2 病院
な、何が……起こったの?
でも、私はなぜか倒れているみたいで、周りのことが全く分からなかった。
パニックになって、気持ちだけが焦る。
それでも、体が言うことを聞かない。
「みんな……?」
振り絞って出した声は、誰にも届かなかった。
体が思うように動かず、私はただ、倒れているだけ。
そこに、救急車のサイレンが聞こえた。
私、今まで一階も救急車に乗ったことないのに、お世話になっちゃうなんて。
ピーポーピーポーと、うるさく鳴り続けるサイレンと、慌てたような人々の声を聞きながら、私はどう やらそのまま気絶してしまったようだった。
目が覚めるとそこは、ベットの上だった。
どうやらわたしは病院にいるみたい。
って、そりゃそうか。
周りを見まわしてみたけど、目に入るのは白い壁ばかり。
梨央ちゃんたちもいなさそうだった。
それに、梨央ちゃんたちどころか全く人の気配がしない。
なんだか怖くなってきた……。
そう思いながら、私は寝ようとした。
なにしろ、目の前がかすれているんだから。
そう思ったりしていると……私はいつの間にか、寝てしまっていた。
後から男の先生が来たようだったけど、寝ていて良かった。
だって、起きていたら私は確実に気絶していただろうから。
私が目を覚ますと、そこには優しそうな女の先生がいた。
明るい……。
もう、朝になっちゃったんだ。
でも、なんでだろう。
最初に私の頭を過ぎったのは、その疑問だった。
私が男性恐怖症だという事を、知っていてわざわざかえたのかな。
そうでもなきゃ、女の先生に変えるなんて、普通ではありえない。
でも、誰が教えてくれたのかな……?
じゃあ、たまたま?
私はそんな些細なことも気になって考え込んでしまっていた。
「気分はどう?」
そんな先生の優しい声に少し安心したのか、体が緩んだ気がした。
「あの……わたしが男性恐怖症だってこと、知ってたんですか?」
驚いてパニックになった私は、ついついそんなことを聞いてしまう。
だって、それくらいしか考え付かないもん。
「え……? そうなの? 知らなかったわ」
落ち着いていて、それでも、少し驚いているようなその声に、私は首を傾げた。
知らなかった……? じゃあ、なんで代わってるの?
そう思いながら、先生の小さな白い顔を見つめた。
よく見ると、この先生すっごい美人。
私もこんな大人になりたいな。
「それにしてもよかったわね。安藤先生じゃなくて」
安藤先生……?
あぁ、あの男の先生の事か……。
わたしはボーっとしながら思った。
「ちょうど、安藤先生は出張でいなくなったばっかりなのよ」
出張? なんだ、じゃあ……たまたまかな。
それにしても、この先生、本当に落ち着く声だなぁ。
なんでこんなに落ち着くんだろう。
私は、どんなに考えても分からないことを考えていた。
まるで、小さい時のように。
それにしても、私の小さい頃って、どんなんだったんだろう?
お母さんから聞いたりしないなぁ。
私って、本当に自分の事も分からないよねぇ。
なんでなんだろう? まぁ、いっか。
考えていたら、いつの間にか私は寝てしまっていた。
目が覚めると、私は辺りを見まわした。
そんなに時間はたってないみたいで、相変わらず明るい。
多分だけど、今は昼ごろかな。
だってお腹がぺこぺこ……。
そんな時、突然私は変なことを思った。
私には将来の夢とかがないってこと。
だって、男性恐怖症だから。
男性に会わなくて済む職業って、あんまりないんだよねー。
だから、とっても困る!
それで、私には未来が見えないんだ。
本当に困ってます、はい。
って、梨央ちゃん!
