決戦(2)
「グールどもよ、きゃつらを攻撃せい!」
杖使いの老人コクマーの指示で、食屍鬼の群れが動き始める。
その数は総勢二十体ほど。
アンデッドながら並の人間を上回る俊敏さで、俺たちに向かって駆け寄ってくる。
グールのモンスターランクはE+。
そのランクは、一体一体が並の兵士三人分にも匹敵する戦力を持つことを意味する。
武器は鋭く伸びた牙と爪。
いずれも金属製の鎧すら貫き、あるいは引き裂くだけの威力を持つ。
特に厄介なのが爪のほうで、麻痺性の毒を分泌している。
【毒耐性】のスキルを持つ俺はともかく、うちの嫁たち──ミィナ、エレン、セラフィーナの三人は、わずかなひっかき傷を受けただけでも致命的な結果になりかねない。
さらに──
「コクマー、僕はこっちの弱そうな女三人をやるよ。おっさんはムカつくけど強いから、コクマーに任せるわ」
槍使いの少年マルクトは、両手で槍をぶんぶんと弄んでから、はしっと構えて矢のように飛び出した。
向かう先は、うちの嫁たちのほうだ。
迎え撃つのは、【守護乙女の祝福】の効果を受けた神装姿の少女たち。
「ふぅん、弱そうだってさ。ボクたちもずいぶん舐められたもんだね」
「でもあいつだけじゃなくて、グールもいるからにゃあ」
「ミィナ、エレン、前衛を頼みます。私は後ろから魔法で援護を。──ダグラス様の負担を減らしますよ」
「「了解!」」
エレンは剣を、ミィナは二振りの短剣を、セラフィーナは杖を構えて迎撃の姿勢をとる。
槍使いマルクトのほうは、ひとまず三人に任せておいていいだろう。
それよりも問題は、もう一人のほうだ。
「ほっほっ。ならばわしは、あの図体の大きい斧使いの小童が相手か。──やれやれ、老骨には堪える相手じゃの」
杖使いの老人コクマーが、杖を掲げて呪文の詠唱を始める。
あの爺さんを倒すことが、この戦いの最大の課題と言えるだろう。
「爺さん、何百年生きてるんだか知らねぇが──知ってるか、今の世の中には『年寄りの冷や水』って言葉があるんだぜ」
俺はロンバルディアを片手に、杖使いコクマーに向かって駆け出していく。
だがその俺の前に、多数のグールが立ちはだかった。
「邪魔だ!」
俺はグールの群れを、ロンバルディアで薙ぎ払っていく──
その流れの中で、俺はこの戦いの勝ち筋を考えていた。
まず双方の戦力。
グールの群れと、槍使いマルクトの戦闘力は、だいたい把握できている。
マルクトは俺相手にはあっさり負けたようにも思うが、最弱クラスとは言え“竜神器十将”の一人であり、本来的には決して弱くはない。
あの夜の戦いも、あいつの虚を突いた【神速】から掴みかかりが成功したから楽勝した感じになったが、展開次第ではもっとてこずった可能性もある。
うちの嫁たちと比べると、【守護乙女の祝福】の力を得た状態なら、三人がかりで相手をして互角か、うちの嫁たちのほうがやや有利といったところか。
だがそのマルクトを、グールの群れと同時に相手しなければならないことを考えると、三人にはやや荷が重い相手とも思える。
多少の援護はしてやらないとまずいだろう。
一方で、杖使いコクマーはそれよりも厄介だ。
あの竜人族の老人の戦闘力には、未知数の部分が大きい。
ビナーに聞いてみても、彼女も詳しくは知らないということだった。
ただ“竜神器十将”の中でも五本の指には入る実力者であるらしく、マルクトやビナーよりも格上であることは間違いない。
そして戦力もさることながら、一番難儀なのは、そのコクマーをどうやって「逃がさずに」倒すかということだ。
暗躍されると厄介なのでできればこの場で仕留めたいところだが、劣勢になればまた瞬間移動能力を使って逃げてしまうだろう。
現段階でコクマーには、二種類の瞬間移動能力があることが分かっている。
一つは【空間転移】という名称のスキル。
俺が放った【ホーリースマッシュ】【トマホーク】に対する緊急回避として見せたスキルで、まったく予備動作なしで発動、一瞬で数メートルほどの移動をしてみせた。
これが無制限の性能を持っていたら正直お手上げだが、やつの口ぶりなどから察するに、こちらの【絶対防御】などと同じように一日一回の使いきりスキルである可能性が高い。
またロンバルディアの言によると、神器が与える力であれば、長距離の瞬間移動をするようなスキルであることは、まずあり得ないという話だった。
普通に考えて、十メートルより遠くに移動することは不可能だろうとのことだ。
一方、もう一つの瞬間移動能力は、「テレポートリング」の効果に似たものだ。
セラフィーナによると、あれは瞬間転移という高位の魔法であるとのこと。
