきましょ」
入った喫茶店は、学生たちであふれていた。店内の多くのテーブルで本を拡げてレポート書きをしている。菜穂子も数ヶ月後こうなると考えた。
テーブルに座って朝からある疑問を久美に聞きたくなった。
「今日さ。変態でも変人でもって。それって歴研に関係あるの?それに、何でみんなわたしの名前知ってたのよ」
菜穂子の言葉に久美は、微笑む。
「まず、名前ね。門のとこにある新聞研究会の学内新聞に出てたじゃない。でかでかテンポイントで。歴研に女子新入生。彼女は、天使か、悪魔か?ただの変人か?その名も高瀬菜穂子」
「わたし見てないよ」
「見ない菜穂子がいけないのよ。しかも、菜穂子の高校の先輩って人までインタビューされてたよ。昔の彼氏ってなってたけど」
「嘘よ。わたしは、年齢=彼氏無しだよ。それは、いったい誰よ」
「酒井琢磨だったかな」
「琢磨か。今度あったら殺してやる」
「やっぱり知り合いなんだ。結婚も誓いあったらしいじゃない」
「誤解ないように言うけど、琢磨は従兄弟よ。私の父のお姉さんの息子。結婚って幼稚園の頃にお嫁さんごっこした話じゃない」
「ふ〜ん。ごちそう様。でも、嘘ないでしょ。結婚誓ったんじゃない」
「それより歴研よ」
「菜穂子は、歴史研究部のこと何も知らないのよね」
「だって、年号や名前や覚えるの大変だったし」
「じゃあ。わたしがソナタ等に教えて進ぜよう」
「はあはあ〜あ。って馬鹿なノリ・ツッコミさせないでよ」
久美は、小さく手を合わせて謝る
「歴研は、部活動の中でも歴史は古いわ。すでに100年はあるわね。本居宣長がはじめたの説もあるから200年あるかも。歴代のOBには、文部科学大臣や考古学者や歴史研究家など著名人ばかりよ。栄光ある部活だったのよ」
「ふ〜ん。じゃあ問題ないじゃない」
その言葉に久美は、少し膨れてみせた。
「菜穂子。人の話聞いてるの」
菜穂子は、あんたに言われたくないと思った。
「それは過去。40年も前の話。大学も独自性が求められるようになって、尾張大は、化学や物理に力を入れ始めたの。結果として毎年恒例のように我が校は、ノーベル受賞者を出してるのよ。ところが、発掘調査とかばく大な金額入。それらの資金が理数系に回したい。ところが、歴研の先輩たちの反対で廃部にできない。今じゃ尾張大のゴミ箱となった歴研の消滅を待ってたの。いま、4年生が3人。今年入らなければ自然に無くなるはずだったのよ」
「私が退部すれば歴研は、自然に無くなるってこと」
「そうよ。尾張大学の明日が、菜穂子の猫背にかかってるのよ。今の尾張大にとってノーベル賞受賞を続けることで、日本で3番目の地位が維持できるのよ」
「わかった。尾張大より私の楽しい大学生活を取り戻す為絶対、退部してみせるわ。ところで、私そんなに猫背?」
「きっと、ヒールがあってないと思う。そんな時は、miCoのミュールとかにしてみれば」
久美の言葉に菜穂子は、
「社長か詐欺じゃないんです。って流行語作ったブランドだよね」
「安くて良い商品よ。貧乏女子大生御用達のアパレルブランド。行くなら、いますぐね」
菜穂子は、、腕を引っ張られるようにしてmiCoのショップに、拉致されたのであるが。