「梨央ちゃーんっ!」
私は起き上がって叫びながら手を引きちぎれそうなほどに振った。
「愛華~! 良かったーっ、いたいた! 紅葉、雪乃早く!」
梨央ちゃんは私のところまで来ると、紅葉ちゃんと雪乃ちゃんに手を振る。
「もう、梨央ったら~!」
「早いよぉ!」
バタバタと忙しなく走ってくる足音と、3人の声が一斉に聞こえてくる。
その声はこの白い部屋によく響いた。
梨央ちゃんに振り回されてる二人はやっぱり疲れてるみたいだ。
さすが梨央ちゃん。
やることがハイペースすぎるよ。
でも、そういう梨央ちゃんが好きなんだよね。
梨央ちゃんの将来の夢はきっと陸上選手とかだろうな。
めちゃくちゃスタミナあるしね。
紅葉ちゃんと雪乃ちゃんは何なんだろう? 将来の夢。
もちろん、私は考えてないけど。
でも、焦らなくていいよね、うん。
「ねぇ、愛華は夢とかないの?」
突然、梨央ちゃんがそんなことを言い出した。
私はまるで心を読まれた気がして、びっくりして声が出なかった。
少しして落ち着くと、ないよ、と答えました。
「やっぱりさぁ、愛華は男性恐怖症治した方がいいよ」
そう言われても、病気ではないので、治し方が分からない。
でも、男性恐怖症というだけあって、病気かもしれない。
どちらにしろ、私は治し方を知らない。
「治し方なんて、知らないもん」
私がそう言っても、梨央ちゃんは逆にちょっと自慢そうになった。
「慣れると大丈夫になるよ。私の友達にもいたんだ」
その言葉に、私は顔を上げて、梨央ちゃんを見た。
「どういう意味?」
「男性恐怖症の子が、私の友達にいたんだ」
信じられない言葉に、私はぬけた声を出した。
「……え?」
私はびっくりした。
びっくりしすぎて、おかしくなりそうだった。
私と同じくらいで、男性恐怖症の子が近くにいるなんて。
すごく驚いた。まさか、と思った。疑いそうになった。
そんなはずないって、言い返したかった。
でも、梨央ちゃんは嘘なんかつかない。
私はそう確信した。
絶対、絶対絶対嘘なんかつかない。
嘘なんかついても梨央ちゃんに得はないし、そもそも嘘を付く理由がない。
私は梨央ちゃんを信じるんだ。
……本当なんだ。
私はとてもビックリした。
そして、それと同時にその子に会いたいと思った。
「ねぇ梨央ちゃん。その子に会いたいんだけど……」
その瞬間、梨央ちゃんははじけたようにパッと笑顔になった。
「そうだよっ! 会おう! うん、それがいいよねっ! 愛華、どう?」
私は嬉しくなった。
周りに男性恐怖症の子なんていない。
私は興奮した。
嬉しい、嬉しい!
私は本当に嬉しかった。
早く会いたい、その子に!
「私、会いたい! ううん、絶対会うっ!」
私は会うつもりでいた。
梨央ちゃんも、家に帰ったら電話してみる、と言って、家に帰ってしまった。
それに続いて話を聞いていた紅葉ちゃんと雪乃ちゃんも一緒に帰ってしまった。
もしかして、私だけみんなより重症だったのかな?
私だけ帰らせてもらえなかった。
私は一人だけ置いて行かれたのを少し寂しく感じたけど、それよりも男性恐怖症の子に会いたいという気持ちの方が強くて、寂しさはいつの間にか吹っ飛んでいた。
楽しみだなぁ。
いつ会うんだろう?
私はいつでもいいけど!
コン、と、ドアをたたく音がした。
誰かな?
「はいー」
私が返事をすると、ドアがゆっくりと開いた。
看護士さんだ。
多分、朝の女の先生が男性恐怖症のことを言ってくれたんだ。
その先生ではなかったけど、女性だっていうことは確かだ。
何の用で来たのかは、看護士さんが持っているプレートみたいなもので分かった。
昼ご飯だ!
お腹ぺこぺこなんだよね。
朝ご飯食べてないし。
私はプレートを受け取った。
看護士さんがテーブルを出してくれる。
その上にプレートを置くと、私は早速食べ始めることにした。
ん、病食のわりにはおいしい。
味もそんなに薄くないスープに、にんじんが入ったご飯。
それにおかずはなすびのトマト煮。
普通に家庭の料理だよ。
「おいしい? 愛華ちゃんは病気の人じゃないから、普通の食事なのよー」
嬉しそうに話す看護士さんの言葉に、私は首を傾げた。
愛華ちゃん?
