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18 とりあえずご飯でも

「ふぅ」

 私は息を吐く。

 梨央ちゃんたちと帰ってきてすぐ。

 散々笑ったせいで、顔の筋肉のところどころが痛い。

 口を開けるたびにちくっと痛んで、しゃべるのも大変。

 これからのご飯も、憂鬱です……。

「愛華、ご飯できたわよー」

 お母さんの呼びかけに、私は肩を震わせる。

 ついにきましたか、恐怖の食事タイムが……。


 私はゆっくりと階段を降りる。

 どうしようかなぁ、これ。

 ってか、笑っただけでこんな痛くなるって、顎外れてるんじゃないの……?

 まあ、そんなことになってたらかなりの大惨事だから、もっと痛いはずなんだろうけど。

「おか……いたっ、お、お母さん、私あの、口が痛いからちょっと食べるのが……ゆっくり、かも」

 そこまで痛いわけではないけど少し痛いっていう感じで、ちょっと苦痛なんだけど、とりあえずお母さんに伝える。

 するとお母さんはじーっと私の口らへんを見て、怪しんでいるようだった。

 なんで怪しむかなぁ、この人。

 まあ仕方ないのかもしれないけどね。

 お母さんがここまで気分がいいのが続くなんて、珍しいことだもん。

 それだけでも嬉しいし、もうこれ以上望んだらダメかなぁ、なんて思ったりして。


「なら、ご飯は少なめの方が良い?」

「えっと、どちらでも、いいです」

 何となく敬語になる。

 うぅ、お母さんちょっぴり怖いよぉ……。

 何なんだろう、このどす黒いオーラ……。

 見えるよ、オーラが。

 何なのこのオーラ。

 やめよ、やめようっ!?

 ちょっと本当に怖い……。


 なんかじとーっとした目でこっちを見てくるお母さん。

 それに怯える娘の私。

 う~ん……おかしいよねぇ。

 母親と娘がこんな関係でいるなんて……。

 これは誰かに相談しなければならないのかもしれない。

 たとえばあの、相談センターみたいなところに電話とか。

 梨央ちゃんたちに電話とか。

 あっ、電話はお母さんにバレるからダメかな。

 じゃあ梨央ちゃんたちに学校で相談か。

 うん、それが一番だよね。

 よし、そうと決まれば、ご飯!

 お腹すいたし、さっさと食べようっと。

 私、食べるの遅くなりそうだし。


「いっただっきまーす」

 私はそう言ってご飯を食べ始めた。

 今日はなすびの煮物に焼いた鯖、それから白米と味噌汁。

 今日は和食だね、うん。

 でも、鯖は苦手だなぁ……。

 塩焼き、特に苦手。

 でもまあ、嫌いで絶対食べられないってわけじゃないし、食べないと鯖が可哀相だよね。

 よしっ、食べるっ!

 一口鯖を食べる。

 うぅっ、この独特の味……。

 って、独特だと思っているのは私だけなのかもしれないけど、なんか苦手。

 この、苦みというかなんというか、その、あれです。

 うん、とりあえず苦手。

「うー……味が……」

 そんなことをぼやきながら、何とか完食。

「ごちそうさまでした~」

「はいはい。お皿持って行ってね」

 あれっ、持って行かなくてもいい条例はどうなったの!?

 まあ、洗えー!! とか言われないだけマシだよね。

 うんうん、我慢我慢っと。


 それにしても、娘をこき使う母親って……。

 今さらながら、思います。

 今はそこまでじゃないからいいんだけどね。

 お皿を流し台のところに持って行くことくらいほとんどの人がしていることなんだろうし。

 明日梨央ちゃんたちに聞いてみようかな。

 きっとみんな笑顔で……いや、笑顔じゃないかも。

 と、とりあえず頷くと思うんだよねっ、うん!

 大丈夫だよ! あってるって! うんっ、正解正解……なはず。

 いやいやいやいや、一人で盛り上がる私、怖いんだけど……。

 そこを気にした方が良いんじゃ?

 わあそうだったねー。


 …………。

 私、何キャラ!?

「わあぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁっ!! ……った~!」

 叫んだあとの痛みは最高に……痛いです。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ~!!!!

 死ぬです! 死ぬです!! 痛いのです!!

「愛華、静かにしなさい。最近おかしいと思ってたのよ。友達関係で悩んでるの?」

 え゛っ、もしかして心配されちゃってる?

