↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣聖物語  作者: ははんぽ
PR
1/25

第1話 鬼畜ゲームマニア、十年目の挑戦

斎藤誠は、負けることが嫌いではなかった。


 もちろん、腹は立つ。


 あと少しで勝てると思った瞬間に、見たこともない攻撃で即死する。

 一時間かけて進めた道中が、敵の罠一つで台無しになる。

 避けたはずの攻撃が、なぜか画面端の判定に引っかかって死ぬ。


 そんな理不尽を食らえば、誰だって叫びたくなる。

 コントローラーを投げたくもなる。

 二度とやるかと、ゲームを消したくもなる。


 だが、誠は違った。


 負けた瞬間、彼はまず画面を見つめる。


 そして考える。


 なぜ死んだのか。

 どこで間違えたのか。

 何を見落としたのか。

 その攻撃は、本当に避けられなかったのか。


 負けは終わりではない。

 負けは情報だ。


 一度負ければ、一つ知る。

 百回負ければ、百通りの死に方を覚える。

 千回負ければ、勝ち筋のない戦いから、一本だけ細い道を見つけ出せる。


 だから誠は、負けること自体は嫌いではなかった。


 ただし。


 負けたまま終わることだけは、死ぬほど嫌いだった。


「……またそこか」


 薄暗い部屋の中で、誠は小さく呟いた。


 机の上には、空になったエナジードリンクの缶。

 床には、何冊ものノート。

 壁には、手書きの攻略表。


 そこに書かれている文字は、すべて同じゲームのものだった。


 ――『剣聖物語』。


 十年前。


 当時、高校二年だった誠のもとに、親戚のゲーム好きなおじさんから一本のゲームが届いた。


 タイトルは『剣聖物語』。


 剣術がすべてを決める世界で、最強の称号である「剣聖」を目指すRPG。


 説明だけなら、よくある王道ゲームだった。


 主人公は一つの流派に入門し、技を学び、強敵を倒しながら成長していく。

 最終的には剣聖の称号を得て、世界最強の剣士となる。


 だが、その中身は狂っていた。


 まず、流派が二百ある。


 それだけならまだいい。

 問題は、ゲーム開始時に選べる流派が一つだけということだった。


 一度流派を選べば、他の流派には入門できない。

 その流派で覚えられるスキルだけを使って、最後まで戦わなければならない。


 そして、スキル数は二千万以上。


 多すぎる。


 普通のゲームなら、選択肢が多いことは自由度の高さにつながる。

 だが『剣聖物語』では違った。


 選択肢が多いのに、正解がほとんどない。


 序盤で便利なスキルを取れば、中盤のボスに対応できない。

 中盤を安定させる構成にすれば、終盤で火力が足りない。

 終盤を見越したスキルを取れば、そもそも序盤を突破できない。


 しかも、スキルの説明文がやたらと不親切だった。


 強そうに見えて完全な罠スキル。

 弱そうに見えて終盤必須のスキル。

 単体では無意味だが、特定の称号と組み合わせることで化けるスキル。


 そんなものが、当たり前のように混ざっている。


 当然、攻略サイトはなかった。


 攻略動画もなかった。


 掲示板に残っていたのは、怨嗟の声だけだった。


『クソゲー』

『開発者は人間じゃない』

『クリア不可』

『流派選択を間違えたら百時間無駄になる』

『やるだけ時間の無駄』

『これはゲームじゃなくて拷問』


 誠は、それらの書き込みを見て笑った。


「クリア不可、ね」


 その言葉が、誠に火をつけた。


 それから十年。


 誠は負け続けた。


 死亡回数、五万三千二百十一回。


 まともな人間なら、とうの昔に投げ出している。

 根性のある人間でも、一ヶ月が限界だろう。

 ゲーム好きであっても、一年続けば異常者の部類に入る。


 だが、誠は十年続けた。


 負けるたびに記録した。

 死ぬたびに考えた。

 詰むたびに最初からやり直した。


 どの流派なら序盤を抜けられるのか。

 どのスキルが中盤で必要になるのか。

 どの称号を取ると終盤で詰むのか。

 どの技を捨て、どの技を残すべきなのか。


 才能ではない。

 閃きでもない。


 ただ、異常なほどしつこかった。


 そして今日。


 誠はようやく、最終地点に立っていた。


 画面の中で、最後の敵がゆっくりと剣を構える。


 剣魔王・柊木暦。


 ゲーム終盤に立ちはだかる、最悪のボス。


 速い。

 硬い。

 読めない。


 こちらの行動を見て、戦い方を変えてくる。

