8 ユアちゃん
き、気まずい……。
沈黙が続く中、私たちは薄暗い廊下を歩いていた。
梨央ちゃん、起きてくれないかなぁ。
私とユアちゃんで、半分引きずってる感じの梨央ちゃん。
普段なら、死んでもこんなことできませんっ!
「ねぇ、春野さん」
突然声をかけられて、私は驚いた。
「えっ、あっ、はいっ」
「雪乃は、あなたたちといて楽しそう?」
一瞬、なんでそんなことを聞くのか分からなかった。
でも、分かった。
「多分、楽しいと思ってくれていると思います」
何となく、敬語になる。
ユアちゃんは、なんか偉い人みたいな感じがするっていうか、偉大な存在なんだよね。
だから、つい敬語。
「ならいいんだけどね。雪乃、全然あたしに近寄って来ないでしょ? だから、大丈夫かなって思って」
ユアちゃん、雪乃のこと心配してるんだ。
なんて優しいんだろう。
雪乃にも、早く気付いてほしいな。
ユアちゃんは、悪くないって。
あ、別に誰も悪いなんて言ってないか。
「大丈夫ですっ。結構、楽しそうに、してますしっ」
私がそう言うと、ユアちゃんは笑い出した。
「さっきから思ってたけど、春野さん、なんで敬語なの? 超面白いんだけどっ」
まさか、そんなに面白いと思われてるなんて、なんか恥ずかしい……。
自然と顔が赤くなるのを感じる。
ユアちゃんって、私が思ってたよりフレンドリー。
ふう、それにしても、梨央ちゃん……。
ずーり、ずーり。
梨央ちゃんが引きずられながら、寝てるって、意外。
でも、重い。
ユアちゃん、手、怪我してるのに、梨央ちゃんを引きずってて大丈夫かな?
まぁ、怪我してるとは限らないけど。
でも、もし怪我してたら、手の症状が悪化するかも!
どうしよう、そしたら私にも責任あるよね……。
とか思って、私がさらに落ち込んでいると、ユアちゃんが突然話し始めた。
「ねえ、知ってる? 雪乃って、めちゃくちゃ暗いところ苦手なんだよ」
え? 急になに?
とか思いながらも、雪乃って、そんなタイプなんだーとか思ってもいるんだけど。
さすが従姉妹。
そういうこと分かるって、いいよねー。
私、いとこに会ったことないんだよね。
男の子か女の子かもわからないし、年上か年下か同い年かも分からない。
お母さんもお父さんも教えてくれないんだよね。
まったく、私の事どう思ってるんだろう。
「そうなんですかー。意外、ですね」
やっぱり、敬語。
いきなり、ユアちゃんが立ち止まった。
どうしたんだろう?
「あ……雪乃」
そうつぶやいた。
雪乃?
私が顔を上げると、そこには雪乃が驚いた様子で立ち尽くしていた。
「ひどい、ひどいよ愛華。あんたまでユアに巻き込まれたんだ」
あ、雪乃ちゃんは誤解してる。
だから誤解を解かなくちゃ。
「雪乃ちゃん、これは違うくて、あのね、ユアちゃんは……」
「そういうの、本当にやめてってば! ユアは私を、バカにしてるだけなんでしょ!」
雪乃ちゃん、かなり誤解してるみたい。
ユアちゃんは本当は、雪乃ちゃんの事すごく心配してるのに……。
「あのね、雪乃ちゃん、じゃなくて、雪乃、ユアちゃんは雪乃の事すごく心配してたよ! 私に、雪乃は私たちといて楽しいかって、聞いてくれたよっ!!」
すると、雪乃はとても驚いた顔をした。
そして、そのあとに一瞬密かに微笑んだ。
「そう……。ごめんね、ユア。私、誤解してた、ユアは、私のこと心配してくれていたんだね。ごめんね……」
あ、良かったのかな?
なんか、仲直りしてるっぽい。
あ、梨央ちゃんを先に連れて行かなくちゃ。
紅葉もあそこにいるし。
「紅葉、ごめん。あの、梨央ちゃんを連れて行ってくれない?」
紅葉はにこっと笑っていいよと言ってくれた。
これで、雪乃とゆっくり話せる。
あ、ユアちゃんもだった。
「雪乃、分かってくれたんだね。良かった」
「うん」
なんか、あっさりといきすぎな気もするけど、まあいいよね。
雪乃もユアちゃんも、納得いくようになったはずなんだから。
本当にみんながそう思っているかは分からないけれど、多分、大丈夫なはず。
すると、突然ユアちゃんが笑い出した。
「あははっ。雪乃、まさか信じてるだなんて言わないよね? 今の、ぜーんぶ演技だからねっ?」
……えっ!?