こちらは魔力さえ残っていれば使用回数に制限はないが、転移魔法陣を生み出すのに五秒ほど、さらに魔法陣に踏み入って転移するまでに五秒ほどが必要になるという。
つまり、それだけの時間を与えないよう、一息のうちに倒す必要があるということ。
またそれができるだけの条件が整うよりも前には、「相手の撤退条件」を満たしてはいけないということだ。
そこまで考えて、俺は現実に意識を戻す。
「──うぉおおおおおおおっ!」
飛び掛かってきた四体のグールを、ロンバルディアでまとめて薙ぎ払う。
横薙ぎのスイングで振るわれた聖斧の刃は、最初三体の胴を真っ二つにしつつ、四体目の体に食い込んでそいつもどうにか吹き飛ばした。
だがその隙に、そいつらの背後から時間差で襲い掛かってきた別のグールたちに、俺は接近を許してしまう。
鋭い爪や牙をむき出しにして襲い掛かってくる、グールどもの一斉攻撃。
回避をする余裕はない。
いや、一度後退すればその限りではないのだが、コクマーのもとに一秒でも早くたどり着くことが今の最重要目的なのだから、そんな後ろ向きの動きはしていられない。
「ぐぅっ……!」
襲い掛かってきたグールどもの爪が、牙が、俺の肉体に次々と食い込んだ。
俺の闘気量なら、グールの攻撃力といえども一撃一撃が重傷になることはない。
【治癒能力】もあるから、この程度のダメージはすぐに治癒される。
また【毒耐性】スキルのおかげで、グール程度が持つ麻痺毒で体が動かなくなるということもない。
ゆえにグールどもの攻撃では、俺を止めることはできない。
だがそこに、さらなる攻撃が襲い掛かってくる。
「ほっほっ。天雷よ、あの斧使いの小童を撃ち貫くのじゃ──サンダーボルト!」
亡者どもの背後に悠然と隠れたコクマーがその杖を掲げると、杖の先から上空へと魔力が迸り──
──ドガァアアアアアアンッ!
俺の頭上に、天からの雷が落ちた。
「ぐぅううううっ……!」
俺の全身を、強烈な稲妻が貫く。
象をも一撃で打ち倒すほどの威力を持つ上級攻撃魔法──サンダーボルト。
威力も大きいが、さらに厄介なのは事実上回避不可能だろうと思えるその落雷速度だ。
【魔断の斧】による迎撃も、まず間に合わない。
それゆえにコクマーも、この魔法を使ってきたのだろう。
だが──
「──まだまだぁっ!」
俺は落雷のダメージに怯むことなくロンバルディアを振るい、さらに三体のグールを吹き飛ばす。
そしてコクマーに向かって、なおも前進していく。
「なにっ、止まらんだと……!? バカな……!?」
皺だらけの顔を歪め、わずかに狼狽する杖使い。
グールの麻痺毒や天雷のダメージによるショックで、最悪でも俺の足止めはできるという計算だったのだろう。
しかし残念ながら、俺には純粋な闘気量のほかにも【毒耐性】や【雷耐性】といったスキルがある。
グール程度の麻痺毒が俺の体の自由を奪うことはないし、サンダーボルトの魔法が俺に与えるダメージも半減される。
ゆえに、止まらない。
俺は巨獣の突進のごとく、障害を蹴散らしてまっすぐに進んでいく。
「──えぇい、ならばグールども! 一斉にかかって圧し潰せぃ!」
コクマーはグールに指示を出し、自らは再び呪文の詠唱に入る。
グールどもは主の指示に従い、俺に向かって飛び掛かってきた。
爪や牙でダメージを与えるよりも、数と勢いと体重で俺の動きを止め、あわよくばそのまま地面に押し倒して潰してしまおうという作戦のようだ。
だがそれも──
「──うぉおおおおおおおっ!」
三体、四体とグールがへばりついてきても、俺はそのままコクマーに向かって突進していく。
数人分の体重にしがみつかれようと、俺のパワーなら強引に無視できる。
「な、なんじゃと……!? おのれ化け物が! だがこれはどうじゃ──メテオストライク!」
ついにコクマーが、究極の攻撃魔法を放った。
メテオストライクの魔法は魔力消費が莫大なため、最高ランクの力を持った術者でも、一日の間に使えるのは一度か二度が限界であるはずだとセラフィーナが言っていた。
この一撃さえ凌げば、戦局はかなり有利になるはずだ。
だが──
「なっ……!?」
「くひゃひゃひゃひゃっ! ──さあどうする小童! いかな貴様とて、そうグールに張り付かれては素早くは動けまい!」
上空から急速落下する隕石は、なんと俺ではなく、もう一つの戦場を目標としていた。
その落下予測地点は、突進を続けてきた俺の現在位置からは、数メートル離れた斜め後方──
すなわち、ミィナ、エレン、セラフィーナの三人が、槍使いマルクトと戦っている場所だった。