 同じ攻撃は二度と通らない。

 少しでも判断を間違えれば、一瞬で斬られる。


 誠はこの相手に、何百回も殺された。


 だが、今は違う。


「一撃目は見せ技。二撃目で距離を潰す。三撃目で下がらせて、四撃目が本命」


 誠はノートに書かれた文字を見た。


 そこには、剣魔王・柊木暦の行動パターンがびっしりと記録されている。


 何度も死んだ。

 何度も間違えた。

 何度も絶望した。


 そのすべてが、今この一戦のためにある。


 画面の中で、剣魔王が動いた。


 一撃目。


 誠は避けない。

 半歩だけずれる。


 二撃目。


 受け流す。


 三撃目。


 あえて後ろに下がる。


 剣魔王の剣先が、四撃目の軌道に入る。


 誠は笑った。


「知ってる」


 その瞬間、誠の操作するキャラクターが踏み込んだ。


 今まで何度も届かなかった刃が、初めて剣魔王の懐へ入る。


 体力ゲージが削れる。


 敵の行動パターンが変化する。

 背景が崩れ、BGMが変わる。

 画面全体が赤く染まる。


 だが、誠の指は止まらない。


 全部、覚えている。


 剣魔王が右へ飛ぶ。

 誠は追わない。


 剣魔王が消える。

 誠はその場で防御する。


 背後から斬撃。

 受け流す。


 連撃。

 捨てる。


 回復の隙。

 潰す。


 奥義。

 誘う。


 十年分の失敗が、一本の道になっていく。


 もう迷わない。


 もう間違えない。


 最後の一撃。


 誠のキャラクターが、剣を振り抜いた。


 画面が白く染まる。


 長い沈黙。


 誠は息を止めていた。


 そして、画面に文字が浮かぶ。


 ――勝利。


 誠は、しばらく動けなかった。


 コントローラーを握った手が震えている。

 心臓がうるさい。

 喉が乾いている。


 画面には、続けて文字が表示された。


 ――最終称号を獲得しました。


 ――称号:剣聖。


 その二文字を見た瞬間、誠の中で何かが弾けた。


「……っしゃあああああああああああああああああ!」


 部屋の空気が震えるほど叫んだ。


 十年。


 本当に十年かかった。


 誰もクリアできないと言ったゲームを、自分はクリアした。


 五万回以上死んだ。

 何度も投げ出しかけた。

 それでも、最後までやり切った。


 誠は笑った。


 笑いながら、少しだけ泣いた。


「勝った……俺が、勝った……!」


 その時だった。


 画面が、不自然に暗くなった。


「……ん?」


 エンディングが始まると思っていた。

 スタッフロールが流れると思っていた。


 だが、画面に表示されたのは、見たことのない文章だった。


 ――裏条件を達成しました。


 誠の笑みが止まる。


「裏条件?」


 そんなもの、聞いたことがない。


 十年間調べ続けた。

 全ルートを試した。

 全称号を確認した。

 バグのような挙動まで記録した。


 それでも、そんな情報は一度も見たことがなかった。


 画面に、次の文字が浮かぶ。


 ――攻略不能ルートを開放します。


 誠の背筋に、ぞくりとしたものが走った。


 恐怖ではない。


 期待だった。


「まだ……あるのか?」


 画面の文字は止まらない。


 ――プレイヤー適性を確認。


 ――称号「剣聖」を確認。


 ――スキル「限界突破」の継承を開始します。


 限界突破。


 それは、剣聖の称号を得た者だけが習得できる、ゲーム内最強のスキル。


 本来、一つの流派にしか入門できない『剣聖物語』において、すべての流派のスキル習得を可能にする異常能力。


 ゲームクリア後のやり込み要素。

 本編攻略中には絶対に使えないはずの力。


 それが、今、継承されようとしている。


「おいおい……マジかよ」


 誠の声は震えていた。


 次の瞬間、画面に最後の文字が表示された。


 ――ようこそ。


 ――本当の剣聖物語へ。


 視界が白く弾けた。


 身体から力が抜ける。

 椅子ごと倒れた感覚があった。


 だが、床にぶつかる痛みはなかった。


 遠くで、剣の音が聞こえる。


 金属と金属がぶつかる、澄んだ音。


 誰かが叫んでいる。

 誰かが笑っている。

 誰かが、誠の名を呼んだ気がした。


 薄れていく意識の中で、誠は思った。


 ああ。


 まだ遊べるのか。


 最高じゃないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。