奴隷化
説明しよう。
聖斧ロンバルディアが俺に与えるスキルの一つ、【奴隷化】。
このスキルは、俺が深い肉体交渉を持った相手を俺の命令に絶対服従の奴隷にしてしまうという、大変に人でなしなスキルである。
俺はこのスキルを獲得した当時、こんな不道徳の極みであるスキルなんか使うわけがないと思っていた。
だが──
俺はビナーを殺したくはないし、彼女の手で人間が大量虐殺されるのを見過ごしたくもなかった。
竜人族のビナーと人間の俺とが戦って、人間の俺が勝った。
だから彼女に恨みはないが、人間への殺戮をやめさせるために、俺は彼女の自由意志を踏みにじることにした。
間にあった出来事は省く。
想像されるような何かがあったと思ってもらっていい。
結果──
数分後、竜人族の少女の首には、先ほどまでなかった黄金色の首輪がはまっていた。
「はぁっ……はぁっ……だ、ダグラスさん……何だったんですか、今の……私の体が……何かに、支配されたような……」
ビナーの息が荒いのは、ロンバルディアの【奴隷化】の影響で、彼女の体に激しい強制力を働かせたからだ。
ロンバルディアの強制力と彼女の抵抗力とがせめぎ合って、ちょっと子供には見せられないような光景が展開されたのだが、さておき。
「ああ。【奴隷化】のスキルの効果だ。これでビナーは、俺の命令には絶対服従の奴隷になった」
「ど……れい……? 私が、ダグラスさんの……奴隷に、ですか……?」
「と言っても、無闇に命令したりはしないがな。俺がビナーに命令するのは、ひとまずのところただ一つ──『護身以外の目的で人間を殺すな』だ」
俺が「命令の意志」を込めて文言を口にすると、ビナーの首輪が輝き、その光が少女の全身へと広がった。
ビナーは自分の体を不思議そうに見る。
「えっ、と……これで終わり、ですか……? 私はこれで、ダグラスさんの命令に支配された……? あの、もし私が命令を破って護身以外の目的で人を殺そうとしたら、どうなります?」
「なんか全身にすさまじい電撃が走るらしいぞ」
「ふぇっ、電撃……!? 電撃って、今みたいな全身気持ちよくなっちゃうやつですか!?」
「いや、多分違うと思うが」
そこで怯えと期待が入り混じったような目を向けないでほしい。
さておき、これでビナーの【奴隷化】処理は終了だ。
あとは──
「そういえばビナー、戦いの前に何か言ってたよな。マルクトを王国騎士団に引き渡したのはまずいとか何とか」
「あ……そういえば、その話がありましたね」
ビナーはそう言って、ある方角を見る。
それはビナーが最初に立っていた、神殿跡の建物だ。
いくらか崩れている部分もあるが、石造りの神殿の外観には、あちこちにドラゴンを模したデザインが施されている。
「ダグラスさん、あの神殿がどういった宗教のものだか分かりますか?」
ビナーがそう聞いてくるので、俺は冒険者の常識的知識の中から、その情報を引っ張り出してくる。
「たしか、『竜神教』だったか? 破壊活動やら何やらするやつが多いんで、邪教に認定している国がほとんどだって聞いているが」
──竜神教。
絶大な力を持つ存在であるドラゴンこそが、この世の支配者であるべきだとする宗教だったはずだ。
その教徒たちは、人間が最も勢力を拡大している今の世界は間違っているとして、各地で点々と破壊活動を続けているヤバい奴らだ。
そんな俺の返事に、ビナーはうなずく。
「はい、人間の国では邪教扱いになるでしょうね。ですが竜神教の教徒たちは、今でも人間社会のあちこちに潜んでいます。例えば──森林王国ラクリースの王都中枢とか」
「……マジか」
竜神教徒が、王都中枢に……?
それはつまり、人類国家転覆をたくらむテロリストが、国王の側近とかそのあたりに食い込んでいるということか?
それってかなりヤバい事態のような気がするんだが……。
しかしビナーは、再び容赦なくうなずく。
「マジです。そして竜神教徒がこの世の支配者と崇める存在には、私たち竜人族も含まれています。マルクトちゃんが逮捕・投獄されたと聞いたら、その人物がどう動くか」
「そりゃ参ったな……。ちなみにビナーは、そいつの名前も知っているのか?」
「はい。たしかアウグストという名前だったと思います。このラクリースの王城で、大臣をやっていたはずです」
なんかその名前、覚えがあるな。
国王と謁見したときにいた、俺やクロエに対してやたらと敵対的だったあの大臣か。
「……なるほど。そりゃマルクトのやつは、ひょっとすると逃がされちまうかもしれないな。──まぁでも、不幸中の幸いか。ヤバいブツは、こっちで押さえてるし」
「ん……? どういうことです?」
「こういうことだ」
俺は懐から一枚の布袋を取り出す。
それはサンタ服を売っていた衣服店で一緒に購入した、異空間につながっているという魔法の布袋だ。
俺はその中から、一振りの槍を取り出してビナーに見せてやる。
「それは……! マルクトちゃんの、竜神の槍!?」
「おう。こいつを俺のほうで回収しておいて正解だったわ」
「そっか、確かに……竜神器が奪われていれば、マルクトちゃんもただの竜人族……。並の人間よりは強くても、人並外れた力はなくなるし、それに竜神器に命も取り込めなくなる……」
ビナーは口元に手を当て、真剣な顔でうなずく。
と、そこに話を聞いていたミィナが、てててっとやってきた。
ミィナは俺の服の裾を、くいくいと引っ張る。
「にゃーにゃーダグラス。今の話を聞いてて、ミィナは思ったんだけどにゃ」
「ん、なんだ?」
俺が聞き返すと、ミィナはビナーのほうを指さして、無邪気な様子でこう言った。
「ビナーも【奴隷化】しなくても、弓だけ奪えば良かったんじゃないかにゃ?」
「「あっ……!」」
俺とビナーの声がハモった。
い、言われてみれば……。
一方で、俺の代わりに慌てて弁明を始めたのはセラフィーナだ。
「な、何を言うんですかこの駄猫は! ダグラス様がそんな凡ミスをするはずがありません! きっと何か深淵なお考えがあったに決まっているでしょう!? ──そ、そうですよね、ダグラス様……!?」
セラフィーナが俺に、つぶらな瞳を向けてくる。
あなたのことを信頼していますよ、という目だ。
だがそんな目を向けられても、この件に関して俺に深淵なお考えなどあろうはずもなく、完膚なきまでに完全なる凡ミスである。
俺がおそるおそるビナーのほうを見ると──
「じとーっ……」
アイスブルーの瞳が、綺麗なジト目で俺を見つめていた。
──ところで俺は、人間にはいくつかの大切な心掛けがあると思っている。
そのうちの一つが、自分が何か間違えたときには素直に謝るということだ。
そこで俺は──
「すみませんでしたーっ!」
ビナーに向かって、直角に腰を折って頭を下げた。
男ダグラス、一世一代の謝罪であった。
それに対してビナーは、
「ま、まあいいですけどね……私も気持ちよかったですし……。ていうかよく考えたら、ダグラスさんを殺そうとして負けた私に、文句を言う権利はないですし……」
と、ぽりぽりと首筋をかいて言った。
その頬は照れたように、赤く染まっていた。
ちなみにセラフィーナはというと、
「ほ、ほら! 自分の過ちを素直に認められるこの高潔さ! これがダグラス様ですよ!」
などと一所懸命に、誇らしげに取り繕っていた。
相変わらず、セラフィーナは俺の信者だなぁと思った。
ごめんな、ろくでもない信仰対象で。





