第1話:白い部屋の天使
「おはようございます。新しい朝の訪れです」
んん……?
耳に心地いい、透き通るような声……
けど、何だろう? 何か違和感がある……
「おはようございます。新しい朝の訪れです」
一語一句違わず、同じセリフ。
何というか、台本でも読み上げているかのような、芝居がかった感じがする。
「おはようございます……」
目を擦りながら、もう少し寝かせてほしいとゴネる体に鞭打ち、ゆっくりと上半身を起こした。
「対象の意識、回復。サンプルの喪失は回避できたようです」
え? サンプル?
「朝は苦手……ですか。データ通りですね」
今度はデータ?
「あの……いったい、何を言って──って!」
そこでようやく、俺は自分の置かれている状況に気づいた。
「だ、誰ですか? それにここは?」
ぐるぐると頭を動かす。壁も床も天井も、すべてが白一色で統一された、おかしな空間。それに、どこにも継ぎ目らしきものが見当たらない。生活感がないというより、現実味がないと言った方がよさそうな部屋だ。
そして、目の前に立っている女性。年齢は二十代前半くらい。少し癖のある金髪に、すっきりとした顔立ちの美人。もちろん知り合いではない。取り乱す俺を見て、どこか作り物のような笑みを浮かべると、ローブの袖口から一枚の紙を取り出し、読み上げ始めた。
「あなたは、多良木伸彦さん。間違いありませんね?」
間違いない。俺が小さく頷くと、女性はくいっと口角を持ち上げ、再び手に持った紙に視線を落とした。
「28歳。男性。居住星は地球、日本国。私立十六夜学園、社会科教師として勤務。直近一ヶ月の総労働時間は300時間を超過。ホモ・サピエンスの維持限界を著しく逸脱しています」
手を伸ばせば届きそうな距離で、金髪の女性が事務的に俺のプロフィールを読み上げていく。
俺は白いベッドに座ったまま、その顔を見上げた。
「あの……ところで、貴女は誰なんですか?」
女性は顔を上げ、俺の目をじいっと、まるで観察対象でも見るようにのぞき込んできた。その瞳の奥で、小さな光が明滅する。
「昨夜のこと、覚えていませんか?」
「昨夜?」
「ええ。多良木さんが帰宅してからすぐのことです」
昨夜……
帰宅してから……
あ。
あああああっ!
「もしかして……死んだ?」
「そうです。出生から心停止までのデータは、すべて補完してあります」
嘘だろ? 28歳で、自然死?
……いや。有り得ないわけじゃない。
ここ数年、ちゃんと寝た記憶がない。
食事は安いエナドリ、インスタント、コンビニ飯で済ます。
連日の残業に休日出勤。はっきり言って、ストレスだけが溜まる生活を送っていた。
そして昨夜。いつものように遅く帰宅し、推しの配信を見ようとパソコンの前に腰を下ろしたとき──胸の奥で、何かがプツンと切れた気がしたんだ。やばいと思って立ち上がろうとしたが、その前に視界がぐにゃりと歪み、世界が暗転――
「じゃあここは……死後の世界?」
呟く俺を見ながら、女性は一瞬の間を置いて、抑揚のない声で言った。
「違います。けど、そう思っていただいて結構です」
……なるほど。分かってきたぞ。
これはアレだ。巷にあふれる創作作品。
確かに、俺の人生、いいことなんか何もなかったもんな。
「死んだはずなのに、生きている!」
「はい」
「なぜなら、これは転生イベント!」
「はい」
「そしてあなたは女神様!」
「はい?」
あれ? 語尾が上がったぞ?
「神様は……絶滅しました」
「へ? 神様が絶滅って――」
「私は天使です。第七天使、リザベルといいます」
神様が絶滅して、天使が転生イベントを担当……
まあ、いいか。どうせ、大した意味なんか無いんだろう。
「それより、転生ってことは!」
「はい」
「チートスキルを貰って、異世界でハーレム!」
「はい?」
またか。今度は何なんだ?
「チート……卑怯という意味ですね」
「ま、まあ、そうですね。日本語だとそうなります」
目の前の女性、天使のリザベルさんが、どこか非難するような目を俺に向けた。
「外部入力された、不正なプログラム……そんなものを使って、真実の愛を手に入れることはできません」
「へ? しんじつのあい?」
間の抜けた口調で復唱する俺に、リザベルさんは、ピンで留められた昆虫を検分するかのような、ひどく無機質な目を向けた。
「そうです。多良木伸彦さん」
「は、はい?」
「あなたはこれから、真実の愛を求めて、異世界へと旅立つのです」
第1話を読んでくださってありがとうございます。
この作品は、ジャンプ黄金期のような、貧弱な主人公が成長していく物語です。
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