 お母さんの心配そうな声に、私は気付いた。


 これって、ピンチ……。

 うっ、それよりもお母さんの香水の匂いがきつすぎてヤバい……。

「あ、う、大丈夫だよ。別に何も悩んでないしぃ」

 私がそう答えると、お母さんは「そう?」と言いながらも、まだ心配そうにしていた。

 大丈夫だって言ってるのに……。

 お母さんは心配しすぎなんだよね。

 まあ、それも愛ってやつですか。

 仕方ない、ここは嬉しく受け止めておこう。


 ……気持ちだけ。


 ふわぁ~んとお母さんの香水の匂いが漂ってくる。

 何とかローズの香りなんだろうけど……つけすぎじゃない!?

 すっごくキツいんだけど。

 どこに行くのか知らないけど、ひかれるでしょ、絶対。

「お母さん、どこに行くの?」

「え? あぁ、ちょっと愛華にも来てもらいたいんだけど」

「え?」

「え?」

「えぇぇ?」

 えええぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇっ!?

 ききききき、来てもらいたい!?

 嫌だそんな何が待っているか分からないような所に飛び込むだなんてそんなバカみたいなことはいくらバカな私でも絶対と言ってもいいほどしないしまずなんで私が行かなければならないかも分からないのにわざわざお母さんのためにどこかに行って大切な時間というものをつぶすわけにはいかないんですけど!!


「いっ、行かない! やだやだやだやだ! い~~~~~や~~~~~!!!!」

「ちょっと、愛華! 中学生にもなってそんな駄々っ子みたいなことしないの!!」

 うっ、駄々っ子って……。

 失礼だよ、いくら実の娘だからって、言ってもいいことと悪いことがあるものでしょ?

 プライバシーの損害として、訴えてやりましょうか。

 でも私そんな行動派じゃないから無理なんだけどね……。

 なんて悲しいんでしょうか。


「まあ、そんなに行きたくないというのならば、行かなくてもいいんだけど……せっかく愛華にもチャンスを与えてやろうかと思ったんだけどね」

 チャンス? ん? どういうこと!?

「お母さん、チャンスって……」

「それが知りたければ来ることね」

 ……脅しじゃない? いや、脅迫!?

 うーん、脅迫とまではいかなくても、ちょっと運だめしな交換条件?

 どうしよう、ろくでもないことだったら時間が無駄になったーっ!! って泣くけど。

 もし結構重要なことだったら行って良かったーっ!! ってなるよね。

 でも行かなければ、重要だろうが何だろうが、分からないんだよね。

 どちらかというと行かない方が得な感じもするけど、お母さんの事だから、意外と重要性ありそうなんだよね。

 さて行くべきか、行かないべきか。

 う~ん、迷います……。


「愛華早くして!! あんまり待たせたくないのよ!!」

 待たせたくない? やっぱり誰かに会わせるつもりなんだ。

 やだなぁ、ろくでもない人だったら。

 ロリコンとか、そーゆー感じの。

 まあ、私そこまで少女じゃないけどね。

「愛華、行くの? 行かないの? どっちなの。さっさと決めちゃって」

「うーんと……」

 どうしよどうしよどうしよ!

 いや、絶対にロリコンではないと願っていくか。

 まず、男の人だと決まったわけではないし、大丈夫っちゃ大丈夫。

 よしよし、行く~!

「行くっ!!」

「はいはい。ならさっさと準備しちゃいなさい」

「はぁ~い」


 私は階段を駆け上ると部屋に入って斜め掛けのショルダーバックに財布とハンカチとティッシュを詰め込んだ。

 あとは何もないよね。よしおっけー!

「準備できたよー!」

「なら行くわよ」

 お母さんに促されて、私は外に出る。

 うっ、寒い……。

 もう秋だもんね……。特に夜だから、冷え込むのかも。

 空を見ると、まだ6時なのにもう真っ暗に染まっていた。

 夏なら夕焼けなのに……。

「早く車に乗って」

 お母さんに急かされる。そんなに焦らなくても……。

 あ、そっか。大事なお客様なんだっけ? いや、偉大な?

 う~ん、どっちでもいいや。


 私が助手席に乗り込んでシートベルトをすると、お母さんは思いっきりアクセルを踏み込んだ。

 あっ……そういえばお母さん、すっごく運転が下手なんだっけ。

 し、死ぬ……その人に会うまでに死ぬ!!

「怖いってぇぇぇぇ~~~!!」

「我慢しなさい愛華!! 行くって言ったのはあなたでしょ!!」

 必死に運転するお母さん。

 必死にシートベルトにつかまる私。

 地獄でしょ、これ。

 これはないこれはないィ!!

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