最初に驚いたのは、多分私だった。
演技?
いやいやいやいや、待ってよ。
何で演技なんてしたんだろう?
もしかしてだけど、私と話してた時から?
「ユアちゃん、まさか、私と話してた時のことも、全部……?」
「うんっ、そうだよっ! あ、暗いところが苦手なのは本当」
パチン。
薄暗い廊下を照らしていた照明のスイッチをユアちゃんが消した。
なんで、ユアちゃん、こんなこと?
「雪乃、大丈夫ー? 暗いところが怖いのは、本当だって言ったでしょっ」
ユアちゃんは楽しそうに声を弾ませて言う。
ひどい、こんなの。
「なんで、ユアちゃん、こんなことするの?」
私はそう聞いた。
ユアちゃんの楽しげな声が消えた。
心臓の音がよく聞こえる。
静かだからかな。
「雪乃が、嫌いだから! いつも、私のお母さんにも、褒められてて、あたしといつも比べられて、心が窮屈だった! だから、あたしと同じように、一回くらい辛くなってみればいいって思ったの!」
そういうこと、か。
やっぱり、女の子って難しいんだ。
色々複雑だしね。
仕方ないことだけど。
すると、雪乃が私の想像をはるかに超える発言をした。
「知ってたけど?」
「え!?」
ユアちゃんも私も、多分同じような思いだったんだと思う。
っていうか、暗いところ苦手だったんじゃ……。
「な、何よそれ! そんなの、あたしが全部空回りしてただけみたいじゃない!」
「うんそうだよ?」
ゆ、雪乃、余裕だなぁ……。
さすがだよ、本当に。
「そんなの……ひどいよ。あたしが、どれだけ悔しかったか、あんたに分からないでしょっ!!」
ユアちゃん、それは無理があるんじゃ……?
ユアちゃんも結構、わがままなんだね。
まあ、人間なら当たり前か。
「分かるわけないじゃん」
ですよね。
「ユアーっ、雪乃ーっ、愛華ーっ!!」
紅葉が走ってきた。
どうしたんだろう、あんなに急いで。
「はあ、もう、間に合ってよかったよ……。あの、さ、梨央がユアを、なんか怪しいとか言ってたから、大丈夫かと思って、そしたら、廊下の電気、消えてたから……」
雪乃が暗いところが苦手だって、知ってたからかな。
「大丈夫っ! 私、暗いところとっくに平気だったもん」
「えっ?」
3人がハモる。
平気だったんだ。
確かに、全然動揺してなかったしね。
「最低だよ、本当。雪乃なんか、大っ嫌い。でも、やっぱり、あたしの従姉妹なだけあるよね。あたしにそっくり。そういう騙したがりなところが」
ユアちゃん、そんなこと思ってたんだ。
やっぱり、そういうことってあるんだね。
私も、もしいとこがいたとしても、まだ会いたくないかな。
こういうことが起こりそうだから。
「別に、私騙してなんかないし? ちょーっと先回りしただけじゃん。バカだね、ユアも」
雪乃が楽しそうに笑う。
あ、ユアちゃんと雪乃の笑ってる顔、似てる。
従姉妹だから、だよね。
でも、楽しそうかも。
「もうケンカしないでよ? まったく迷惑なんだからー! って、あ、授業、とっくに始まってるよね」
ほんとだ。
ヤバいかもしれない。
何しろうちの担任の先生はかなり怖いから!
しかも、一時間目の授業は、うちの学校で一番怖い先生の、柳原先生だもん!
柳原先生よりうちの担任の先生はまだマシだけど、両方から怒られるとか、本当にヤバいかも。
「うっわ、ほんとだ。早く帰らなくっちゃ! 梨央はいいとして、うちらはかなり危ないよね!」
雪乃はそう言うと立ち上がって走り出した。
もう、本当に雪乃は走るのが速いんだから!
ついて行けないし、私はゆっくり行こうかな。
でも、あんまりゆっくりだともっと怒られそう。
雪乃を目安にして走ろうかな。
そう思いながら、私はとりあえず走った。