あぁ、梨央ちゃんたちが叫んでたのを聞いたのか。
病院で叫ぶ人なんていないしね。
って、梨央ちゃん、ダメじゃん!
大迷惑じゃん!
病院で叫ぶとか論外じゃん!
いいの、かな……?
まぁ、いいか!
私は気にせず食べ終わると、プレートを看護士さんに渡して、暇をつぶそうと一人トランプを始めた。
それもすぐに飽きて、寝転がる。
暇ー。
でもでもでも!
いつか、てかもうすぐ男性恐怖症の子に会えるんだ!
楽しみだなー!
とか思っていたら、いつの間にか夜。
空はすっかり暗くなって月が出ている。
昼と同じように看護士さんが来て、夜ご飯を持ってきてくれた。
これもおいしいでーす!
あーもう、楽しみ楽しみ楽しみっ!
わっくわっくどっきどっき~って感じだなー。
よぉし、明日に備えて寝る!
お風呂に入って帰ってくると、ベットに倒れこんでそのまま寝ることにした。
でも、わくわくしてなかなか眠れなかった。
次の日、私が目を覚ますと、昨日と同じ白い壁が目の前に広がっていた。
よく寝た……。
私はベットから降りて大きく背伸びをすると、ベットに倒れこんだ。
そろそろ梨央ちゃんから連絡来るかな……。
ピロンと携帯が鳴る。
梨央ちゃんからのメールだった。
その内容は、とても信じられないことだった。
〈男性恐怖症の子、会えない。1年前に交通事故で死んじゃってる。期待させちゃってごめんね!〉
死、それは、人生最後に必ず経験すること。
それで、会えない。
もう、一生会えない。
せっかく見つけた、きっと最初で最後の本当の仲間。
男性恐怖症で、同い年の女の子。
会えなくて……ごめんね。
期待させちゃってごめんね! の文字が頭の中でぐるぐる回る。
この文は、梨央ちゃんの精一杯の気遣いなんだと思った。
一番辛いのは、梨央ちゃんなのに。
私は梨央ちゃんに謝りたくて、得意のメールを打ち始めた。
〈いいの。梨央ちゃんも、落ち込まないでね。また明日!〉
打ち終わって決定ボタンを押すと、封筒のマークが浮かび上がった。
少し待っていると、そのマークは消えて、代わりに送信完了と書かれていた。
梨央ちゃん、大丈夫かな?
でも、きっと梨央ちゃんなら大丈夫だよね……多分。
自信なくそう思うと、不安になった。
でも、こんなこと考えてたって仕方ないよねー。
うんうん。
気にしないことにしよう。
その時、足音とともにコンコンと病室のドアをたたく音がした。
「はい」と小さく返事をすると、ドアが開いた。
看護士さんだ。
いや、看護士さんじゃなさそうだな。
だってこの人、昨日の先生だもん。
先生は、プレートに4つ皿を乗せていた。
やっと朝ご飯だ!
お腹すいてたんだよね~。
先生は手際よくベットからテーブルを出ると、プレートをそのテーブルに置いた。
あったかい……!
冬だから、やっぱりあったかい食べ物が良いよねー。
それにしても、ずっと部屋の中だと、時間が分かんなくなってきそう。
これは朝ごはんでしょ。
だけど昨日は朝ごはん抜かしてるし……。
あぅぅ、早く食べないと倒れそう!
「いただきますー」
私は箸を手に取ると、温かいスープから飲むことにした。
ふー、あったまるー。
しばらく私の様子を見ていた先生は、満足そうにうなずくと「じゃあ、ごゆっくり」と言い残して病室を出て行った。
食べよう、もうこのままじゃマジで倒れちゃうよ。
私は今までの人生で一番早く食べ終わった。
それに、こんなにお腹がぺこぺこになったこともない。
夜ご飯はちゃんと食べたはずなのに。
なんでこんなにお腹がすくんだろう?
ま、いいや。




