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(16)豪奢な婚礼衣装と王の悔恨(根拠ゼロの励ましです)

(16)豪奢な婚礼衣装と王の悔恨(根拠ゼロの励ましです)


「ハイマン伯爵家の養女であれば形式上の家格に不足はない」

「何より、ボヌフォワ領の救荒作物の功績は大きい。側妃としての入内なら異論はあるまい」


 ジュリアン様の手回しのおかげで重鎮たちの許可はあっさり下り、話は恐ろしい速度で進んでいった。

 そして――私は何の心の準備もないまま、婚姻の儀の当日を迎えてしまったのだ。


 控室の姿見の前で、私は衣装の重みと緊張に、膝をガクガク言わせていた。

 伝統的で豪奢な婚礼衣装。金銀の刺繍が施された重厚なドレスに、宝石がジャラジャラついたティアラ。


(重い……! 首がもげる……! そして息が苦しい……!)


 いつ白目を剥いて倒れてもおかしくない私のもとに、豪華な礼装姿のフェリクス様が現れた。

 発光しているんじゃないかという神々しさに思わず拝みそうになったけれど、陛下は侍女たちを下がらせ、二人きりになる。

 その顔は、今から晴れの儀式を迎えるとは思えないほど思い詰めていた。


「……すまぬな、コレット。こんな重い衣装を着せて。苦しくはないか?」

「は、はいっ! だいじょうぶれすわ!」


 盛大に噛んだ。

 けれど陛下は笑いもせず、窓辺へ歩み寄って空を見上げた。


「……こんな宮廷の諍いに巻き込んでしまって、申し訳ない。余がもっと頼りがいのある王なら、こんな真似はせず済んだのだ。……ジュリアンから聞いているだろう。余は、王妃のセレフィーナに頭が上がらないと」


 自嘲するような横顔は、一国の王とは思えないほど頼りなく見えた。


「王太子だった頃の話だ。街道の大きな川に架かる橋が、時おり起こる氾濫で落ちて流通が滞ることがあってな。民の不便を見かねた余は、多額の国費を投じ、絶対に壊れぬ頑丈な『石橋』を架けようと主張したのだ」


 陛下はギリッと拳を握りしめる。


「だが、セレフィーナは猛反対した。『流される前提の木橋でよい』とな。……当時の余にはケチな打算にしか聞こえなかった。滅亡した帝国から来たあいつは、我が国の未来などどうでもよく、予算を惜しんでいるだけだと疑って……余は忠告を無視し、石橋を完成させた」


「石橋……頑丈で、良さそうに思えますけれど……」


 首を傾げる私に、陛下は苦しげに首を振った。


「翌年、記録的な大豪雨が降った。……山から流れてきた大量の大木が石橋の柱に引っかかり、川を塞ぐ巨大な壁になったのだ」


(あ……!)


 川に木が引っかかって水が堰き止められたらどうなるか、田舎育ちの私にも一瞬で想像できた。


「行き場を失った濁流が、両岸の堤防を決壊させた。橋はびくともしなかったが、町は丸ごと呑まれ、多くの民の命が奪われたのだ。……木橋なら、橋ごと流されるだけで済んだ。セレフィーナは最初からそれを見抜いていたのだ」


 震える声で、陛下は吐き捨てるように続けた。


「余の浅はかな正義感が民を殺した。あいつの冷徹な計算こそが正しかったのだ。それ以来、余は自分の判断が信じられなくなった。……情けないだろう。こんな無能な男に嫁ぐことになって、お前もがっかりしたはずだ」


 自信を失い、自嘲に歪んだ瞳。

 その姿を見ていたら――胸の奥がきゅっと痛んで、放っておけなくなってしまった。

 この人は威張り散らす王様なんかじゃない。優しすぎて、傷ついて、たった一人で過去の罪にうずくまり続けてきた人なのだ。


 気がつけば私は、重いドレスを引きずって駆け寄り、その大きな手を両手でぎゅっと握りしめていた。


「いいえ、がっかりなんてしていません!」

「コレット……?」

「今の陛下なら、もう絶対に間違えたりしません! だって、その失敗をこんなにも悔やんで、民のことを考えていらっしゃるじゃないですか! セレフィーナ様がいなくたって、ちゃんと立派にできます!」


 根拠なんてゼロだ。ド田舎のイモ娘の、勢いと思いつきだけの慰め。


 けれど――陛下は目を見張り、やがて憑き物が落ちたようにふっと柔らかく笑った。


「……ふっ、あはは。そうか。『ちゃんとできる』か。そんな風に真っ直ぐ言われたのは、生まれて初めてだ」

「ふぇ? あ、あの、私なんかがとんでもなく偉そうな大口を……っ!」

「いや、嬉しいよ。……そうだな。これからは、お前が余の隣で支えてくれるのだからな」


 あまりにも眩しい笑顔と手の温もりに、顔が一気にカッと熱くなる。

(あれ……? 私、とんでもない大役を引き受けちゃった……??)


 そんな戸惑いをよそに、儀式の始まりを告げる鐘の音が鳴り響いた。

 こうして私は、あれよあれよという間に国王陛下の側妃になってしまったのである。

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